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ニコラ・フラメルコミュの雑談とか。。

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勝手に作っちゃいました。いいのでしょうか?

http://www.crystalinks.com/flamelimages.html
にある、「Nicholas Flamel Images」に出てる絵ですけれど、これはどうも、パラケルスス派の影響を受けてますね。
この画像には何の説明もないのですが、創元社「知の再発見」双書72、アンドレーア・アロマティコ著「錬金術」にある絵と同じものでしょうか?

この絵に関して、思いつきで以下のような日記を書いてみました↓
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=94110956&owner_id=2783280
ご興味のある方は御笑覧ください。
個人的には、16世紀末以降に描かれた、比較的新しいもののように思っています。

コメント(39)

許可をいただきましてありがとうございます☆

創元社のその本を持っていないので確認できなかったのですが、「1772〜1773年の写本」ということは、やはり新しい物のようですねぇ。
本歌に新しい解釈を描き込んでいることは明白だと思います(本歌がある/あったとして)。

ところで、現在、欧州の薬屋さんとか一部の病院では「アスクレピオスの杖(一匹の蛇が杖に絡まっている図)」紋章を使用していますが、あれはいつごろから始まったのでしょうか(チェコでもしょっちゅうあれを描いた救急車が走ってます)?
もし16世紀くらいまで遡り、当時の薬種商ギルドでも同様の紋章を使っていたのなら、その写本との関連は大いに考えられるんじゃないかと思っています。

彼らはアヴィケンナやガレノスについての知識とか、パラケルスス派の錬金術の知識も持っていたわけですから、ルネッサンス期に流行した「神秘表象(ミスティーク)の図象考察」ばりに、自分達の紋章について「考察」したものかもしれません。
>かずめさん

 アスクレピオスの杖との関連を考えたのは、昔、白水社の『象形寓意図の書』「第二の寓意図、黒地に黄色と青色と黒色で描かれた二頭の龍」の項を読んでいたときに、万能薬「テリアカ」についての言及に唐突に出会ったからでした。

 どうやら、この本の著者は医術か、薬学にも通じた人であろうな、と推測できるわけです(少なくともガレノスやアヴィケンナの医学典範に通じていた人でしょう)。テリアカに対する言及はこの項だけのようですが、それにしても「一切の苦痛と悲傷と病、不具と虚弱に打ち勝つ力を有し、死に強力に抵抗し、神の許したもう限り無限に寿命を延ばし・・・」などと、この薬を賞賛する場面は、文脈から考えてもやや不自然なくらいです。


 「物語」について。
 ところで、ご存知かと思いますが、ジノサン墓地=イノサン墓地であり、英語のイノセンス、すなわち「無垢」あるいは「幼児」をあらわします。墓地にあったとされる絵の下方に「Comment les inocens furent occis par le commandement du Roy Herodes」と大書された題名からも分かるように、この絵の主題は「無垢な者(幼児)達がヘロデ王の命により、いかに殺されしか」であろうと思います。

 物語があるとするならば、この主題から外れることは出来ないでしょう(あくまでもアナグラムがなければの話ですが)。
 ここでは、二つあるとされる主題の内、錬金術的な意味をおいておいて、神学的解釈の方を駆け足で少しだけ見てみたいと思います。

 先ほど書きました銘刻文の近くには三枚に分けられた、ヘロデ王による幼児虐殺の絵を見ることが出来ます。3枚に分けられていることも重要なのですが、ここではそれをおいておいて、よく知られているようにこの絵がキリスト教における最初の殉教者とされる人たちの絵であることを思い起こすべきであると思います。そして、このレリーフに書かれた数字(ローマ数字とアラビア数字。この数字は説明のための便宜上のものであろう)を無視していただいて、この絵の真上を見ていただきたいと思います。そうしますと今度は「3人の人が土と墓から蘇っている図」に出会うことになります。この人たちは「白い衣」を着ているそうですから、完全に「精神」あるいは「魂」の象徴です。そしてその「魂」は上昇するわけですが、なぜそれが分かるのかというと、そのすぐ上に二人の天使が描かれており、その天使は楽器を携えているからです。天使の楽器は錬金術的含意のある「リュート」と「ミュゼット(バグパイプ)」ですが、それはともかく「天界の音楽」とは「最後の審判」の時に奏でられる音楽です。すなわち、魂の救済を表しますが、その意味を補強してくれるのが他ならない、2天使の上に立つ「救世主(キリスト)」です(人間の魂はキリストによってのみ救済されるものですから)。救世主の左右にある天使の携える巻物には「O Pater omnipotens(おお、全能の父よ)」「O Jesus bone(おお、善きイエスよ)」とあります。そして、救世主の上にある天使が「至高の冠」を救世主に授けている場面が描かれているわけです。
 「至高の冠」に関する意味もここでは省きますが、その上の絵が「薔薇園」であることが重要です(当然「哲学者の薔薇園」を意図しているのでしょう)。救済された魂は、「薔薇園」へと上昇し、導かれるわけです。そう考えると、救世主の左右にある聖ペテロが携える「鍵」と聖パウロの持つ「剣」の意味もおのずと分かるわけですが、それはともかく、この図は「下から上へ」と物語として読み進むことができる絵であることがいえると思います。
 そしてその解釈は、ヘルメス学における「下にあるものは上にあるものが如し」という考え方と少しも矛盾することなく、描かれていることも重要でしょう。

 このように読み解くと、この絵は殉教と無垢なる魂の救済を表した、一連の絵であるということが出来ると思います。
 キリスト教の墓地に描かれたレリーフとしては、これほど象徴的な絵はないでしょう。

 とりあえず、一つの読み方として、下から上に進む読み方を上げておきました。
 皆さんの何かの参考になれば。。。
 いつも長文になって申し訳ないのですが、上の文章の補足です。

 アスクレピオスの杖とヘルメスの杖について、「混同」の問題がよく言われますが、実際には私はそれほどの「混同」はないと考えています。
 それは以下の理由からです。

 掲載させていただいた絵はバシリウス・ヴァレンティヌスの『十二の鍵』からの絵(第二の鍵)ですが、ヘルメスの杖とアスクレピオスの杖が同じものであり、別のものであるという示唆を与えています。すなわち、ここでの「王冠をかむる一匹の蛇が絡まった剣」を持つ錬金術師は「分離したもの」の象徴です。アスクレピオスの杖は、ヘルメスの杖から分離されたものなのです。
 率直に考えれば、ヘルメス文書『アスクレピオス』のヘルメスとアスクレピオスの関係は師弟の関係であり、また、アスクレピオスが死者をよみがえらせて神々の怒りを買ったことを思い起こすべきで、アスクレピオスには医術や薬学の才はあっても、大切な「哲学」がすっぽり抜けているのです。
 ヘルメスの杖は、アスクレピオスの杖の意味を含むもの(むしろアスクレピオスの杖がヘルメスから分離したもの)と考えるべきで、ヘルメスの杖を医術の象徴として用いることは何の矛盾もありません。
 
 ところで、フラメルのイノサン墓地のレリーフで、なぜアスクレピオスの杖に十字架の意匠が用いられているかというと、率直に考えれば、フラメル自身がいっていますが、「キリスト教的意味(神学的意味=モーセの荒野に掲げた銅製の蛇=キリスト)」と「錬金術的意味」の二つを含ませるからでしょう。掲載した『十二の鍵』で、アスクレピオスの杖を「剣」であらわしているのは、「分離したもの」というイメージと共に「ヘルメスの行く手を阻むもの」としての象徴をあらわしたい、作者の意図があるからです。

 また、上の文章で「このレリーフに書かれた数字(ローマ数字とアラビア数字。この数字は説明のための便宜上のものであろう)を無視していただいて」と書きましたが、誤解ないように書きますと、この数字の順番どおりに必ずしも絵を読み解く必要はない、という意味で、数字に意味がないといっているのではありません。
 例えば、三枚に分けられた「幼児虐殺」の上の「5」と、「救世主」の絵に書かれた「5」は「魂の上昇」という意味で密接に関わっておりますし、その上の「薔薇園」に書かれた「?」は重要な示唆で、薔薇十字の思想に精通している人ならよくご存知の、「薔薇」の内花弁5枚、外花弁8(5+3)枚をあらわしたものであろうことは容易に察することが出来ます。

 そして、下の絵と上の絵の関わりに関してですが、既述した真中の絵だけではなく(魂の上昇、復活)、その他の絵にもいえることに言及しておきます。
 例えば「2」の「二頭の龍」の図ですが、フラメル自身が「ヘルメスの杖」や「テリアカ薬」との関連を示唆し(白水社117〜118ページ)、その上の「?」の「磔刑に処せられた蛇(アスクレピオスの杖)」と「?」の「ヘルメス」の図との関連を示唆しています。

 取り敢えず、下から上へ読み進む方法もあるという話しの補足でした。
 どうしても長くなってしまいます。長文すみません。。。 
 たいへんご無沙汰いたしております。
 
 書いてよいのかどうか迷いましたが、僭越ながら、「ヘルメスの杖」について。

 『錬金術の世界』(ヨハンネス ファブリキウス著、大瀧 啓裕訳)によれば、この杖はゼウスとレアーの「オルペウス神話」に由来し、ゼウスが母レアーと絡まり合い、交わったとき、両者は蛇の姿態をとったそうです。そして、この後、この交わりから生まれた娘、ペルセポネをもゼウスは犯しますが、その時の姿も蛇であり、つまり、この杖は(二重の)近親相姦の「結合」を意味するものでもある、とありますが、私自身はこの判断について是非を問うだけの知識を持ち合わせておりません。

 錬金術の象徴としては、「溶解(dissolvent)」の意味に「メルクリウスのカドウケサ」の名を使っているようです(この一文、マルティン・ルーラントの『錬金術辞典補遺(1612年)』による)。
 ルーラントの『錬金術辞典補遺』に拠れば、カドウケサは、3つのパーツから構成されています。「黄金の柄(杖)」と、その上にのった「鉄の林檎」、そしてその「林檎をむさぼり喰うような姿態の蛇(serpents)二匹」です。
 一匹は、哲学的要素における、「揮発(volatile)」の原理。もう一匹は「凝固(fixed)」の原理を示します。そして彼らは容器の中でお互いに戦います(「凝固物を融解し、揮発物を固定する」作業。相互に補いあう激烈な相克は二匹の龍、あるいは蛇によってあらわされることが多い・・・ニコラ・フラメル『象形寓意図の書』の?、?あるいは2の図に関連か)。
 彼らはいわゆる「硫黄(=男性原理)」、「水銀(=女性原理)」であり、当初は女性原理が優勢、男性原理が勝利します。最後、両原理は固定化、安定状態となります(赤い獅子、「翼もてる正しい獅子のさま」・・・ニコラ・フラメル『象形寓意図の書』の8の図に関連か)。
 なお、ニコラ・フラメル『賢者の術概要』には、「あるいはペルセウスの二頭の怪物、というよりもヘルメスの杖にまつわる二匹の蛇。これは互いに相手を襲い、つのる憤怒に駆られて相手の傷に咬みつくのだ(一一五〜一一九)」と、寓意のかたちで、錬金術的意味における、「ヘルメスの杖」を説明してくれています。

 ちなみに、博物学者として名高いイエズス会士、アタナシウス・キルヒャー(1602〜1680)の『地下世界』の第二巻の口絵にもヘルメスの杖が登場しますが、これはヒエログリフの研究を一時やめ、鉱山(自然の秘密)の研究への転向を暗示する(指示する)「知」あるいは「天啓」の象徴として描かれています(「伝令」の意味からでしょうか)。杖の先が「鉱山」を指し示していることを考えると、やはり錬金術的な意味も含意されていると考えて差し支えないでしょう。この使い方が、ルネサンス期では一般的に見られるものだと思います。

 仮にも中世の、フラメルの使う象徴が、ルネッサンス期の錬金術的解釈でよいのかどうか私には分かりませんが、少なくともボヘミアの錬金術師は、「ヘルメスの杖」をこのように解釈しているようであります。


>かずめさん
「はてなの人力検索」、拝見いたしました。
錬金術とはやや離れるのかも知れませんが、エスキュラスヘビや、メジナ虫のお話、とても面白いですね。
また、杖の起源を探ろうとするのも興味深い内容です。
私の追いかけているものと少し方向性が違いますので、それについてのコメントはできませんが、実は、最近南ボヘミアのプラハティッツェという町で、16世紀頃に描かれた(もしかするともう少しさかのぼるかもしれません)、「蛇が絡まる十字架(磔刑に処せられた蛇)図」を偶々発見いたしました。
キリスト教の宗教画のひとつのようです。
ポイントは、コメニウスの『世界図絵』にあるようにT字型の杖に絡まる蛇図ではなく、十字型の杖に絡まっているところです。
関連を考える上で興味深いですね。

※写真は不鮮明で申し訳ありませんが、プラハティツェとその宗教画です。祭壇はロジュンベルク家の創建による、ヤコブ教会(プラハティツェ)です。
>かずめさん

 「磔刑に処せられた蛇」の絵が珍しい絵なのかどうか、私には分かりませんが、キリスト教の宗教画として存在(実在)することが確認できただけでも私はよかったかな、と考えております。フラメルの真意をはかる材料となり得るかは、分からないですけれど。

 実は写真を掲載させていただいた、南ボヘミアの町、プラハティツェは、16世紀の錬金術師の伝説が残る町でもあります。ここを支配していた貴族、ロジュンベルク侯ヴィレームという人物は、大変な錬金術好きの人物で、多くの錬金術師のパトロンでした。
 その中にはフランス人錬金術師もおり、ボヘミア(チェコ)とフランス、遠き道のりとはいえ、没交渉というわけでもなかったようです。

 ところで、「イノサン墓地のレリーフ」ですが、私も初めてこの図を見たときと大分、意見が変わってしまいました。
 16世紀〜17世紀にかけて、やはりこの「イノサン墓地のレリーフ」は錬金術師の間で有名だったのに違いありませんが、じゃぁ一体、彼らの、この「レリーフ」に対する理解や考え方はどうだったんだろう?という疑問がわいてきました。
 そう思ってあれこれ時間があるときに本を読んでいると、偶々、ニコラ・フラメルのモットー(恐らく仮託でしょうけれど)というのがあることに気がつきました。
 はじめ、何の意味か分からなかったのですが、今は「レリーフ」に描かれた絵全てに共通する言葉のように思えてきています。
 また、時間があるときに色々考えてみたいと思っています。


「ええと、恥ずかしながら通読してません;厚さに腰が引けて、図版眺めるとか辞書的に使うとかになっちゃってます。」 とのお話ですが(引用失礼いたします)、私はもっとひどくてこの本を枕のかわりに使ってました(この本の他にも私の枕はいっぱいありますが)。
 これをすらすら通読できるだけの知識を、私も持ちたいものです(が、夢のまた夢でしょうねぇ)。
 ↑の本文に「ニコラ・フラメルのモットー」などと思わせぶりなことを書いておいて、このモットーを書き忘れておりました。
 お詫びして、追記しておきたいと思います。

 錬金術師ヨハン・ダーニエール・ミューリウスの『医化学論集』の中の論文「哲学の聖堂」には、とてもたくさんの錬金術の寓意画(エンブレム)とモットーが載せられていますが、その中に、フラメルのものも入っております。『象形寓意図の書』の「8」の寓意画がやや改作されて転載されており、そこにはフラメルのモットーとして、以下のように書かれています。
「十分に生きた者は不当に死ぬことはありえない。」


 このエンブレムは、和書では、翻訳書ですが、『練金術図像大全』(スタニスラス・クロソウスキー ド・ローラ著)に掲載されているようです。
 この本、どえらく高いですねぇ(苦笑
>かずめさん

 そうらしいですね。
 スタニスラス・クロソウスキー・ド・ローラさんて、あの画家、バルテュスのご子息らしいです。
 また、あのカンスリエの友人でもあったらしいですよ(白水社の『象形寓意図の書』の解説書いている人です。その筋ではとても有名人だそうです)。

 ざっと検索してみたんですが、彼の錬金術関係の本は和訳されている二冊だけのようですね。『The Golden Game』が『錬金術図像大全』、『Alchemy: The Secret Art』が『錬金術 精神変容の秘術』の邦題で訳出されているようですね。
 ペーパーバックなら英語ですけど、安く買えそうですね。
 アマゾンで買ってみようかなぁ。チェコへは発送してもらえるのでしょうか(ドキドキ
 >かずめさん

 スタニスラス・クロソウスキー・ド・ローラさんもフランス人なのだそうですが、フランスって錬金術大好きな方々が集まる場所でもあるのでしょうか?

 ニコラ・フラメルに弟子がいて・・・という話は何だか面白いですね。
 そういえば、フラメルの時代から百年以上も後の話ですけれど、私の(趣味で)調べている南ボヘミアの貴族ロジュンベルク家の錬金術師がフランスに留学しております。
 オッテンフェルドのヴァーツラフ・ラヴィーン(ラヴィヌス。?-1601)という人物ですが、フランスで某錬金道士(アデプト?)から変成に資する媒介、錬金薬を貰ったのだそうです。
 この人、プラハとかチェスキー・クルムロフなどで錬金術的実験を行っております。

 また、ロジュンベルク家の錬金術師として有名どころではドーフィネのニコラ・バルノーなんていうフランス人がおりますが(『黄金の四頭立て(1599)』『化学の三頭立て(化学の三つ組、1599)』などの著作で有名です)、この人はどうやらユグノーだったようで、迫害から逃れるためにボヘミア王国までやってきたようです。

 百年以上経っても、フランス(パリ?)は錬金術師のメッカだったということでしょうか。
 そういえば・・・、パリの錬金術の隆盛については、E.J. ホームヤードの『錬金術の歴史』か何かで読んだことがあったような気がします。
 ただ、手元に本がないので、何時の時代だったかちょっと思い出せないですけれど。
 
 『ベリー公のいとも豪華なる時祷書』については多少存じておりますが、「秘書」の話は初耳です。そうだったんですか。フラメルの家って、結構有名な家だったんですねぇ。
 >かずめさん

 丁寧な説明と、興味深いお話を有難うございます。
 「秘書」の話は、そういうことだったのでございますね。
 
 錬金術師フラメルの話とは大きくずれますが・・・、

 ベリー候ジャンの蔵書には、ジャン・フラメルのサインの本(書類、写本の類)はなく、「FLAMEL N.」のサインの本しかなかったということでしょうか。それともサインの種類が2つ(ジャンとN某のものが)存在するということでしょうか?
 ジャン・フラメルが、いくらお忙しい身だとしても、彼のサインのある書類、本が全く残っていず、「FLAMEL N.」のサインのものだけが残っているということはありえないのでは。

 2種類のサインが残っているのなら、ウィルキンズ師の推量にも納得ができますけれど・・・。残っていないのなら、別の理由のような気もしますね。
>かずめさん

 ははぁ。これが「フラメル・N」のサインですか。
 とても特徴的に思えます。
 ますます、ニコラ・フラメル本人の署名が残っているなら、つき合わして見てみたくなりますね。
 
 ニコラ・フラメルという人は、歴史上の人物としてはマイナーかもしれませんが、やはり大錬金術師としての名声は消し去ることができませんしねぇ。
 たとえ「賢者の石」探しが、貴族や市民裕福層の気散じに過ぎなかったのだとしても、彼らの教養が錬金術と結びつき、思想的に大きな影響があったことも事実のようですし。
 それにサン・ジノサン墓地のレリーフを見てしまったら、あれこれ夢中になってしまうのも事実で。
 
 かく言う私も、歴史的、書誌学的経緯は兎も角、今ではすっかりこの絵に夢中になっている人間のひとりです。
はじめまして。
カリグラフィー(西洋書道)をやっているAngelic Felineと申します。
かずめさんと洋なしさんの会話、興味深く拝見しています。

私がここに入会したのは、ニコラ・フラメルというより書家であるジャン・フラメルへの興味からでした。
お二人のような徹底した研究はしていませんが、自分がウェブで調べた限りではニコラとジャンは同一人物ということだったし、カリグラフィーの先生の話でもそうだったので、ここではむしろ別人の可能性が強いように取り扱われているのが意外でした。
「ユダヤ人アブラハムの書」を手に入れたフラメルは確か、町で代書屋を営んでいましたね。当時の代書屋は、貴族の師弟に文字の書き方を教えたりまたジャンのように貴族の秘書官として雇われることもあったといいます。これだけで何の判断もできないのですが、私の中では同一人物のような気がしています。(お二人の高度なレベルに似つかわしくない幼い感想にすぎませんが、ご容赦ください。)

ところでしゃしゃり出てきましたのは、カリグラファーから見て、かずめさんの掲載された蔵書票のサインにIとかJかと読める部分はないですとお知らせするためでした。
>サインの左端近くの二重の「!」のような部分(一番端のS字形の右にあるところ)<
というご説明がどの部分かわからなかったのですが、美しいカデルス装飾を使ったバスタルダ書体は装飾部分が多いので、学んでいない人には読みづらいものです。しかしこれは明らかにFlamelと書かれ、その下にNの文字が円の中に入っています。

お邪魔しました。また続きを楽しみにしております。
 ご無沙汰しております。

 Angelic Felineさんとかずめさんのお話、拝読いたしました。

 サインの話ですが、やはり、ニコラ・フラメルが実際に署名したという「金利契約書」や「領収書」のサインとつき合わさなければ、容易に解けない問題なのではないでしょうか。それこそ、フランスのどこかの図書館で18世紀の古典的伝記、ヴィランの『ニコラ・フラメルとその妻ペルネルの批判物語』なる書物を探し出してこなければならないかもしれません。
 同一人物であることを証明することも、そうじゃないことを証明することも(同一人物じゃないことを証明する方がより困難でしょうけれど)、とても難しいことのように思います。
 サインに関するこれ以上の詮索は、もしかしたら限界かもしれませんね。
 
 それに致しましても、「FLAMEL N.」の署名入りの「蔵書票」ということですので、その蔵書票を作成したのが「FLAMEL N.」という人物で間違いはないのでしょう。文字の美しさ、彩色挿絵など、技量の高さが偲ばれます。
>管理人様
 ご無沙汰しております。
 メンバー100人突破、おめでとうございます!
 そういえば、来る3月22日はニコラ・フラメルの命日ですね。

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