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「駄文倶楽部。胡蝶庵。」コミュのおまけのキーホルダー

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大学を出て、道路の向かいの、少し細い道を通ると割と小さな商店街に出る。
その、だいたい真ん中くらい。
花屋とたこ焼き屋に挟まれた小さな商店。
僕はいつもそこでいくつかのパンと、ペットボトルの紅茶を買う。
買うのは決まってミルクティー。
本当は僕はコーヒーが好きだ。というより紅茶がそんなに好きじゃない。
ただ、ある日いつも通りにパンとコーヒーを買いに来ると、コーヒーの隣にミルクティーが並んでいた。
いや、昨日だってきっと並んでいたんだろうけど、その日は違った。
ミルクティーのペットボトルの口の所に、小さなビニールの袋がぶら下がっていた。
ビニールは透明で、中身が見えるようになっていた。
「………」
パンダと目があった気がした。
コーヒーを取ろうとしていた手が、ミルクティーを掴んだ。
「………」
袋に書いてある説明を見ると、それはどうやら期間限定のおまけで、人気の動物シリーズというやつで、全部で十種類あるらしかった。
ちょっとデフォルメされた、目のくりくりした丸っこいパンダは、なんというかちょっとおかしかった。
まあ、ミルクティーなら飲めない事も無いか。
そう思って僕はパンを3つとミルクティーをレジに持って行く。
「いらっしゃいませ」
いつものおばさんの声、じゃなかった。
僕はそこで顔を上げた。
「あら?」
向こうも僕を見てそんな声を上げる。
知ってる顔だった。
「先輩?」
「橘、さん?」
今年入った、サークルの後輩がそこにいた。
まだそんなに話したことはなかったけど、他のサークルのみんなは「今年一番の収穫だ」と言っていた。
確かに、よく気がつくし、人との接し方もうまいと思う。
それにとても楽しそうに笑う。
その、いつもの笑顔を少し真面目にした感じの表情で、橘さんが言った。
「先輩、こんなところで何してるんですか?」
「僕、いつもここに買い出しに来るんだ。橘さんは、バイト?」
僕が尋ねると、橘さんはああ、いえいえと手を振った。
「私、ここに住んでるんです。親戚の家なんですけど」
「へえ。下宿ってこと?」
「ええ、まあ。入学してからは色々と忙しかったですけど、そろそろ余裕も出来たんで、昼休みとか講義の無い時間とか、手伝いをしようと思って」
「そっか。偉いね」
「いえ、お世話になるんですからこれくらいは当然です」
にっこりと笑って、それから橘さんはあ、と小さく言って、
「すいません、私ったらお会計もしないで」
「あ、ううん。―じゃ、お願いします」
「では、お会計をさせていただきます」
営業用ボイス、と言うのだろうか。
ちょっと気取った感じに声を出す橘さんが、なんとなくおかしかった。
「あ、今先輩笑いました?」
「笑ってない笑ってない。ちょっとおかしかっただけ」
一緒ですよ、と橘さんはバーコードを読み取りながら拗ねた声を出す。
「お会計、530円になります」
僕は550円を渡した。
「550円お預かりします。―20円のお返しです」
「ありがとう」
「なんだか、知ってる人に接客するのって恥ずかしいですね」
「そうなの?」
「まあ、少しだけ。あ、でもまた来て下さいね?」
「僕、いつもここで買い出ししてるって言わなかった?」
「あ、そう言えばそうでしたね。じゃあ、またここか、大学で」
「うん、またね。橘さん」
僕はビニール袋を提げて、大学へと戻った。


「あら?」
ここで会った日と同じ声を橘さんが上げたのは、ここで会った日の4日後だった。
橘さんはいつものようにバーコードを読み取ってからミルクティーに付いている袋を見て、
「先輩、これパンダですよ?」
と言った。
「え?ああうん、そうだね」
「ダブっちゃいますよ?」
「でも、一番手前がそれだったから」
別にそんなにムキになって集めてるわけじゃなかったから、まあいいかと思ったのだけど。
「それに、そのパンダが一番かわいいし」
「でも、同じの二つは付けないですよ」
「じゃあ……橘さんにあげるよ」
え?と言う橘さんの手からミルクティーを取って、袋だけを外す。
慌てたみたいに橘さんが首を振る。
「そんな、悪いですよ」
「悪くないよ。おまけなんだから気にしないで」
「なら、他の動物と換えて、」
「そこまでしてもらったら僕が悪いよ。本当に気にしなくていいからさ」
はい、とパンダを差し出すと、橘さんはゆっくりした動きでそれを受け取った。
「ありがとう、ございます」
「お礼言われることじゃないけど。でも、どういたしまして」
「先輩、これ付けてるんですか?」
「うん。家のカギに」
「じゃあ私もそうします。……お揃いですね」
「そうだね」
そう返して、僕と橘さんは二人で同時に微笑んだ。


「コンプリートですね」
それから三週間くらい経っただろうか。
ある日橘さんが少し興奮気味に言った。
いつものミルクティー。
その口にぶら下がった袋には、ネコが入っていた。
「そうだね。意外とかかったね」
「私も半分くらい集まっちゃいました」
あれ以来、同じものは橘さんにあげて、二人とも持っているものはジャンケンで勝った方、というルールが出来た。
おかげで僕のカギにはキリンが3つくらい付いている。
それにしても不思議なもので、毎日のようにミルクティーを飲んでいたらおいしいと思うようになった。
今ではコーヒーと同じくらい好きかも知れない。
それもこのパンダのおかげだろうか、なんて思いながらポケットからカギを取り出す。
最初のパンダは少しだけ色が取れてシロクマに近付いていた。
橘さんも気が付いたらしい。
「先輩、そのパンダ」
「うん。まあおまけだし、しょうがないよ」
せっかくだから、と僕はここでネコを付けることにした。
なんとなく、橘さんが見てる時にやった方がいいような気がしたのだ。
「ねえ、先輩」
ネコを付け終えると、橘さんが同じようにキーホルダーの付いたカギをポケットから取り出した。
「先輩のパンダと私のパンダ、交換しませんか?」
「え?」
「私のパンダは、まだキレイですよ?」
確かに、橘さんのパンダは色も取れていなかった。
「でも、それは橘さんのだから」
「元は先輩のですよ。一匹だけなんだかかわいそうじゃないですか」
「それは橘さんも同じだと思うけど」
「私はいいんです。世界に一匹だけのパンダですから」
「え?」
僕はさっきと同じ声を上げた。
「どういう意味?」
「……この前、同じ講義の子が、同じもの付けてるのを見たんです」
まあ、それはそうだろうと思う。
キーホルダーなんだから、付けるのは当たり前だ。
「私ずっと、どこかでこれは私と先輩だけが集めてるんだって思ってたみたいで。そうじゃないって分かった途端になんだか……不安になって」
「不安?」
一体何が不安なのだろう。
ますますよく分からなくなってきた。
「先輩とこうしてた時間が、実は全然大した事のないものだったんだって言われたみたいで。先輩にもらったキーホルダーも特別なものじゃないみたいに思ってしまいそうで」
「いや、そんな大げさな」
「特別だったんです、私には」
キーホルダーを握りしめて、橘さんは言った。
「嬉しかったんです。先輩がくれたものだから」
「……橘さん」
「だから、その先輩のパンダ……他の誰とも違うそのパンダが、欲しいんです」
はっきり言葉にして言われたわけじゃないけど。
そういう風に考えていいのかな、と僕は思った。
僕はカギからパンダを外して、
「はい」
橘さんに差し出した。
「ありがとう。そんな風に言ってもらえて嬉しいよ」
「……先輩」
「僕にもくれるかな。世界で一匹だけの、橘さんのパンダ」
「……もちろんです」
橘さんも同じようにカギからパンダを外して、僕に差し出して来る。
お互いにそれを受け取って、同時にカギに付ける。
そして同時にお互いの顔を見た。
「……ふふ」
「……はは」
それがおかしくって、やっぱり同時に笑った。
「ねえ、先輩」
ひとしきり笑うと、橘さんが僕を呼んだ。
「なに、橘さん?」
「今度の週末、私店番もなくてすごく暇なんですけど」
いたずらっぽく橘さんが笑う。
僕はその手に握られたままのカギを見る。
少し色の取れたパンダと、目があった気がした。
それから僕も笑って、橘さんの方を見て言った。

「そうだね……どこに行きたい?」

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