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2020年12月27日15:40

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日本の同時代小説[読書日記810]

題名:日本の同時代小説
著者:斎藤 美奈子(さいとう・みなこ)
出版:岩波新書
価格:880円+税(2018年12月 第2刷発行)
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1960年代から2010年代の日本の文学史をまとめた本です。
「はじめに」から、著者の思いを引用します。
“「自分の生きている時代の性格を知りたい」という思いは私も同じです。
 『日本の現代小説』ほどではなくても、本書がこの半世紀の社会と小説を考える一助になれば幸いです”(iiip)

目次は次のとおりです。

 はじめに
 1 1960年代 知識人の凋落
 2 1970年代 記録文学の時代
 3 1980年代 遊園地化する純文学
 4 1990年代 女流作家の台頭
 5 2000年代 戦争と格差社会
 6 2010年代 ディストピアを超えて 
 あとがき

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各章から印象に残った文章を引用します。

【1 1960年代 知識人の凋落】から。
“少しだけ歴史をさかのぼっておきますと、日本の近代小説の主人公は、概してみんな内面に屈折を抱えた「ヘタレな知識人」「ヤワなインテリ」たちでした。外形的にいうと「いつまでグズグズ悩んでんのよ」とドつきたくなるような性向を彼らは持っていた。
 ロシアの作家・ツルゲーネフは人間のタイプは二種類に分類できると述べています。
 あれこれと思索にふけり、悩むばかりで行動できない「ハムレット型」と、理想に向かってやみくもに猪突猛進する直情的な「ドン・キホーテ型」です。
 その伝でいくと、日本文学の主人公で圧倒的に多いのは「ハムレット型」でした”(5p)

【2 1970年代 記録文学の時代】から。
“興味深いのは、このころから80年代にかけて、芥川賞の「取りこぼし」が目立つようになったことです。
 とりわけ、後に世界的人気作家としてノーベル賞候補とさえいわれる村上春樹に芥川賞を出し損ねたことは、芥川賞の「汚点」として語り継がれることになります。
 旧世代の選考委員には戦後生まれの小説が理解できなかったという、ひとつの証拠でしょう”(80p)

【3 1980年代 遊園地化する純文学】から。
“この時代の小説の外形的な特徴をひとつだけあげれば「脱リアリズム」でしょう。
 事実を重んじるノンフィクションの時代から、事実を蹴飛ばす超フィクションの時代へ、小説のトレンドは思いっきり反対側の方向に向かって走り出したのでした”(91p)

【4 1990年代 女流作家の台頭】から。
“それにしても、この時期に実力派の女性作家が続々と登場したのはなぜだったのか。
 ひとつには、受け入れ側の問題が考えられます。文壇もまた長い間、男性社会でした。
 しかし、各種文学賞に女性作家が選考委員として加わり、文芸誌の編集者や新聞の文芸担当記者にも女性が増えれば、おのずと雰囲気と作品評価も変わります。
 もうひとつは、もちろん書き手に属する要因です。
 80年代のさまざまな実験を経て、90年代初頭、文学界の周辺では「もう書くことは残っていない」とさえ囁かれていました。
 しかし、有形無形の壁にはばまれ、差別と偏見の中にいる女性には、書くべき材料がいくらでもあった”(144p)
ちなみに著者は、この時代に台頭してきた作家として、宮部みゆき、川上弘美、小川洋子、角田光代らの名前を挙げています。

【5 2000年代 戦争と格差社会】から。
“再度申し上げましょう。00年代の文学のトレンドは殺人とテロでした。(略)
 2000年代に入ると、殺人やテロの物語はさらに増加します。それは新人作家も中堅作家もベテラン作家も巻き込んだ動きでした”(190p)

【6 2010年代 ディストピアを超えて】からは、2つ引用します。
“震災および原発事故と、強権的な安倍政治は一見関係ないように思えます。しかし、両者は底の方でつながっている。
 震災でショックを受けた有権者は「どこか不安な元野党」ではなく「強いリーダーのいる元与党」を選んだのです”(221p)

“秘匿される情報。見えない放射能汚染への恐怖。信用できない政治家と「絆」を強調する全体主義的なムード。
 震災直後の日本を、これらの小説(多和田葉子『献灯使』、佐藤友哉『ベッドサイド・マーダーケース』、吉村萬壱『ボラード病』)はたしかに反映しています”(244p)

私は、今、あまり小説を読まないのですが、以前は読んでいました。
本書で時代ごとに引用されている作品名から、小説(フィクション)を読まなくなったのが「脱リアリズム」になっていった1980年代からだと分かりました。
また、「はじめに」で著者が述べたように“この半世紀(私が生まれた頃から現在まで)の社会と小説を考える”よい材料になりました。

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斎藤 美奈子(さいとう・みなこ)
1956年新潟県生まれ。児童書などの編集者を経て
現在−文芸評論家
著書−『妊娠小説』『紅一点論』『文章読本さん江』(以上、ちくま文庫)、『文壇アイドル論』『モダン ガール論』(以上、文春文庫)、『戦下のレシピ』(岩波現代文庫)、『冠婚葬祭のひみつ』『文庫解説ワンダーランド』(以上、岩波新書)、『名作うしろ読みプレミアム』(中央公論新社)、『ニッポン沈没』(筑摩書房)、『学校が教えないほんとうの政治の話』(ちくまプリマー新書)ほか多数。
『文章読本さん江』で第1回小林秀雄賞受賞。

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