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2014年07月17日23:05

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審判は、辛く愉しい稼業とみつけたり

いよいよW杯が開幕する日。
煽り記事でも読もうと思って新聞を広げたところ、下段の書籍広告に、こんなものが出ていた。
『ポジティブ・レフェリング ファウルが減る! ゲームがおもしろくなる! 驚きのサッカー審判術』
http://decoshop.shop29.makeshop.jp/shopdetail/000000000190/
著者は、日本サッカー協会の前審判委員長である、松崎康弘氏。
おいおい松崎さんたら、W杯景気を当て込んで、このタイミングで本を出したのねっ。
ま、そのうち読んでやりますか、図書館で借りてきて。

そう思ったまま連日の試合にかまけてすっかり忘れていたところ、とある方のTweetで、出版記念のトークイベントが、ヲタク九龍城の呼び名も高い書店、書泉グランデで行われることを知った。
いつやるの? ――明日です!
というわけで、当日の朝電話で予約をしたところ、なんと整理番号は6番。
書泉のイベントは満員御礼当たり前、と思っていたので、拍子抜けというよりも、むしろ 心配になってしまったほどだ。


松崎康弘氏は、JALの仕事で英国赴任中に、イングランドサッカー協会で本格的なサッカー審判キャリアを積み、帰国してから2002年までJリーグの主審として活躍した変わり種だ。
日本サッカー協会理事兼審判委員長を経て、一昨年からはフットサルFリーグのCOOを務めている。
60歳になった現在も、千葉県リーグで審判として活動し、現役でボールも蹴っているらしい。
ややはみ出し気味の性格と見え、TVのコメントや雑誌新聞のコラムでも、松崎さん、そんなこと名指しで言っちゃっていいんですカ?とこちらがヒヤヒヤしたり呆れたりすることがままある人だ。
それなりに敵も多かろうな。


トークイベントには、結局かなり濃い目の読者が、15人程度来ただろう か。
時間前に到着していた我々(サッカー3級とフットサル4級審判員の相棒ももちろん駆けつけた)は、恥ずかしながら最前列に陣取ることに。
モジモジしていたら、松崎さんが「プロジェクタの映像が見にくいから前に座った方がいいよ」と言ってくれたのだ。
最前列に座った恩恵は、松崎さんと雑談気味に言葉が交わせたこと、そして、話しながら腕を高く上げた際に、ポロシャツの裾の下から、彼のまったく弛みのないお腹が見えたこと。(笑)
サッカーやっているなら、腹は弛んでいない方が断然よろしいからね。

話の内容は、サッカー(フットボール)の起源から、ラグビーと枝分かれした近代サッカー成立までの経緯、レフェリーの登場のいきさつ、そして昨年の大 きな話題である、オフサイドのルール変更について、など。

フットボールの審判については、初期のアンパイヤ2人制から、もう一人黒いフロックコートを着た紳士に、ピッチの外でレフェリー(「委ねる人」の意)として立ってもらって最終判定を下す形に変わり、前者がラインズマンそして現在の副審となり、後者のフロックコートが黒い審判服の由来になったという話を聞かせてくれた。
ある程度は知っていたが、副審の由来がアンパイヤだった(つまり主審ありきではなく、元は副審のみで試合をみていた)とは、その日初めて知った事実だ。

松崎氏は、持ち込んだPCを使って写真や映像を映し、自身がFA(イングランドサッカー協会)の公式審判員だったこと、そしてJリーグでも笛を吹いて、エメルソンらとピッチを駆け回っていたことを、証拠写真、証拠映像として見せてくれた。
また、改正後のルールでは、このプレーはオフサイドか否か?というクイズも行った。
そして、今回のW杯で導入されたゴールラインテクノロジーの説明では、ワイヤ状のセンサの埋め込まれたボール(他のボールとは全く見かけが違わない)を見せてくれ、話題になった、フリーキックの際にボールと壁の位置をマーキングするムース状の「ヴァニシングスプレー」も持ち込んで、我々に実際に使わせてくれた。
このローテクは素晴らしい。そのうち、Jリーグにも導入されるかもしれないな。
個人的にあと4−5本持ってるから欲しい人持ってっていいよ、と仰るので、我が相棒はそいつをちゃっかり頂いてきた。
今度の試合で使ってみる気かしら。


しかし、その夜集まった我々が一番聞きたかったのは、やはりワールドカップ開幕戦での西村雄一主審の下した判定についてだ。

ご存じない方のために、簡単に説明を。
名誉あるW杯開幕戦、ブラジル対クロアチアの主審に選ばれた日本の西村主審は、後半26分、ブラジルのペナルティエリア内で、クロアチアのロブレンがブラジルのFWフレッジの身体に手をかけて倒したとして、ロブレンに即座にイエローカードを提示、ブラジルにペナルティキックを与えて、ブラジルは3点目を挙げ、試合を決めた。
<FIFAの公式マッチレポート>
http://resources.fifa.com/mm/document/tournament/competition/02/36/92/26/eng_01_0612_bra-cro_fulltime.pdf

このプレーとジャッジについて、即時世界中で論争が巻き起こった。
論争というより、圧倒的な主審批判といった方がいいだろう。
ロブレンの行為はファウルなのか。
フレッジはわざと倒れたのか。
それともロブレンに身体を掴まれた("Hold"のファウル)ために影響を受け、倒れてしまったのか。
イエローカードは妥当か。
主審は適切な位置で行為を見ることができていたのか。

この「事件」は24時間世界中で議論され、その間、あらゆる媒体に西村主審を揶揄するコラージュ画像が出回り、彼の過去のジャッジの数々が言及され、クロアチア選手らがジャッジを不当と訴えるコメントが報道され、中には明らかに間違った理解に基づく発言や、耳を塞ぎたくなるような罵詈雑言が飛び交った。

試合を観ていた私は、ペナルティエリアでこの種のファウルを犯したら当然PKになると考え、リプレイ映像を見てもその意見は変わらなかった。
審判員である相棒は、フレッジがわざと倒れたのを西村主審には角度的に見極められなかったのではないかとし、むしろフレッジのプレイをシミュレーション(審判を欺く行為)と判定すべきだ、という意見。
(西村氏は渡航前のTVのインタビューで、「審判は選手を信じて試合に入っているので、騙す行為に一番弱いのです」とコメントしていた。)

試合の映像を見ながらの松崎氏の見解。
これはPKではないね。
フレッジはわざと倒れてファウルを貰いにいってる。
リプレイ映像を見てください。
雄一がいた角度からだと、完全にフレッジをホールドしているように見えるけど、逆からの映像を見ると、ぜんぜんそうじゃない。
むしろ掴んだのと逆の方向に倒れてるよね。
この倒れ方を見ると、ホールドが選手に影響しているとは思えない。
雄一のいるポジションを見てください。
副審と同じ側から見ているでしょう?
主審は、副審と逆の方にいて、プレーを両側から挟み込むようにして見ていなくちゃならないのに、どうしてここにいたんでしょうね。
適切な場所にいたら、雄一はぜったいこんなミスは犯さないはずなのに。

・・・・まったく、ご明察。
我が家ではこの試合の映像を消してしまったので、今は確認するすべがないが、その前のプレーを見れば、西村主審があの時なぜ名木副審の近くにいたのか、試合の流れを読み違えたのか、何か別のポイントを見ようとしてそこに移動していたのか、その理由がわかるのではないかと思う。
開幕戦の再放送があったら、ぜひ確認してみなくては。

世界中の人から批判が集まったわけだが、ひとつだけ、どうしても容認できないコメントがあった。(もちろん容認できない雑魚コメントは山のようにあったわけだが。)
ドイツの元国際主審マルクス・メルク氏(私はこの人のことをあまりよく憶えていない)。
西村氏の実力を評価しながらも、開幕戦に相応しい審判ではなかったとした上で、
「笛を吹いた後、あのように逃げたレフェリーは見たことがないね。恥ずかしい気持ちになった」
とコメントしているのだ。
しかし、PKを宣告しながらピッチの端に向けて走ってゆき、ラインを背にして選手たちと対峙するというアクションは、ああした場合の主審のアクションとしてセオリー通りであり、「逃げ」という批判は全く当たらない。
素人がいうならまだしも、かつて第一人者が発するコメントとしては、お粗末もいいところだ。
メルク氏が第一線にいた時代からすると、現在はものすごいスピードでルール改正やメソッドの進化がある。
OBとしてコメントするには、彼は知識の更新を怠っているのではないか。

西村氏については、英語が喋れないから日本語を使っていた、というクロアチア選手の馬鹿げた証言もあったが、そんなことで国際主審が10年も務まるわけはなく、単独でFIFAやアジアサッカー連盟のセミナーに参加してさまざまな試験をパスし、Jリーグで活動中も毎週オンラインでFIFAにレポートを出したりテストを受け続けた結果、厳しい選考をくぐり抜けて最終的に2度のW杯に選ばれたということの意味を、全くおわかりでないのだな。
松崎氏も、「雄一は英語上手いですよ」とコメントしていた。
(いや、そんなメチャメチャ上手いとは、実は私は思っていないのだが、英語の単独インタビューは頻繁に受けており、映像もいくつか見ているから、国際主審として必要にして充分な能力は備えていると言って間違いはないだろう。)

松崎氏は、大会中も西村氏からメールを受け取っているらしく、身体は元気なのに、その後の試合の(主審の)割り当てがない状態が続いているのは相当辛いだろうな、と言う。
FIFAは西村氏の実力を評価しているので試合を割り当てたいところだが、その後の移動中に、リオの空港でクロアチア人サポーターから威圧行為を受けたという事件があったため、どうにもできすにいる、というのが松崎氏の見立てだった。
審判は、対戦する両チームから限りなく中立でいなくてはならないだけでなく、無用のトラブルのリスクは避けなければならないからだと。
そうだろうな。
審判稼業は辛いことばかり多いように見えるし、今度のように世界中に顔が知れ渡って無遠慮な批判を受けたとあっては、これから先もしばらく嫌がらせが続くかもしれない。
おちおち旅行にも行けないだろう。
W杯開幕戦というのはそれだけ重いもので、それを任された彼はJリーグの誇りであることは間違いないのだけれど、あの判定とその後の批判をどう受け止めていくのか、西村氏の孤独な闘いはしばらく続くことだろう。
いや実に、彼は厳しい仕事を、それも好きで選んでしまったのだ。


トークイベントがあったのは、3位決定戦が行われる前の晩。
松崎氏に、決勝は誰が割り当てられると思いますか?と聞いたところ、そうだねー、やっぱイルマトフかな?との答え。
ウズベキスタンのラフシャン・イルマトフ氏は、アジアナンバーワンを飛び越えて、世界でも先頭集団をひた走る存在だ。
もういつW杯の決勝をやらせても、彼なら上々の仕事をするだろう。
しかし。
私はイタリアのニコラ・リッツォーリがくると予想していた。
だって、イルマトフには次のW杯、2018年のロシア大会の決勝を任せたいじゃないの。
そう松崎氏に言うと、そうかーなるほどね、と感心していた。
果たせるかな、決勝の主審はリッツォーリ氏が担当した。
まぁ、これは余談です。


著書『ポジティブ・レフェリング』はまだ通読できていないのだが、「小学生の試合ではカードを使わないことも考える」「判定理由を説明して落ちつかせる」「どちらのスローインか判断できないときは、ボールが出て行った方向をヒントに決める」といった、実際に審判活動をしている人のための実践的でわかりやすい審判法がたくさん書かれていて、審判に具体的に注目したい人にはとても役に立つ本だと思う。
後半は、松崎氏がフットサルの第一人者であることもあり、フットサルのレフェリングについても30数ページにわたって書かれている。
サッカーとフットサルは、実は相当に違う競技なのだが、我々プレイヤーはどちらも、いや最近ではフットサルの方がプレー機会が多いから、ついでにこちらも勉強できてしまう。
パラパラとめくってみただけでも、これは相当いい本だよ。


ハーフタイムをはさんでびっちり2時間、最前列で松崎節を聞き続けて、自分の中で少しW杯の消化が進んだ気がする。
フットサルFリーグのCOOとして、もはやサッカーにはさほどの責任を持たずにいられる氏の立場からは、幾分野次馬的な見方もできているだろう。
けれど、どうして審判をやっていたのかと聞かれると、何しろフィールドの中で選手と一緒に走り回れて楽しいことこの上ないんですよ、と語る松崎氏の言葉に嘘はなかろう。
願わくば、フットサルの世界でも、これまでのようにちょっと図々しくてキナ臭い、けれど知的な松崎氏の発言が聞けることを期待したい。



※ウズベキスタンのイルマトフ氏について  
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1905846011&owner_id=24016198

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