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2021年08月08日16:03

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街場の天皇論[読書日記842]

題名:街場の天皇論
著者:内田 樹(うちだ・たつる)
出版:文春文庫
価格:790円+税(2020年12月 第1刷)
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内田氏による天皇論です。
2016年8月に天皇陛下(現上皇)が「おことば」を述べられた際に著者がさまざまな媒体に発表した文章をまとめたものです。
(2017年に出版された元本に[特別篇]を加えた構成で文庫本になっています)

裏表紙の言葉を写しましょう。
“天皇自ら、生前退位の意思を表明された――。 そこから著者は、自身を
 含めた日本人が戦後、天皇制について真剣に考えることをいかに放棄して
 きたかを痛感する。
 天皇とは、世俗権力なのか、それとも道徳の中心なのか? 現上皇陛下の
 「おことば」を手がかりに、これからの天皇制のあり方を考えるウチダ流
 天皇論!”

目次は次の通りです。

 はじめに
 1 死者を背負った共苦の「象徴」
 2 憲法と民主主義と愛国心
 3 物語性と身体性
 [特別篇]海民と天皇
 「日本的状況を見くびらない」ということ――あとがきにかえて
 <インタビュー>「天皇主義者」宣言について聞く――統治のための擬制と犠牲
 文庫版のためのあとがき

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印象に残った文章を引用します。

【1 死者を背負った共苦の「象徴」】《私が天皇主義者になったわけ》から、ある韓国の知識人が「日本は天皇制があって羨ましい」と思う理由。
“「韓国の国家元首は大統領です。でも大統領は世俗的な権力者に過ぎず、いかなる道徳的価値の体現者でもない。だから、大統領自身もその一党も権威を笠に着て不道徳なふるまいを行う。そして、離職後に、元大統領が逮捕され、裁判にかけられるという場面が繰り返される。
 ついこの間まで自分たちが戴いていた統治者が実は不道徳な人物であったという事実を繰り返し見せつけられることは、韓国民の国民統合や社会道徳の形成を深く傷つけています。
 それに比べると、日本には天皇がいる。仮に総理大臣がどれほど不道徳な人物であっても、無能な人物であっても、天皇が体現している道徳的なインテグリティ(無欠性)
は損なわれない。そういう存在であることによって、天皇は倫理の中心として社会的安定に寄与している。
 それに類する仕組みがわが国にはないのです」と彼はいいました”(28p)

【1 死者を背負った共苦の「象徴」】《改憲のハードルは天皇と米国だ》から、右派言論人が「おことば」を無視した理由について。
“彼ら(改憲派)にとって、天皇はあくまで「神輿」に過ぎません。
 「生前退位」に自民党や右派イデオローグがむきになって反対しているのは、記号としての「終身国家元首」を最大限利用しようとする彼らの計画にとっては、天皇が個人的意見を持つことも、傷つき病む身体を持っていることも、ともに許しがたいことだからです”(37p)

【2 憲法と民主主義と愛国心】《山本七平『日本人と中国人』の没解説》から、山本七平氏による天皇を利用する人々への批判。
“「従って中国も天皇も、(利用するには)政治から遠いほどよいのであって、天皇は、北京よりもさらに遠い雲上に押し上げねばならない。
 このことは日本の外交文書を調べれば一目瞭然で、国内における天皇の政治的機能を一切認めない人びとが、ひとたび外交文書となれば、やみくもに天皇を前面に押し出し、日本は神国だ神国だと言い出すのである」
(山本七平『日本人と中国人』114頁)”(90p)
この文章は、一つ前に引用した37pの“右派言論人が「おことば」を無視した理由”と重なっていますね。

【[特別篇]海民と天皇】《日本社会の海民性》から、著者が考える秀吉の朝鮮出兵の目的について。
“海洋的な構想について際立つのは豊臣秀吉である。秀吉の朝鮮出兵は意図がわからないという人が多いが、秀吉は別に朝鮮半島に用があったわけではない。半島経由で明王朝を攻め滅ぼし、後陽成天皇を中華皇帝として北京に迎え、親王のうちの誰かを日本の天皇にする計画だったのである。
 秀吉自身は寧波(ニンポー)に拠点を置いて、東シナ海、南シナ海を睥睨する一大海洋帝国を構想していた。
 典型的に海民的な構想だが、間歇的に発現する海民的性格というものを理解しない人たちの眼には単なる狂気としか映らなかったであろう”(192p)
私も秀吉の朝鮮出兵は無謀だったと考えていたので、その理由を提示され別の面から理解できました。

【<インタビュー>「天皇主義者」宣言について聞く――統治のための擬制と犠牲】から、今ある制度を有効活用するしかないという著者の考え方。
“現実に憲法下のシステムとして天皇制がある以上、それをどういうかたちのものとして機能させるかは、皇室の方々を含めて、国民全員で考えるしかない。
 とりあえず当代と次代については、幸いにも天皇制と立憲デモクラシーの共生を配慮する「明君」に僕たちは恵まれた。(略)
 その間に象徴天皇制と立憲デモクラシーをどう整合させるか、この二つの相容れざる政治原理をどう共生させるか、その仕組みを考える時間は十分にあると思います”(223p)

最後に歌人・生物学者の永田和宏氏が【解説】に書いた文章からも引用します。
“内田樹という思想家が、インタビューで「私が天皇主義者になったわけ」を語るという、そのこと自体が大きな事件でもあった。多くの読者が驚いたはずである。
 それはもちろん内田樹のゆるぎない自信、自恃のなせる業でもあっただろうが、一方で、無責任にタブーとしてその問題を論議の外に置いておく、日本の「知識人」たちに対する警鐘でもあり、論じるべきことを誰かが正面から論じなければならないという、責任感でもあっただろう”(249p)

本書には、天皇論だけではなく、国家・国体を説いた文章も多くあります。
これは「天皇制を含めた社会問題を論じた内容なのだ」と読みました。
私も著者と同様に、この歳まで天皇制と立憲民主制の共生について深く考えたことはありませんでしたが、「国家について、こういう視点で考えることもできるんだ」という感慨を持ちました。

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内田 樹(うちだ・たつる)
1950年東京都生まれ。東京大学文学部仏文科卒。東京都立大学大学院博士課程中退。神戸女学院大学名誉教授。
専門はフランス現代思想、映画論、武道論。
著書に『ためらいの倫理学』『「おじさん」的思考』『下流志向』『寝ながら学べる構造主義』『知に働けば蔵が建つ』『日本辺境論』『街場の戦争論』『街場の憂国論』『街場の天皇論』など多数。
『私家版・ユダヤ文化論』で第六回小林秀雄賞を受賞。第三回伊丹十三賞受賞。

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