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2019年09月12日06:22

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樺太紀行(46);追い立てられるように州立郷土博物館を後にし、雨のガガーリン記念文化公園へ

サハリン州立郷土博物館に在館したのは、たった40分強だった。雨なのだから、次の予定の「ガガーリン記念文化公園」はカットか予定大幅短縮してでも、もっと博物館を見学したがったが、無情にもツアー・コンダクーターは僕を追い立てる。スケジュール至上主義がうらめしい。

◎玄関の狛犬は戦前の樺太護国神社を守っていたもの
 正面玄関で来館者を迎える2頭の狛犬の石像は、日本統治時代に樺太護国神社を守っていたものだ(写真=博物館正面の2頭の狛犬と、戦前の樺太護国神社。正面に狛犬が設置されている)。護国神社そのものはソ連軍によって破壊されたが、狛犬だけは破壊を免れ、郷土博物館に再生されたのだ。サハリン州当局の英断に感謝する。
 外に出たら、雨はなお降っている。この後、ガガーリン記念文化公園の訪問と、さらに夕方にかけてユジノサハリンスク東郊の「山の空気展望台」からの市街地俯瞰が予定されているが、いずれもこの後では期待薄である。
 だから余計に博物館の在館時間の短さが、悔やまれるのだ。これも、団体ツアーの硬直性である。

◎スケジュール消化のため(?)雨のガガーリン記念文化公園に
 というわけで、僕らは市の東部にあるガガーリン記念文化公園に連れて行かれる(写真)。心弾むことなく、もう全くの受け身の姿勢だ。
 ただしこの公園、日本統治時代、豊原公園と呼ばれた市民の憩いの場だった。その面影くらいは残っているだろう。
 ところで公園名の「ガガーリン」とは、言うまでもなく世界最初の宇宙飛行士のことである。1961年、アメリカとの熾烈な宇宙開発競争で、ソ連(当時)はスプートニク衛星に次いで、宇宙に人を送るミッションでもアメリカに先んじた。ガガーリンは、その宇宙船「ヴォストーク(東方)」1号で最初に宇宙から地球を観た。彼の「地球は青かった」は、その時代の流行語になった。

◎なぜサハリンにガガーリンなのか不可思議
 さて、なぜ樺太にガガーリンが、と不思議に思って、ヴァレンティンさんに尋ねたが、むろんガガーリンはサハリンにもユジノサハリンスクにも縁もゆかりもないという。
 たぶん州当局が、当時の英雄の名を勝手に公園名に付けたのであろう。もっとも入口には、宇宙服を着たガガーリンのなぜか万歳をする像が設置されていたが(写真)。

注 容量制限をオーバーしているため、読者の皆様方にまことに申し訳ありませんが、本日記に写真を掲載できません。
 写真をご覧になりたい方は、お手数ですが、https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/201909120000/をクリックし、楽天ブログに飛んでいただければ、写真を見ることができます。

昨年の今日の日記:「湯河原に静養に行きがてら幕山に登る、真鶴半島と初島の景観に五郎神社の大クスノキ」

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