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2023年09月22日08:16

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なぜ大富豪たちは、宗教カルトや陰謀論者と同じように終末論的サバイバルに取りつかれているのか?

橘玲

日々刻々 橘玲
2023.9.21 16:00 会員限定
 ダグラス・ラシュコフの肩書をひとつに決めることは難しいが、あえていうならば「サイバーカルチャーの専門家」だろうか。1961年にニューヨークに生まれ、プリンストン大学を卒業後、西海岸に移ってカリフォルニア芸術大学で演出を学んだラシュコフは、早くからインターネットの可能性に魅了され、サンフランシスコのレイヴカルチャーを紹介し、晩年のティモシー・リアリーと交流してテクノ・ユートピア論を唱えたものの、やがて商業化されたサイバー空間に幻滅し、距離を置くようになった。

『デジタル生存競争 誰が生き残るのか』(堺屋七左衛門訳、ボイジャー)はそのラシュコフの最新刊で、テクノロジーに対する懐疑はより深まっている。原題は“Survival of the Richest(もっとも裕福な者たちのサバイバル)”。

ラシュコフを呼びつけた大富豪たちの頭のなかは、終末論を信じるカルトと同じだった
 ラシュコフは本書を、(アリゾナかニューメキシコだと思われる)「どこかの超豪華なリゾート」に招待され、講演を依頼された話から始める。講演料は、「公立大学教授としての私の年収の約3分の1に達するほど」だった。

 ビジネスクラスで指定の空港に着くと、そこにリムジンが待っていたが、目的のリゾートまではさらに砂漠のなかを3時間もかかる。忙しい金持ちが会議のためにこんな辺鄙なところまでやってくるのかと不思議に思っていると、高速道路に平行してつくられた飛行場に小型ジェットが着陸するのが見えた。

なぜ大富豪たちは、宗教カルトや陰謀論者と同じように終末論的サバイバルに取りつかれているのか?
Photo :Gorlovkv / PIXTA(ピクスタ)
 ようやくたどり着いたのは、「何もない土地の真ん中にあるスパ&リゾート」で、そこは次のように描写されている。

 大きな岩の構造物が点在する中に、現代的な石とガラスの建物が、砂漠の果てしない景色を見渡していました。チェックインする間、接客係以外の人は誰も見かけませんでした。そして、私が宿泊する個人用「パビリオン」にたどり着くのに、地図を見なければなりませんでした。そこには私専用の露天風呂が付いていました。

 翌朝、ゴルフカートで会議場に連れて行かれると、控室でコーヒーを飲みながら待つようにいわれた。ラシュトンは聴衆の前で講演するのだと思っていたのだが、そこに5人の男たちが入ってきた。全員がIT投資やヘッジファンドで財をなした富裕層で、そのうち2人は資産が10億ドル(約1400億円)を超えるビリオネアだった。

 男たちはラシュトンに、投資するならビットコインかイーサリアムか、仮想現実か拡張現実か、あるいは量子コンピュータを最初に実現するのは中国かGoogleかなどと質問したが、あまり理解できていないようだった。そこで詳しく説明しようとすると、それを遮って、本当に関心のあることに話題を変えた。

 大富豪たちがテクノロジーの専門家をわざわざ呼んでまで知りたかったことは、「移住するべきなのはニュージーランドか、アラスカか? どちらの地域が、来るべき気候危機で受ける影響が少ないのか?」だった。

「気候変動と細菌戦争では、どちらがより大きい脅威なのか? 外部からの支援なしに生存できるようにするには、どの程度の期間を想定しておくべきか? シェルターには、独自の空気供給源が必要か? 地下水が汚染される可能性はどの程度か?」などの質問もあった。

 最後に、自分専用の地下防空壕がまもなく完成するという男が、「事件発生後、私の警備隊に対する支配権を維持するにはどうすればいいでしょうか」と訊いた。

 アメリカには、黙示録的な世界の終末を信じるカルトがいる。彼らが「サバイバリスト」と呼ばれるのは、「世界の終わり」を生き延びればキリストの再臨に立ち会い、自分たちだけに天国への扉が開かれると信じているからだ。――モルモン教のサバイバリストの家庭に育ち、ケンブリッジ大学とハーバード大学で学んだタラ・ウェストーバーの『エデュケーション 大学は私の人生を変えた』(村井理子訳、ハヤカワ文庫NF)にこの奇妙なカルトの様子が描かれている。

「ドゥームズデイ・カルト(Doomsday Cult)」とも呼ばれるサバイバリストは、政府は陰謀組織(ディープステイト)によって支配されていると信じているので、医療や社会保障のようないっさいの公共サービスと納税を拒否し、子どもを学校に通わせようともしない。

 自給自足の貧しい暮らしをするサバイバリストは、ビリオネアとすべての面で対極にあるように思えるが、ラシュコフは自分を呼びつけた大富豪たちの頭のなかが、終末論を信じるカルトと同じであることを思い知らされたのだ。



■大富豪たちにとって「テクノロジーの未来」とは、他の人間から逃れること
「事件発生後、私の警備隊に対する支配権を維持するにはどうすればいいでしょうか」という大富豪の質問で、「事件」というのは、「環境破壊、社会不安、核爆発、太陽嵐、まん延するウイルス、全てを停止させる悪意あるコンピューターの侵入」のような黙示録的な大災厄のことだ。この「事件」によって、映画『マッドマックス2』(あるいはマンガ『北斗の拳』)のような荒涼とした世界が到来し、食糧とエネルギー(石油)を求めてひとびとは亡霊のように彷徨う。

 武装した警備隊が必要なのは、飢餓に陥った群衆がゾンビの群れのように、自分の敷地に押し寄せてくるのを防ぐためだ(ある富豪はすでに、「適切な指示を出せば、10人ほどの海軍特殊部隊が自分の邸宅に向かってくれる」ように手配している)。

 だがそれでも、彼らは安心できない。自分を守るはずの警備隊が反乱を起こしたらどうなるのか。外は死の世界だが、シェルターには大量の食糧と石油が備蓄されている(太陽光や風力の発電施設もあるかもしれない)。だったら雇い主である大富豪をさっさと始末して、それを自分たちのものにしてしまえばいいではないか。

 反乱を防ぐために彼らが考えたのは、食料倉庫に自分だけが開く方法を知っている特別なダイヤル錠を設置することだった。たしかにこれなら反乱を起こしても警備隊は食料を手に入れられないが、たんに「殺されない」ことの保証にしかならない。

 それ以外には、警備員に「しつけ首輪」のようなものを装着させる(ボタンを押すと電流が流れてのたうち回るような装置を想定しているのだろう)とか、警備員や作業員をすべてロボットにするなどのアイデアも出た。

 この話を聞いてラシュコフは、「協力と連帯によって社会を良くすることが、集団的、長期的な人間の課題に対処する良い方法だ」と説得を試みた。「警備隊長が、明日、あなたの喉に切りつけないようにする方法は、今日、彼の娘の成人式のお祝い金をあげることです」というと、富豪たちは声をあげて笑った。「少なくとも彼らが私に払った謝礼に見合う娯楽が得られたことでしょう」とラシュコフは書いている。

 だがこれを、たんなるバカバカしい体験談と切り捨てることはできない。人類を絶滅から救うために火星への移住を実現しようとしているイーロン・マスクは、大富豪のサバイバリストとどこが違うのか。シリコンバレーの投資家でマスクの「盟友」でもあるピーター・ティールは、「世界の終末」に備えてニュージーランドに広大な土地を購入した。Chat GPTを開発したオープンAIのサム・アルトマンは、「人工ウイルスのパンデミックやAIの暴走、核戦争などが起きたときには、ティールとプライベートジェット機に乗ってニュージーランドに避難する約束をしたよ。あそこにはティールの所有地があるから」と『ニューヨーカー』誌に語った。

 ラシュコフは莫大な富を得た者たちが陥った罠を、次のように書いている。

 彼らの並外れた財産や権力がもたらしたのは、気候の変動、海面の上昇、大量の人口移動、世界的パンデミック、移民排斥、資源枯渇など、現実に今存在する危険から自分たちを隔離するという考えにとりつかれるという結果でした。彼らにとって、「テクノロジーの未来」とは、たった1つの意味しかありません。他の人間から逃れる、ということです。

 ラシュコフが砂漠のリゾートで出会った大富豪たちは、経済ゲームの勝者というよりは、むしろ「制約のある経済ゲームのルールによる犠牲者」だった。彼らは、「『勝利』とは、自分たちが金儲けをすることによる害悪から自らを隔離するのに十分な資金を稼ぐことである」という考え方に支配されているのだ。

 ラシュコフはこうした「シリコンバレーの逃避的な態度」を、「マインドセット(無意識の思考パターン)」と名づけた。

シリコンバレーの賢い若者たちは、討論や対話によって合意を形成するという「民主主義」をもはやまったく信じていない
 2021年1月6日、ラシュコフは「ツイッターやフェイスブックよりも健全で中央集権型ではないプラットフォーム」をブロックチェーン使って構築しようとしている3人の起業家とZoomで会議していた。1人はスタンフォード大学を卒業したばかりで、他の2人はFacebook(現在の社名:Meta)とTwitter(その後、イーロン・マスクに買収されてXとなる)を退職する予定だった。

 会議の途中で、「くそっ、これを見てくれ!」とFacebookの男が突然叫んだ。画面が共有されると、連邦議事堂前に集まったトランプ支持者たちがバリケードを突破するところが映し出された。このあとに続く彼らIT技術者たちの会話は興味深いので、以下に引用しよう。

「このQアノンの連中を全員消すことができるとすれば、どうなるだろう」と、ツイッターの男が言いました。
「『消す』ってどういう意味? 殺すということ?」と学生が尋ねました。
「いや、そういうのではなくて、ボタンを押すだけで奴らが存在しなくなる、ということ。あの陰謀を信じている連中が単に存在しなくなる、という感じ」とツイッターの男が説明します。
「この時間軸から彼らの存在を消すことによって生じる論理的パラドックスも、自動的に解決される?」とフェイスブックの男が言いました。
「そのとおり」とツイッターの男が答えます。
「ボタンを押すだけで彼らが存在しなくなるとすれば、それを実行してしまうか、民主主義のために」

 この会話からわかるのは、シリコンバレーの賢い若者たちは、討論や対話によって合意を形成するという「民主主義」をもはやまったく信じていないということだ。自分が理解できない者は、ボタンを押すか、左にスワイプして消してしまえばいいのだ。

 もちろん、シリコンバレーの誰もがこのようなマッドサイエンティストではなく、もっと建設的なことを考えている起業家もいる。たとえば、元ゲームデザイナーのジェイムズ・エーリッヒが提案するリジェンビレッジ(ReGen Village)は、再生可能エネルギーだけを使った循環型経済によって運営される「強靭なコミュニティ」で、ひとびとはそこで、自然とハイテクが調和した生活を送ることができる。

 エーリッヒはこれを、「火星に移住するのと似ていますが、それを地球上で実現します」と説明する。イーロン・マスクは人類を滅亡から救うために火星に移住させようとしているが、そんな面倒くさいことをしなくても、地球上に「宇宙植民地」をつくればいいのだ。

 エーリッヒの友人で支持者でもあるジム・リュットは、サンタフェ研究所の元会長で、「世界をボトムアップで再起動する「ゲームB」に取り組んでいる。

 リュットによれば、わたしたちは「失敗しつつある破滅的なゲームA」をプレイしているが、再起動によってアップデートされたゲームBでは、「人間は、企業や国家に支配されるのではなく、小規模で自治的な、イスラエルのキブツのような集団の中で生活したり働いたり」するようになる。それぞれの集団は独自の統治体制を備えているが、他の集団とは、通商、文化、技術を通じて結びついている。それによって、「フラクタルのように、さまざまなレベルの協調が同時に発生」するのだという。

 だがこうした善意の試みは、「全体主義的な監視国家」を生むか、リベラルな技術エリートの構想に適応できない者を切り捨てるか、いずれかの結果にしかならないとラシュコフは批判する。




とてつもない勢いで進歩するテクノロジーが、もはやほとんどの者にとって理解できないものになっている
「あらゆる問題は技術(テクノロジー)によって解決できる」というシリコンバレーを支配するドグマは、「加速主義(accelerationism)」と呼ばれる。1960年代のロジャー・ゼラズニイのSF小説“Lord of Light(光の王)”では、「人類が科学技術を駆使して神に近い存在となった」未来が描かれた。加速主義は、そうした世界を目指してテクノロジーを指数関数的に「加速」させていこうという思想だ。

 技術によって社会問題が解決できるなら、政治は必要ないし、対話は時間の無駄でしかない。「シリコンバレーでは、加速主義は、『技術が適切になりさえすれば、政治は不要であり、右翼も左翼もなくすことができる』と主張する運動の一部になっています」と技術史の専門家は述べている。

 だが奇妙なことに、オルタナ右翼のイデオローグで、トランプの大統領選で選挙対策本部長を務め、ホワイトハウスの首席戦略官に抜擢された(7カ月で解任された)スティーブン・バノンは、この加速主義の熱心な支持者でもある。ラシュコフはその理由を、「バノンにとって加速主義の本当の目的は、世の中の制度そのものを崩壊させること」だからだという。

 技術資本主義という処理を非常に高速かつ強力に実行すれば、その処理装置は故障して崩壊します。したがって、人々に何を語り掛けるか、人々が何を信じるかは重要ではありません。国家に対する信頼を失わせるものであれば、本当のニュースでも虚偽のニュースでもかまいません。バノンは、億万長者のプレッパー(破滅の日のために準備する人)と同じように、壊滅的な「事件」という物語を採用していますが、単に地球最後の日に備えるだけではなく、自分で積極的にそれを起こして新しい社会を作ろうとしています。

 スティーブン・バノンが加速主義者なのは、テクノロジーが高度化すればするほど、そこから脱落する者が増えるからだろう。トランプの「岩盤支持層」が高卒の白人労働者たちであるように、知識社会が要請するスペックに満たない者が社会にあふれることが、「反動革命」が成立する条件なのだ。

 ラシュコフにはQアノンの陰謀論に取り込まれた親友がいる。彼ら「陰謀論者」は、映画『マトリックス』の「赤い薬」を飲んで、現実世界の本当の姿が見えるようになったと信じている。ビル・ゲイツ、ジェフ・ベゾス、マーク・ザッカーバーグといったリベラルな大富豪を嫌っているのは、「世界支配の野心、陰謀論に対する『検閲』、民主党の連携」がその理由だ。

 しかしそんな陰謀論者も、パソコンで「神の視点ゲーム」をプレイするように世界をつくり替えたいと思っている。そんな彼らが望んでいる「大覚醒」は、自分たちが批判している億万長者のファンタジーに似ていることにラシュコフは気づいた。

(どちらにも)段階的進歩がなく、変化の理論もありません。適応も、妥協もありません。全てが浄化されるこの世の終わりを熱狂的に求めているのです。あらゆるものを解体して、もう一度やり直そうとするのです。

 なぜこのようなことになってしまうのか。それは、とてつもない勢いで進歩するテクノロジーが、もはやほとんどの者にとって理解できないものになっているからではないのか。高度化した「技術」が「魔術」に変わったことで、わたしたちの脳に埋め込まれた原始的な恐怖や不安、妄想などと簡単に結びつくようになった。そう考えれば、無駄に大きすぎる資産をもつようになった大富豪が、宗教カルトや陰謀論者と同じような奇妙な振る舞いをする理由が理解できるのではないだろうか。






●橘玲(たちばな あきら) 作家。2002年、金融小説『マネーロンダリング』(幻冬舎文庫)でデビュー。『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』(幻冬舎)が30万部の大ヒット。著書に『国家破産はこわくない』(講談社+α文庫)、『幸福の「資本」論 -あなたの未来を決める「3つの資本」と「8つの人生パターン」』(ダイヤモンド社刊)、『橘玲の中国私論』の改訂文庫本『言ってはいけない中国の真実』(新潮文庫)、『シンプルで合理的な人生設計』(ダイヤモンド社)など。最新刊は『世界はなぜ地獄になるのか』(小学館新書)。

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