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日記一覧

これで提婆達多品(だいばだつたほん)は終わるのですが、婦人の方々にとっては、龍女が男子の姿に変じて成仏したということがなんとなく不満に思えるかもしれません。しかしこれは、当時のインドの一般思想が前述のようであったために、こんな表現がなされてい

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女人成仏(にょにんじょうぶつ)一同は「法華経」を心から信ずればどんなに素晴らしい結果が現れるかということをまのあたりに見て、大歓喜の念を起こし、はるかにその姿を拝みました。そして、女でも成仏できるという事実を知ることによって多くの人びとが不退

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 すると、龍女はふところの中から一つの宝珠をとり出して、世尊にささげました。世尊は即座にそれをお受け取りになりました。即座にお受け取りになったということは、龍女の成仏をお認めになった証拠です。龍女は舎利弗にむかって、世尊がわたしの奉った宝珠

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 智積菩薩は、それをきいて、・・・お釈迦様の無量劫(むりょうこう)という長いあいだ難行苦行を積まれ、この世界のどこを見ても、芥子粒ほどの土地だって釈尊が身命をなげうって修行された場所でないところはないというほどのお骨折りをなさってようやく仏に

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提婆への授記が終わりましたので、多宝如来(たほうにょらい)の侍者である智積菩薩(ちしゃくぼさつ)が、多宝如来に「もう本土にお帰り遊ばされては・・・」と申し上げます。すると釈尊がこれをおとどめになって、「わたしの弟子に文殊師利と申すものがいますが

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 未来世の中に若し善男子・善女人あって、妙法華経(みょうほけきょう)の提婆達多品を聞いて、浄心(じょうしん)に心敬(しんきょう)して疑惑を生ぜざらん者は、地獄・餓鬼・畜生に墜(お)ちずして十方の仏前に生ぜん。所生(しょしょう)の処には常に此の経を聞か

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 外交というものは、おどしたり、だましたり、かけひきしたり、相手国の仲間をこっそり見方に引き入れたり土壇場で見方を裏切ったり・・・、個人どうしのつきあいにしてみれば、あさましいものですが、こういう外交の舞台上に仏さまの教えが一国の対外政策と

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恨みをもって恨みに報いずもう一つの教えは「恨みに報いるに恨みをもってしない」という教えです。お釈迦さまは、ご自分をあれほど苦しめた提婆達多(だいばだつた)をお恨みにならないばかりか、「善知識」として感謝しておられるのです。 生存競争の激しいい

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悪人成仏(あくにんじょうぶつ)仏を苦しめた提婆(だいば)も成仏できるということを、浅はかに受け取っては危険です。「心の迷いを去って修行さえすれば」という条件がついていることを忘れてはなりません、しかし、どんな悪人にもかならず仏性はあるのですから

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 ところが、阿私陀(あした)という仙人がやってきて、「もしそのことばとおりに自分に仕えるなら、最もすぐれた教えを伝えよう」といわれました。わたしは喜んでその仙人の召使いとなり、木の実取りやら、水汲みやら、炊事やら、日常万端の仕事をし、師がお疲

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 では、本文にはいりますが、この品でも、大意を述べていって、要点だけを詳しく解説することにしましょう。まず、世尊は前世におけるご自分とある仙人の話をなさいます。・・・私は前世においてはある国の王であったが、無上の智慧を得たいという願を起こし

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 女人の成仏を宣言されたことも、それとおなじように、当時の社会事情や一般の思想というものを前提として考えねばならないのです。前にも申しましたように、女人は罪深きものと定められていた当時において、・・・女人も成仏できる。いや人間の根本において

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 人口からいえばシュードラの階級がいちばん多かったのですが、それがほとんど人間として取扱われていなかったのですから、世の中を動かしているものは上の三つの階級だったわけです。そういう社会において、釈尊が「人間は平等である」といい出されるという

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 それから、龍女(りゅうにょ)という八歳の女の子が成仏の保証を与えられます。近代以後の人間、とくに戦後のわれわれにとって、女人が悪人と同じように扱われているのはいかにも不合理のような気がしますが、当時のインドにおける一般の思想というものは、女

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堤婆達多品(だいばだったほん)第十二 いままでに、たくさんの仏弟子たちが釈尊から直接成仏の保証をいただいたことを読んできましたが、この人たちはすべて男子であり、また釈尊の直弟子として志も固く、修行にも励んできた人たちばかりでした。もし、成仏で

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 しかし、こうおっしゃっておられるからといって、それならばわれわれはとてもそんな難事(なんじ)はできそうもないと、挫(くじ)けてしまってはいけません。ここは、この教えを「完全に」受持(じゅじ)し、読誦(どくじゅ)し、説法することのむずかしさをお示し

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六難九易(ろくなんくい)の法門そのとき釈迦牟尼如来は、塔の中から大音声をもって、・・・だれかこの娑婆世界で「法華経」を説くものはないか、わたしはもうすぐこの世を去るのだから、みんなにあとのことを頼んでおきたいのである・・・とおっしゃって、末世

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二処(にしょ)三会(さんえ)このことの意味は前に説明したとおりですが、これから「法華経」説法の場所が虚空(こくう)に移るわけです。「法華経」が説かれた場所を「二処三会」といって、最初に霊鷲山(りょうじゅせん)で説かれ、つぎに虚空において説かれ、最後

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 それを拝した大衆は、しばらくただありがたさと感激にひたっているのですが、ふと気がつくと、二仏のいます宝塔は空中高く浮かんでいるので、にわかに自分たちと遠くはなれてしまわれたような感じにおそわれ、みんな心細くなってきました。それで、如来の神

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 さて、十方世界の諸仏が娑婆世界へお集まりになり、それぞれ侍者をつかわして、釈迦牟尼如来にご挨拶をされ、そしてみんな一心に宝塔が開かれるのを待ち望んでおられます。そこで、釈迦牟尼如来が右の指を七宝塔の戸におかけになると、大きな城の門を開くよ

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 大楽説菩薩は、一同を代表して、ぜひその分身仏を拝んで供養したいものですとお願いしました。すると釈尊は、額の白い渦毛から、えもいわれぬ美しい光を放って十方の世界をお照らしになりました。すると、その光のおよぶところにはどこにも、諸仏のいます美

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