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俳諧師:近江不忍コミュの前 書 『發句に於ける季語の象徴性による普遍論』

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     發句に於ける季語の象徴性による普遍論

 この作品を讀む時に、この音樂を聞きながら鑑賞して下さい。
 これは自作(オリジナル)の

 『Motion1(ピチカアト・Pizzicato) 曲 高秋 美樹彦』

 といふ曲で、YAMAHAの「QY100」で作りました。

 映像は四國の徳島懸にある、

 『大歩危・小歩危』

 へ出かけた時のものです。

 雰圍氣を味はつて戴ければ幸ひですが、ない方が良いといふ讀者は聞かなくても構ひませんので、ご自由にどうぞ。








     前 書

 
 この作品を纏めるに當つて、少し書いておかうと思ふ。
 といふのも、『發句拍子論』を書き始めた際、既に「季語論」と「切字論」とは筆者の中で青寫眞は出來上がつてゐた。
 のみならず、今から二十年以上も前にSHARPの『X68000』といふ電腦(コンピユウタア)に前半の部分を書いておいたのだが、故障してしまつたので情報(デエタ)を取出せなくなつてしまつた。

 そこで一から草を起さざるを得なくなつてしまつたのだが、よく考へて見るとそれを文章にするとなるとなかなかに難しいものがあつて、筆者の元を訪れた向學(かうがく)の人には理解してもらへるやうに説明が出來るのだが、書いて殘すとなると手順を蹈まなければならないので、とてもではないが一朝一夕にはいかない。

 傳(つた)へようとすれば、稗田阿礼(生沒年未詳)のやうに口傳にするのが一番であるのかも知れないのだが、奇しくも丁度それが發句で「季語」がある事によつて理解し易くなつたのと同じやうにそれを解析して行く破目になつてしまつた譯である。
 だから傳へなければならい事を整理して、御負けに稗田阿礼ばかりでなく太安万侶(?-723)の役目までしなければならないのだから、こんな大それた事は筆者の手に餘るかも知れないが、それでも拙いながら進める事にしようと思ふ。


     二〇一二年一月二十六日午後五時過ぎ 店にて



     續きをどうぞ

一、設問するといふ事 『發句に於ける季語の象徴性による普遍論』
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=73209351&comm_id=4637715

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