自分が些かワーカホリックである事は自覚している。
以前は昼時に休憩時間も取っていたし、
業務時間内にも色々と雑談していたと記憶している。
ところが、今の部署、今のポストでの仕事では自分の仕事に
集中して従事する時間が限られている上に
自分より上の役職者が悉くプロパーでなくなってしまったので
報告書や会議が激増してしまい、そこに「事業仕分け」なる
今まで続けてきた仕事を整理する業務が加わってカオスである。
「趣味は何ですか」
先日退職してしまった後輩というか部下が出し抜けに僕に尋ねた。
出先から最寄り駅まで歩く途中の事である。
僕の予想するルートと後輩の予想するルートが食い違って言い合いになったが
「お前の言う通りのルートで戻ろう」
と僕が譲ってそのルートを選択したが、結果的に大回りになってしまい
無駄に描いた汗をハンカチで拭きながら歩いていた時である。
「強いて言うなら、旅行だ」
「だけど、旅行に行かれたとかいう話は聴いたことないです」
「僕も言ったことが無い(笑)」
否、旅行に行く時は人知れぬ仲のパートナーや一人で行くから、
というのもあるのだが、それの存在を示すわけにもいかない。
「まぁ、お前に分かる範囲で言うなら、読書と映画鑑賞だ」
「ああ」
「美術鑑賞も、音楽鑑賞もだ」
「そうなんですか」
「それだけではない。食べ歩くのも好きだし、絵も描く」
「驚きですね」
「いやいや、いちいちお前に報告もしないし、
趣味の世界を語る事もない。
運動もしていたが、お前は僕を馬鹿にすることもあるだろうが
たぶん、お前が思うよりもずっと僕は通用していたと思う。
だけど、それをわざわざ証明する事も発表する事もない」
「証明したいとは思わないですか?俄かに信じがたいんですが」
後輩は40代半ばである。それにしては幼いというか若い意見である。
「自己顕示欲が無いわけでは無いが、
それは、その世界その世界でしかないし、
職場の同僚に伝える暇も趣味もない」
「そういうの、寂しくないですか」
「寂しいと思った事はない。
職場は学校じゃないし、同僚は友達でもない。
勿論、ゆとりというかたまにはそういう一面を見せる事もある」
「僕は色々考えたんだけど、やっぱりギャンブルが好きですね」
「気を悪くしないで聴いて欲しいんだが、
僕はギャンブルは苦手、というより嫌いだ。
理由は簡単で、自分の実力や計算というか試算が及ばないゲームは
楽しくないというか、没頭できない」
「でも、よく昔は麻雀してましたよね」
思い返せば、彼や他の同僚としばしば興じた事もある。
「遊びは知ってる。何ならカジノにも行ったし
パチンコは店員をしていた時代もある。
当然、スロットも打っていたので目押しは出来る(笑)。
競馬も競艇も競輪もオートも全部、楽しみ方や予想もできる。
だけど、嫌いなんだ。
麻雀はその場にいる人や会話や駆け引きを楽しむ
コミュニケーションツールとして大好きでな。
お前の言う、一攫千金とかお金が減るとか増えるとか
そういうギャンブルが性に合わないのだ」
「つまらない人生だとは思いませんか、それ」
もう話の筋は読めた。
兎にも角にも彼は自分の尺度でしか想像することが出来ないという
欠点があり、
ギャンブルが好きではない人間が、「ギャンブルできなくて寂しい」
とは微塵も思わないとは想像できないのである。
飲酒が苦手な人間が「酒が飲めなくて辛い」とは
全く思わないのと同じく。
人類は総じてギャンブルが好きだと、
自分の脳内で無意識に断定しているのだ。
彼は学生時代にサッカーをしていて、
本人はそれなりに上手かったと思っている。
そこは否定しないけれども、チームメイトにプロ選手が何人か居た事で
自らも相当上手い筈だと信じ切っている。
因みに僕が100メートルを11秒前後で走ったら
彼はそれでも僕に勝ち誇る事が出来るだろうか。
いや、そこを競う積りもないし、示す積りもない。
ただ、そういう想像をすることが出来ない人間だと言いたいのである。
「そこに見える山あるだろ」
「そこに古墳公園があるんだけどな」
「去年行きましたよ、仕事で」
「そこはな、何年か前に本当は天皇の墓じゃないかと最近分かってな」
「そうなんですか?」
「もし本当なら、日本で唯一、踏み入ることが出来る天皇の墓になるんだ」
「凄いじゃないですか、それ」
「お前、知っててお客をお連れしたんじゃないのか」
「そんな話は。。。聞いてないですわ」
「良く分からないけど、そんな事も知らないで、
よくそこにお連れする理由とかの話にならなかったな」
「バタバタしてたんで。。。行くのは早くから決まってましたけど。。。」
「御案内役にしてそれではなぁ」
彼が示した最寄り駅の予想最短ルートは、
見た目上の目的地への直線方向に進むルートだったが、
途中でJRと私鉄の高架が交差する道路が数か所あり、
先に国道に出てから、途中からまっすぐ駅に向かうべきである事を
僕は地図でも確かめていたし、電車の窓からも確かめていた。
「やっぱ、遠回りでしたね」
自分の目で、自分の足で確認できたことは信じられるが
少し頭を使って予想して行動するには知恵も工夫も足りない。
「そういう事だよ、お前」
「いやあ、たまたまでしょ」
僕は数日前にスマホで検索した記録を彼に見せた。
正解は初めから知っていたのである。
「だったら、最初から言うてくださいよ」
「正解は最初に言った。信じないのはお前のチョンボ」
「そういうの、多いっすね」
「お前に、お前の見えない部分を自覚してもらいたくてな(笑)」
そういって、その駅の近くにある居酒屋で二人で痛飲して帰宅した。
僕は彼が退職するまでの間、彼の趣味である将棋の話に合わせて
色々と業界の事を調べたり、最近の戦法を学んだりして
結構、将棋も楽しんだが、彼が退職してからは一局も指していないし
特に学習もしていない。
趣味なんて、そういうものだとつくづく感じているところである。
彼と一緒に仕事をした数年間だけ、「見る将」だったと言える。
それはそれで楽しかったけどなぁ。
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