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2024年05月12日23:24

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世界を破壊したもの 『オッペンハイマー』

原爆と父の名を持つロバート・オッペンハイマー。原爆投下に当って行った最終実験「トリニティ実験」を頂点に置く本作は、後年に、その業績の功罪を問う裁判とともにオッペンハイマーの人生を炙り出す。

今年オスカーを獲得した本作は、キリアン・マーフィーがつとめるオッペンハイマーの生涯を詩的なうつくしさで描くドキュメンタリーに近い。原爆開発と同等の分量で、共産主義に一時傾倒した、戦後のオッペンハイマーの陪審を描く。この経緯がわかっていないと理解しずらい。*1

あいかわらず硬質な画面で歴史の事実を追う映像は、繊細で複雑なオッペンハイマーの姿を観察する。*2

特筆すべきはオッペンハイマーを孤独に切り取る監督の突き放し方だ。“現実”の爆発撮影にこだわった「トリニティ実験」の直後――高揚一転――被爆の幻視を見る頃のオッペンハイマー孤独の描写は、まるで彼を責め苛むようだ。*3

オッペンハイマーへと向けるノーランの視点は核兵器の開発者を越え巨視的だ。巨大な技術と知識を解き放つ事とはどういことなのか? その回答はアインシュタインとオッペンハイマーが交す最後の核の連鎖反応への会話へ集約する。

アインシュタインが語る。「君は君が成し遂げた事の責任をとるんだ」と。オッペンハイマーが答えを返す。「そのとおりなりました」と。*4

彼が解き放つ核の力の連鎖反応は、歴史だけではない概念から世界をかえてしまった。

世界の破壊を彼は選んだ。


※1 オッペンハイマーの生涯は、たとえばウィキペディア(https://w.wiki/4BTN)といったメディアで簡単につかむことができる。「オッペンハイマーは共産主義に一次傾倒して周囲にも共産主義の親派が存在した」「ロス・アラモスの所長となって原爆開発と実験に成功した」「二次大戦以降その共産主義に傾倒した時代を荒探しされる赤狩りにあった」の要点がわかっていれば十分だ。

※2 本作全体をキリアン・マーフィーのナイーブで複雑な演技が下支えしていることは間違いがない。その感情表現をあらわすように差し込まれていく、爆発や火花、核分列反応や中性子反応の物理現象の映像が詩的ですばらしい。

※3 作中でオッペンハイマーの側に常に立ち、この人物を理解する人々はいない。晩年のエンリコ・フェルミ賞授賞式での正妻キティの態度、ある意味で彼が死の引き金を引く愛人ジーンの自殺、自身の反対を押し切り共産党員になった実弟のフランクとの距離。二次大戦以降、一転、原水爆の反対派へと回ったオッペンハイマーへの社会の冷遇。その孤独な彼に監督は被爆の幻視を見せ、さらにさらに痛め付ける。

※4 オッペンハイマーがアインシュタインに質問したのは、ひとたび原子核の衝突が開始されると、原子核は別の原子核に衝突する連鎖反応を次々と引き起し、膨大な爆発が発生する連鎖反応理論だ。世界を破壊するかのごとくに。このオッペンハイマーとアインシュタインの会話は、多くの人が指摘するよう“比喩”だ。オッペンハイマーは物理的に世界を破壊する核兵器を作り出した。その核兵器の登場は核兵器が存在していなかった旧来の世界も概念的に破壊してしまった。連鎖反応のように世界の常識はかわり、もう以前の世界ではなくなり戻れないのだ。
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