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2024年04月09日21:29

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 国際問題と地学 エクアドルでのメキシコ大使館襲撃事件 ニカラグアの独裁者ダニエル・オルテガ氏 ガザ情勢 地学、もし世界の中心都市ニューヨークで大地震が起こったら?

 4/9(火)

 今回第1章に、国際問題の一つ、エクアドルの首都にあるメキシコ大使館での現地警察の強制捜査について取り上げる。第2章に世界の中心都市米ニューヨーク・シティで大地震が起こった場合を想定して話を進めていく。

目次
第1章 第1章 4月5日エクアドルのメキシコ大使館強制捜査について ニカラグアの独裁者オルテガ政権
 (1)エクアドル警察のメキシコ大使館の強制捜査について 続報
 (2)ニカラグアのオルテガ独裁政権 親米から反米へ
第2章 もし世界の中心都市アメリカのニューヨーク・シティで大地震が起こったら?
  1. 2億5000万年前のニューヨークは、大陸の中心部
2. 2011年のバージニア地震について 
   

第1章 4月5日エクアドルのメキシコ大使館強制捜査について ニカラグアの独裁者オルテガ政権

 前回 メキシコとエクアドルの断交についての関連日記 2024年4月6日付
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1987326845&owner_id=32437106

国際関連ニュース

 以下 BBC NEWS 2024年4月8日付
https://www.bbc.com/japanese/articles/cw5zynp4q5no

     (1)エクアドル警察のメキシコ大使館の強制捜査について 続報

 4月5日に、エクアドルの警察官が、自国の首都キトにあるメキシコ大使館へ強制捜査に踏み切った件について、各国から避難の声が出ている。警察は、メキシコ大使館へ亡命申請していた同国の元副大統領を務めたホルヘ・グラス氏を、拘束するべく、抵抗した大使館職員に怪我を負わせていた。後にネットを通して、公開された映像を見ると、エクアドルの警察が、門の前に脚立をかけて、大使館の壁やフェンスを乗り越えていた。拘束されたホルヘ・グラス氏は、政権転覆により、失職した身だった。2013年から2017年に副大統領を務めた4年間に、企業や団体から献金を受けた際、申告漏れがあったことにより、汚職の嫌疑をかけられていた。在任中に汚職疑惑が明るみに出ると、同職を解任された。同2017年、ブラジルの建設大手オデブレヒトが絡んだ汚職事件に関連して禁錮6年の有罪判決を受けた。検察は、グラス氏が1350万ドル(約20億円)の賄賂を受けた容疑で、起訴したのである。

 2022年11月に一旦刑務所から釈放されたとはいえ、警察当局がさらに汚職を追及するべく、捜査を続けていたのである。新たに汚職事実を突き止め、容疑を固め、逮捕に踏み切った。グラス氏は、今後余罪を追及されることを恐れ、亡命の決断をしたのである。

ホルヘ・グラス氏は、政権陰謀論だと訴え、昨2023年12月に、メキシコ大使館へ逃げ込み、亡命申請を行っていた。2024年4月5日に、メキシコ大使館が亡命を認める声明を発表したことにより、現地エクアドル警察が、強制的に踏み込んだのである。暫定的に大統領の座に就いた36歳のノボア大統領は、治安の安定化を目指して、汚職には厳しい態度で臨む。外交関係よりも、国内の犯罪捜査を優先させる。

 写真=メキシコ大使館へ強制捜査に乗り出す様子
フォト
 
 エクアドル警察の強圧的な手段が明るみにでると、中南米各国政府が反応した。中米のニカラグアは、メキシコ政府に同調し、エクアドルとの断交を発表する。ニカラグアは、人権を重んじて、遠く離れたガザ情勢を深刻に考えていた。民間人を省みないイスラエルの軍事作戦を強く非難した。間接的に軍事作戦に関わっている国々も同一視している。3月には、イスラエルへ武器を輸送しているドイツを国際人道法に反していると、ICJ(国際司法裁判所)に提訴していた。イスラエルは、ドイツから昨2023年、3億2650万ユーロ(約537億円)相当の装備品と武器を購入したとみられている。4月8日に、本部のあるオランダのハーグにて、暫定審理が始まった。ニカラグアの代理人を務めるアラン・ペレ弁護士が、提訴した理由を次のように明かした。
「ドイツはこれまでイスラエルに提供してきた武器と、これからも提供し続ける武器の(ジェノサイドに使われる)リスクを十分に認識していたし、今も認識している」

 一方ドイツは、真っ向から反論する構えを見せる。ニカラグアが、ドイツを提訴した理由に、国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)への資金拠出を停止したことにある。2023年10月7日のハマスが、越境攻撃を行って以降、ドイツを含め西側15カ国は、UNRWAへの支援を停止した。ドイツ国内でも、ニカラグアの主張に肯定的な意見が出ている。同国の公務員からなる団体は、イスラエルへ武器供与を停止を求める書簡を提出していた。

 イスラエルの軍事作戦について批判的な見方をする人々の中には、訴訟を起こしたニカラグア国内の人権問題にも追及している。同国では、1985年から1990年、また2007年から現在まで、直近40年で24年間ダニエル・オルテガ氏が大統領職に就く。2期目となる2007年以降、絶対的な権限を獲得し、反対者を汚職の罪で起訴して、投獄している。2024年3月、国連本部にて、イギリス大使から、人権弾圧を行っていると、糾弾されていた。オルテガ氏は、もちろん口を閉ざしている。反米勢力として、同国と関わりの深い国々の汚点を見つけ出して、追及していく立場を貫く。78歳の現在もなお、一国の主として、国際社会にアピールを展開している。

 一方ガザ情勢では、エジプトの首都カイロにて、ハマスとイスラエルの代表団が、仲介国のエジプトとカタールをはさみ、間接的な交渉が続けられている。イスラエル本国では、ネタニアフ首相が、ラファ侵攻へゆるぎない決意を示していた。理解のあるアメリカのバイデン大統領は、ハマスとの戦いについては協力姿勢を明確にしている。一方で、人道的配慮を求めている。ネタニアフ首相は、一般人の避難計画のルートを作成し、アメリカに支持を仰いでいた。7日に中南部のハンユニスからの部隊の撤退は、次の作戦の準備をするためだと明かしている。イスラエルの公共放送は7日、残留部隊がガザ地区を南北に二分する「ネツァリム回廊」沿いに配置されると報じた。

イスラエル軍が同日発表したところによると、ハンユニスのアマル地区では捜索した100カ所以上でそれぞれ「テロ施設」を発見し、「テロリストたちを排除」した。全長約900メートルのトンネルも見つかったという。CNNはこうした主張の真偽を独自に確認できていない。

 詳細 CNN.co.jp 2024念4月8日付 https://www.cnn.co.jp/world/35217460.html

 イスラエルの軍事作戦を国際法違反と弾劾したニカラグアは、自らも人権問題を抱えている。現在は、ニカラグア国内の政治体制を批判する猶予はない。フランスのセジュルネ外相は4月9日、パレスチナ自治区ガザ地区への人道支援に必要な国境開放に向けて、イスラエルに対して制裁を科す必要を説いた。

 写真=セジュルネ外相 撮影時2024年4月2日パリにて (2024年 ロイター)
https://jp.reuters.com/world/security/HMZOD5YL6VMWBIK2DJWFXWYZJY-2024-04-09/フォト

衝突が始まった当初、フランスもイスラエル支持を表明していたものの、民間人の被害が明るみに出るにつれて、態度を見直している。現地では、イスラエル軍のラファ侵攻に待ったをかけるべく、各政府対応に追われている。

      (2)ニカラグアのオルテガ独裁政権 親米から反米へ

なぜ、ニカラグアが、遠く離れたガザ情勢について、断固とした姿勢で臨むのか。イスラエルに加担するアメリカの反対勢力が政権を握っているからである。権力の座に就いているのはダニエル・オルテガ大統領(1945年11月11日生まれ)である。一貫して米国の覇権主義に対抗姿勢をあらわにしていた。1979年7月18日のニカラグア革命により、親米アナスタシオ・ソモサ・デバイレ政権を倒した。権力の空白期間には、5人から成る国家再建暫定民主政府指導者会議のメンバーに選ばれ、国を暫定的に統治する。ソ連を模範に貧富のない社会を目指した。地主の存在を否定し、農民の生活の質の向上を図った。その一環として、2万平方キロメートルの土地を10万世帯に配分する、農地改革に着手した。識字率の向上に努め、熱帯で流行るウィルスの一種ポリオの予防接種の普及に努めた。国民への還元策のもう一つの目玉は、国有化である。40年以上続いた親米ソモサ政権の所有物を国が接収した。競争心を引き起こすべく、一定程度資本主義を容認し、土地や企業の半分は私有化を認めている。残りの半分の土地や企業は、国有化した。いわゆる混合経済を目指したのである。アメリカ側もニカラグアへの対応をこまねいていたわけではなかった。1979年9月、アメリカのカーター大統領が、ホワイトハウスにオルテガ氏を呼び、ゲリラ闘争を中止するように警告した。

写真=1979年に、ホワイトハウスにて、カーター大統領(左側)とオルテガ氏(右側)が握手する様子 英語サイトより https://www.cervantesvirtual.com/portales/sergio_ramirez/album_historico_politico/imagen/album_historico_politico_02_sergio_ramirez_jimmy_carter_managua_1979/
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オルテガは、要求の受け入れと引き換えに、7500万ドルの支援を引き出していた。1981年には、統治機構のメンバーの辞任により、権力を独占する。アメリカの言いつけを守らず、ソ連よりの姿勢を明確にした。対抗するアメリカの方は、大統領の座が民主党のカーターから共和党のレーガンに代わり、強行的な姿勢で臨む。CIAが組織した反政府勢力コントラに武器を送りつけ、オルテガ率いる暫定政府に戦争を仕掛けたのである。戦況の方は、断続的に続いた、国内の方は、1984年11月4日の大統領選挙戦にて、67%の表を獲得したとしてオルテガが就任した。名実と共に国のトップに君臨したものの、長引く戦況により、経済は悪化する。ソモサ一家が所有する土地や企業の接収を中心に混合経済を目指す姿勢が、資本家から敬遠された。アメリカ合衆国を中心に資本家が非難し、反対勢力のコントラを支援した。優れた人材の流入と共に、アメリカからの経済制裁により、物資不足に陥った。1987年8月の中米和平合意に調印し、1988年にニカラグア政府とコントラの間で休戦協定が結ばれた。戦争の傷は大きく、荒廃した経済の建て直しを迫られる。1990年2月に国連監視下で行われた選挙戦に敗れ、国のトップの座から降りた。

 過激思考を捨て、国民に歩み寄りの姿勢を示すことで、トップの返り咲きを狙った。1996年と2001年の大統領選挙では落選したものの、2006年11月15日の選挙戦で当選を果たした。一次政権時代の失敗から、民営化を容認する。ソ連時代の中心だったロシア連邦と関係を強化した。親ロ政権のジョージア内から独立を主張するアブハジア共和国と南オセチア共和国を容認する。中華人民共和国とも融和姿勢をとり、台湾とは断交した。2021年11月には、4選を確実にした際、対立候補が汚職の罪で投獄された事実がある
西欧諸国から、選挙戦を「茶番」と批判された。

 カトリック教会を敵視し、司祭や修道士の弾圧を強める。聖職者の亡命先は、理解のあるコスタリカだった。

 写真=オルテガ大統領 2022年12月14日撮影
フォト

 2022年には、ロシア軍の駐留を認め、周辺の親米諸国に対抗する。1979年のニカラグア革命から44年、オルテガ氏の反米姿勢は変わっていない。ニカラグア中央銀行によると、コロナの規制が緩みつつあった2021年のGDPは、前年比プラス10,3%、中ロと一体感を示すことにより、経済成長を目指していく。

 ニカラグアのGDP infobae 2022年3月19日付https://www.infobae.com/jp/2022/03/19/the-nicaraguan-economy-grew-by-103-in-2021-after-three-years-of-contraction/

 2020年のコロナ・パンデミックを発端に、世界ではインフレが進行することにより、人々の不満が高まる。政治家は、不満を反らすべく、対外関係に目を向けさせる。顕著な例は、2020年9月27日から11月10日まで続いたアルメニアとアゼルバイジャンの係争地ナゴルノ・カラバフ紛争、2022年2月24日に始まったロシア軍によるウクライナ侵攻である。終戦の気配はなく、2年1ヶ月も続く。人々が、互いの宗教や文化を尊重することにより、争いは収まる。今まさに困難な時代を迎えている。

  第2章 もし世界の中心都市アメリカのニューヨーク・シティで大地震が起こったら?

8日(月)午前10時25分ごろ、宮崎県で大きな揺れを伴う地震が起こった。震源地は大隅半島東方沖(北緯31.6度、東経131.5度)、深さは約40km、地震の規模(マグニチュード)は5.2と推定される。日南市で最大震度5弱を記録した。気象庁によると、8日夜から翌日未明にかけて、雨が続くことにより、土砂災害の危険性が指摘されている。

 今回、世界の中心都市であるアメリカのニューヨーク・シティに比較的大きな地震が起こったことを想定して、話を進めていく。有史以来同地域に人的被害をもたらす地震は確認されていない。現地時間の4月5日に、隣接するニュージャージー州にてマグニチュード5クラスの地震が発生すると、ニューヨーク・シティの住民に動揺が走ったという。日本に比べると、建物の耐震性が弱いうえに、避難マニュアルについても正しく策定されていない可能性がある。4月5日に起こった地震の状況と共に、過去の地殻変動についても紹介する。

 直近の地震関連日記
・2024年4月4日付 台湾地震の続報!地質学から検証する 国内最高峰玉山からの絶景 太魯閣国立公園 https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1987313111&owner_id=32437106

・2023年8月11日付 関東大震災100年 関東大震災100年企画1 日米の防災意識について サンアンドレアス断層(前編)https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1985683291&owner_id=32437106

・2023年8月12日付 関東大震災100年企画1 サンアンドレアス断層(後編)第3章から最終第5章 地震のメカニズム その他1万個の風鈴世界記録
 https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1985689183&owner_id=32437106


 1. 2億5000万年前のニューヨークは、大陸の中心部

4月3日に、東アジアの台湾島東部の花蓮県にて、マグニチュード7クラスの地震が起こった。建物の倒壊と共に、幅の狭い渓谷での人々が閉じ込められるなど、被害が確認されている。

 遠く離れたアメリカ東部地域でのことだった。現地時間5日の午前10時20分頃(日本時間5日午後11時20分)、大西洋に面したニュージャージー州にて、人々が横揺れを感じる地震が起こった。アメリカ地質調査所によると、震源の深さはわずか4,7km、震源域は同州のレバノン町、地震の規模を示すマグニチュードは4,8である。ニュージャージー州周辺地域にて、マグニチュード5クラスの地震は140年振り、震源域から64km離れたニューヨーク・シティでも人々は揺れを感じたという。丁度ニューヨーク・シティーの国連本部では、ガザ情勢を巡って、安全保障理事会が開かれていた。突如襲ってきた揺れによって、一時中断を余儀なくされた。午後6時代には、マグニチュード4,0の余震も発生している。地震の中心部レバノン市に住む女性は、何度か地震は経験したことがあるものの、「こんなに強い揺れは初めて」と驚きを隠せなかった。棚に収めていた食器がガタガタ鳴り、固定していないベットの位置は大きく動いたという。それもそのはず、地震のエネルギーは小さくても、震源が浅い分、建物に揺れが伝わりやすい。日本列島の最新の建物に搭載されている免震構造ではないことも一因である。

 写真=4月5日に地震が起こったニュージャージー州とニューヨーク州の位置関係 掲載元 https://caitlynong.com/c/was-it-a-earthquake-today
フォト

 なお同じ規模の地震でも、活断層が多い日本列島と比して、一枚岩の上に乗っかっているアメリカ東部地域の方が、広範囲に揺れが伝わる傾向にある。揺れはメリーランド州ボルティモアから、マサチューセッツ州ボストンまで感じられた。

度々ニュースで報道される地震は、ほぼプレートが交わる地点で起こる。プレートの境目の周囲は、圧力によって、岩石がひび割れ、傷として残りやすい。いわゆる「断層」である。

 アメリカ東部地域は、東の大西洋中央海嶺と西のサンアンドレアス断層の間に位置している。地盤はいたって安定しているはずだった。過去を遡ると、アメリカ東部は激変にさらされていた。2億5000万年前、地球の陸地が一つに合わさる「パンゲア超大陸」時代、ニューヨーク州が中心部だった。自転する地球の回転軸の真ん中のアメリカ東部地域には、標高1万m級の山々が連なっていた。名づけて「カレドニア山脈」という。カレドニアとは、地質学の発祥の地スコットランドの旧称である。現在大西洋を隔てて、向かい合うスコットランドと米国東部は、当時隣接していた。かつて一つだったことを表す地質学的資料は、「旧赤色砂岩」である。地質学年年代ではデボン紀にあたり、砂岩を主とし、礫岩、泥岩、シルト岩、薄い石灰岩が含まれる。パンゲアが形成されたペルム紀以降の地層は「新赤色砂岩」といい、上部は泥岩で、その他大部分は砂岩に岩塩や石膏といった蒸発岩を挟んでいた。大陸の合体により、熱編成が起こったことを示していた。

写真 左 2億5000万年前のパンゲア超大陸の図 掲載元 地理講義 2018年9月10日付 https://blog.goo.ne.jp/morinoizumi33/e/80b468ba13e06bffef7e8a1c3f8f50cf
写真 右 マンハッタン片岩 世界の地質案内より https://web-gis.jp/GS_GeoGuide/GeoDocument/GeoSite_W01-025.html
フォトフォト


かつて存在した標高1万m級のカレドニア山脈は、風雨による侵食で、ほぼ消滅している。かつての山脈が存在した跡をとどめるのは、現地に残された岩石である。ニューヨーク・シティのセントラルパークで発掘されたマンハッタン片岩には、高温高圧力の下で生成される結晶化した鉱物カイヤナイトが含まれていた。片岩は、鉱物の変成作用により、薄くはがれやすい性質を持つ。かつて巨大山脈を支えていたことにより、固い岩が脆く崩れやすくなった証拠である。現在アメリカ東北部地域からカナダ東南部にかけて跨る全長2400m、平均標高1000m級の「アパラチア山脈」が、古代カレドニア山脈の名残といわれている。

 写真=アパラチア山脈の地図 掲載元 地理ーアングロアメリカ地誌より
https://chitonitose.com/geo/geo_lessons_Anglo_America.html
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最高峰は、米ノースカロライナ州のミッチェル山(標高2037m)だった。東部地域は、気候も比較的穏やかで過ごし安い。西欧人のアメリカ開拓も東部から始まっていた。人類史としては浅くても、地質学的には実に長い歴史を刻んでいたのである。今は断層活動もほぼ止まり、平穏状態を保っている。


  2. 2011年のバージニア地震について 

地震は、予測が難しく、人々の平穏な日常を突如として奪う。2011年8月23日午後1時51分に発生した「バージニア地震」は、ニューヨークの人々を不安に陥れた。震源域は、ニューヨークシティーからおよそ200km離れたバージニア州のリッチモンド北西60kmの位置にあるミネラルと特定された。地震の規模を示すマグニチュードは5,8、震源の深さはわずか6kmだった。南はジョージア州の州都アトランタから北はカナダのオンタリオ州の最大都市トロントまで地震の揺れが伝わった。ニューヨーク州は日本の震度階級で推定3の揺れに見舞われたという。ニューヨークの高層ビルは揺れが大きく、人々は2001年の同時多発テロが頭をよぎり、建物からいっさんに飛び出した。本震から45分後には、マグニチュード2,8の余震が起こった。幸いこの地震で目立った被害は報告されていない。山間の都市ミネラルは、アメリカ地質調査所が12階級に定めた改正メルカリ震度で7を記録した。同地質調査所は、アメリカ東海岸でマグニチュード5,5の地震が起こると、震源から500km離れたところまで揺れが伝わり、周囲40kmの範囲で被害が出ると見ている。

 写真 左 地震の揺れによって逃げた人々 ニューヨーク・シティ マンハッタン島にて 掲載元 ナショナルジオグラフィック 2011年8月24日付 https://natgeo.nikkeibp.co.jp/nng/article/news/14/4768/

 写真 右 震源地ミネラルとニューヨーク・シティの位置関係 掲載元 Gigazine 2011年8月24日付 https://gigazine.net/news/20110824_earthquake_hits_dc/
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記録上同地域の最大の地震は1875年のマグニチュード4,8に留まるという。アメリカ東部でマグニチュード5,5以上を記録した地震は、1894年以来117年振りだった。アメリカ地質調査所は、4億4000万年前のカレドニア造山運動で生じた古い断層が原因となる地震だと結論付けた。

 普段静かな大地を、突如地震が襲うと、人々はパニックに陥る。われわれ日本人は、日頃から小さな揺れを経験し、冷静に対応できる。初めに、コンロの火を消す。次に戸棚の扉を閉める。立っていられない程の強い揺れを感じれば、頑丈なテーブルの下に飛び込む。小学校の頃から、定期的に避難訓練を実施してきた。

 アメリカ合衆国では、全長1300kmのサンアンドレアス断層が跨るカリフォルニア州では、定期的に避難訓練を行っている。逆に東部地域は、地震に対する人々の警戒心が薄く、わずかな揺れでもパニックを起こす。建物自体も、強い揺れに耐えられるように設計されていない。さすがに高層ビルの基礎は、固い岩の上に打ち込まれている。少々大きな揺れでも、崩れる心配は少ない。その他のインフラ設備は脆弱である。2009年時点において、川床の下を通るトンネルでは、固い岩盤で出来た部分と柔らかい砂の部分に跨っているという。異なる層の境目は、脆く、崩れやすい。トンネルが崩落すれば、通行人の救助が難航する。

 写真=ニューヨーク・シティの地下を走るクィーンズ・ミッドタウントンネル 掲載元 Tripad Visior https://www.tripadvisor.jp/Attraction_Review-g60763-d20031008-Reviews-Queens_Midtown_Tunnel-New_York_City_New_York.html
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 アメリカ地質調査所の統計によると、ニューヨーク一体で1677年から2007年までの330年間で、人々が揺れを感じる有感地震は推定380回発生しているという。マグニチュード5以上の地震は、1884年から遡り、1783年と1737年に起こっている。地震学者は、グーデンベルク・リヒターの法則を使って、地震の発生頻度を考察した。これまでの膨大な資料を見ると、地震はマグニチュードが小さいほど発生頻度が高くなり、大きくなると低くなる。地震学者グーテンベルクは、20世紀の始めに小さな地震の数を数えることで、都市文明に危害を及ぼす大地震の確立が予測できると発表していた。別名地震学の10分の1原則という。端的にいうと、100年間を通してマグニチュード4の地震が100回起これば、マグニチュード5の地震が10回、マグニチュード6の地震が1回起こる計算になる。
ニューヨークシティーを震源地とするマグニチュード5クラスの地震が起こる可能性は、100年に1度、マグニチュード6以上が起こる周期は670年に1度、マグニチュード7以上は3400年に1度という。

写真 掲載元 防災用語 関連集 http://www5d.biglobe.ne.jp/~kabataf/yougo/E_jisin/jisin4_magnitude_1.htm
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 異なる人種が暮らすアメリカ合衆国は、言葉や文化の違いによる軋轢が生まれやすい。歴史認識の共有も難しく、災害時に人々は慌てふためき、冷静に対処できない。結果的に二次災害の火災にも巻き込まれやすく、復興にも時間がかかることが予想される。対照的に日本は、地震や台風、大雨洪水の被害から、各自治体で避難所が予め決められ、装備や食料の備蓄も確保している。人々は災害時にも助け合い、共に困難を乗り越えた。古くから災害の記録が残る日本と比べ、歴史が浅いアメリカは地質調査により、過去を遡るしかない。軍事的に結びつきを深めつつある両国は、今災害についても協力関係を築こうとしている。

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