mixiユーザー(id:22841595)

2023年08月26日08:00

176 view

神秘のヴェールを纏った幻のピアニスト

 クラシックのアーティストに限らないと思うのですが、よく使われる売り出し文句、謳い文句のひとつに「幻の〇〇」というのがあります。
 コンサートのチラシなどで“幻のピアニスト”などと云われようものなら、それだけで滅多に聴けないピアニストの演奏を聴く貴重な機会であるかのように感じられ、それこそこの機会に聴かねばいつ聴ける?と迫られているかのような軽い錯覚さえ覚えるものです。それでも、たいして大物でなければ、滅多に聴けなくても、それほど心そそられることもないのですが、これが知る人ぞ知る大物だったりすると、ちょっと素通りできなくなります。
 どうやら、“幻のピアニスト”と言えるためには、単に滅多に(ナマで)聴くことができないというだけではなく、圧倒的に情報が少ないこと、にもかかわらず、何やらすごい大物らしいこと等の条件が満たされる必要があるようです。
 西側デビュー前のリヒテルがそうでした。以前、拙日記でも触れたように(https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1973360406&owner_id=22841595)、リヒテルは、実の父親がスパイ容疑で銃殺、母親がドイツに亡命ということでソ連当局から厳しく監視された結果、西側デビューが遅れに遅れ、ようやく西側デビューを果たした1960年まで、この人は長らく“幻のピアニスト”でした。東側ではスゴイ、スゴイと騒がれていたのです。
 ただ、リヒテルは西側デビュー後は頻繁に西側諸国でも演奏し、何回か来日もしてますので、今となってはあまり“幻のピアニスト”という感じがしません。
 私が、リヒテル以上に今なお“幻のピアニスト”だと思うピアニストは、そのリヒテルが、「あなたは神だ!」と讃えたウラジーミル・ソフロニツキーです。
 ソフロニツキーはだいたいホロヴィッツと同じ時代を生きた人なのですが(2歳年長)、ホロヴィッツほど長生きしなかったこと(60歳で他界)と、国外での演奏活動は1、2回ほどしかしなかったこと(1945年のポツダム会談ではスターリンに命じられて、参加者の前で演奏したそうです)等の事情で、この人のナマの演奏に接した西側の人で生き残っている人は今ではほとんどいないと思われます。
 ご本人の生前の動く映像も私が探した範囲では見つかりませんでした。
 レパートリーは結構広く、本人はショパンが一番好きだったようですが、シューマンやベートーヴェンも弾いてます。中でもシューマンの「謝肉祭」は名演と言っていいと思います。
https://www.youtube.com/watch?v=15qWaImsJTY

 ただ、いろいろ聴いてみて、個人的に最も印象的だったのはスクリャービンです。
 スクリャービンといえば、神秘的、幻想的作風で知られる作曲家であり、実際、「神秘和音」という一種の合成和音まで発明しています(Wikipediaの受け売りですが、四度音程を六個堆積した和音で、独特の響きがもたらされ、神秘的な雰囲気をかもし出すそうです)。ソフロニツキーの演奏で聴くと、この神秘性、幻想性が一層強く感じられるのです。例えば:
ピアノソナタ第3番:https://www.youtube.com/watch?v=Q4VIs3OuwNs

ピアノソナタ第4番:https://www.youtube.com/watch?v=VUHYspRcaJc&t=310s

幻想曲ロ短調:https://www.youtube.com/watch?v=Mvc2K_5JWho

 おそらく、テクニックだけなら今時のピアニストにもはるかに上手い人が何人もいるだろうという気がするのですが、彼らの演奏はなぜかすべてを白日の下にさらけ出しているようで、スクリャービンの曲の持つ神秘性、幻想性といったものを、残念ながら私はあまり感じることが出来ません(鈍いのでしょうか?)。
 もしかしたら、決して録音状態が良好とは言えない古いモノラル録音を通して聴くピアノの音自体にそのような神秘性、幻想性があるのかもしれませんが、でも、それだけではないような気がします。何と言うのか、強烈な確信に裏打ちされたスゴイ迫力に満ちた神秘性、幻想性がソフロニツキーの演奏からは感じられるのです。
 今でこそ、スクリャービンの曲のみによるリサイタルなどはそんなに珍しいものではないのかもしれませんが、ソフロニツキーは1960年の時点で、しかもソ連でそれを実現しています。
https://www.youtube.com/watch?v=K27VtLCyT6U&t=3225s

 なお、ソフロニツキーはスクリャービンの娘と結婚しており、「あ、それでスクリャービンから直接指導を受けることが出来たのか」と思われるかもしれませんが、現実にはそういうことはなかったようです。というのは、ソフロニツキーがその娘と知り合い結婚する2年ほど前に、スクリャービンは既に他界しているからです。もっとも、スクリャービンが遺した文献に接しやすい立場にあったということは言えるかもしれません。
 ともあれ、それでなくても“幻のピアニスト”が神秘的、幻想的なスクリャービンを弾くわけですから、その“「幻」性”はある意味完璧です。
 おそらく、スクリャービンの作品の大半を占めるピアノ音楽について語る時、ソフロニツキーの名は今日でも決して無視できないのではないかと思います。一聴しておいて損はないでしょう。
 今日はソフロニツキーの62回目の命日です。
13 8

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2023年08月>
  12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
2728293031  

最近の日記

もっと見る