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2023年05月03日18:21

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愛のために

この年齢にもなって何なんだが、愛について考える機会があった。
と言っても、男女の愛とか親子の愛とかそういうシンプルなものではなく
また対象も人間に限った話ではない。普遍的な愛についてである。
無論、男女の愛や親子の愛もそこには含まれてはいるのであるが、
もっと大きな愛についてである。
そういう愛は我々の日常、非日常に其処彼処に組み込まれていて
自覚無自覚問わず存在しているものである。

ずっと若い頃に、当たり前だと思っていた友人の存在が
その友人の父親の突然の転勤によって、ある日突然無くなる体験があった。
涙こそ流さなかったが、凄まじい喪失感に襲われ、
自分の無力さや
相手が僕との友情を何とも思っていなかったのかも知れないと思える淡白さ、
或いは幾つかの隠蔽されていた事実などの露呈があり、
実に無残な形で愛は崩壊した。

或いは近年になって、管理職になったこともあり
それまで恣意的に選択していた交流相手を、
平等に均等に扱う機会が増え、
それまで濃度の高い交流をしていた後輩からは不平を訴えられ、
反対に濃度の低い交流があった同僚からは冷淡に対応されたが
社内外の広くて薄い相手からは「非常に良くなった」と
褒められるという裏腹な事態となった。
至極「当たり前」のことが欠落していた職場環境に
「当たり前」を投下した事で、
既得権益として優遇されていた者の権利をはく奪し
不利益を被りながら、義務を回避していた者に義務を強要した形になり、
僕との関係性は怪しくなったが集団としては正常化した、
とイメージして貰いたい。

長く会社に勤めていて、会社の経営に対しての情熱や愛情は
自覚をもって望んでいた積りであるが、個々人の社員や同僚には
無意識というか無頓着であったツケもある。
しかし改めて相手を尊重しながら集団も尊重するにあたり
様々な手練手管を要する苦労を知り、
「ニュートラル」な立ち位置を採る事は不可能である事を知った。
結果として、個々人に対し歩み寄って対話したり交流する代わりに
「一歩だけ」に留める必要があると考えたのである。

例えば、社歴の長いA君と社歴の浅いB君には
A君とランチに一回行けば、B君とも同じように行く。
誘っても来ない場合も含めて、同じように扱うように努めるのである。
管理職になる前は、公私とも交流があるA君と頻繁に
昼夜なく会食をしていたのだが、管理職になるとそれを止めた。
コロナを挟んでいるのも良い口実であるが、リセットした積りである。
だが、これを重ねる事で私的に深い交流があったA君とは
微妙な関係が発生したのも事実である。

そもそも会社で仕事を通じて仲良くなった関係に
将来も発展性も期待しているわけではないのだが、
間違いなく、人生の中では家内や息子と比べても
長い時間を一緒に過ごす存在が同僚なのであるから
良い関係を構築したいと考えるのが人情である。
だが、管理職である以上偏った付き合いはバランスを崩すことになる。

当然、平等だの均等だのを言うからには
プラスの部分だけではなく、マイナスの部分も存在する。
人には得手不得手が存在し、さらに正直不正直も存在する。
通り一遍の説明をして
「分かったな?分からない点があれば、今言え」
「ありません」
とやり取りをしても、本当に分かったかどうかは分かったもんじゃない。
分からないのに「分かった」と答える人もあれば、
一を聴いて十を知る者もいるわけであり、
全員の「分かった」は必ずしも全員の理解を得た訳ではない。
ただ「分かった」と言った言質を取っただけである。

そんな具合であるから、明らかに能力が低い部下が存在していても
均等に指導していただけでは、デキる奴はどんどん進歩するが
出来ない奴はどんどん脱落していくのである。
「会社は学校じゃないんだから、
分からなかったらどうすれば解決できるか、もっと必死に考えなさい」
と僕は繰り返し言うのだけれども、
このままでは脱落必至の部員が何人も居るのである。

そこに指導。だが、それは本来は僕の部下である中間管理職の者の役割であり、
その怠慢の指摘はするものの、
中間管理職の指導力の低さは目に余るものがある。
組織の指導者的な役割を殆ど果たしていない訳だから
解任も検討すべきであり、
万が一、僕が解任されてその中間が後任となれば、間違いなくカオスである。
つまり、僕の役割はその中間管理職を一人前の指導者に育てる事にある。
そう考えても間違ってはいないだろう。
ところが、彼は年齢制限によってどのみち近いうちに役職は解除される。
残るのは僕の方なのである。
役職解除後の彼の会社員人生を考えた時に、
関連会社への出向も含めあらゆる方向性を模索して、
彼への指導は行っているが、一向に改善できる見込みが無いのである。
ヒラ社員としては「優秀」といえるが管理職としては「落第」、
そんなベテラン社員の行く末まで考慮して
僕は各部員に直接指導したり、指示をしているのである。

その昔、僕が中間管理職の時にある女性部員から
エロい意味ではなく、依怙贔屓を求められた事がある。
実は本人は知らないが彼女の異動が内々に決まっていた事から
指導に手心を加えた事がある。
彼女のノルマ未達を僕の成果で埋めたのである。
その場はそれで済んだが、彼女の異動後に別の者が後任となり
それが露呈するとあらぬ誤解を掛けられたのだが、
それが沈静化するまでかなりの時間を要した。
特に優秀でノルマをきっちり果たしている部員からの
指弾が強かった。そりゃそうだ。必死に努力して結果を残しても
手心を加えて貰える存在が居たのでは我慢ならないだろう。

ただ、人事評価では彼女は評価を下げ、ノルマ達成者の実績は高く評価した。
一方で「隣の人の依怙贔屓の背景」が推測できない部員の
洞察力というか推測力に対しても低い評価をつけた。
恐らくは能力が高い者は僕がそうした理由も背景も察することは出来たはずで
結果からも知る事が出来たのであるから
大部分の人間は何も言わなかったのであるが、
「アイツだけ依怙贔屓は納得いかない」
と主張するのは部や同僚への愛情や理解が足りないのであり、
ガバナンスの観点からも組織にとって不利益であると考えるのである。

どうする事が、本人にとって、その周囲にとって
集団にとって、会社にとってベターであり、
前進に繋がり、企業活動に繋がるのか、を
どの程度考えているのか、が愛の基準である。
学校と違うのは自己実現だけを目指して生きるのでは
続けられないという事である。

漫然と毎日通勤している会社を取り上げても
これだけ愛の錯綜があるというのに
僕と僕の愛人の問題などというのは実に些末な事である(笑)。
最近は映画やドラマへの愛情が高まっている。
個人的には睡眠時間がもっと欲しい。
フカフカの布団への愛情も高まっている。
愛犬との時間がもっと欲しい。
全方向に愛が散らかっているのである。
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