「女性、お好きですか?」
と尋ねられると僕は必ず
「大好きです」
と答えるようにしている。
テレビの何かで見た舘ひろしのセリフが全くそのままだったので、
苦笑しながら見ていたのだが、
「どんな女性がお好きですか」
と尋ねられた時、僕は決まって
「フジテレビのアナウンサーの路線」
と答えている。真意ではない。
本当はテレビ朝日系のアナウンサーの系統が好きなのだが、
細かく答えるのが面倒なのと、他人に分かりやすいだろうから
そう適当に答えるのである。
今日は息子の旅立ちの日であった。
大学に進学したが下宿生活を余儀なくするため、
かなり離れた四国の山間部に転居するのである。
息子の家財と息子を乗せて、さらに家内も乗せて
下宿先となるマンションに送り届けたのである。
幸い天気にも恵まれ、道中も転居作業も円滑に進んだのであるが、
「頑張れよ」
と息子を励ましたのち帰路に就いてから
家内はシクシクと泣き始め、湿っぽく数時間を過ごす羽目になった。
家内の心情は推して知るべしであり、
殊更に過干渉を拗らせるほどに息子を溺愛していたので
息子ともども
「いい機会だから、お前は親離れ、ママは子離れだ」
と言っていたのであるが、いよいよその日を迎えると
感極まるのであろう、家内だけが湿っぽくなった。
振り返れば、先年、娘が就職のために自宅を離れて家を出る時も
家内はやたらとテンション高くあれこれと奔走しては
自宅でシクシクやっていたが、眼前に溺愛の息子がおり、
すぐに翻って元気に暴れていたのである。
ところが、当の息子も家を出ることになって
本格的に子育ての手が離れるにあたり、
足掛け24年続けていた「子供の世話」が
掌から離れてしまう事でショックがあったのだと思う。
息子の大学受験は2月から3月にかけてで
合格発表は3月の中旬、家を探しに行ったのが先週で
本日が転居という慌ただしさである。
昨日まで息子の朝起きる時間まで確認してから眠りに就いていた家内が
とうとう自分の都合で生活するだけの日々になって
週明けから生活するのである。
思えば、唐突に僕も家を出て、唐突に結婚して
親がどういう心境だったか考えた事も無かったが、
こういう事なのだ、と実感すると改めて親の事が愛おしくなった。
無償の愛が注がれていた事をここにきて実感するのである。
散り始めの桜の花びらが舞う高速道路を走らせている間、
たまたま「別れの曲」がオーディオから流れると
それまで何にも感じないでただ音楽として聞き流していた
数々の懐メロたちが「別れってこういうもんだよ」と
歌詞にメロディーに乗せて僕に訴えかけてくる。
(そういえば、若いころは一曲一曲、こうやって思いを馳せながら音楽を聴いていたのに、今みたいに音として聴いてしまうようになっていたな)
などと思いながら、息子ともしばしの別れをも噛み締めていた。
「やはり、若い女性が好きですか」
下卑た質問を浴びせかけられると、
「いえ、そうでもありません。熟女も好きです」
と冗談めかして答える事が常になっているのだが、
若い頃は間違いなく「若い女」が好きで、今はそうでもない。
特に娘が年頃になってからは苦手である。
年相応の女性でないとフィーリングが合わず「面倒くさい」と
思うようになっているのである。
息子は僕に似たのかシャイで、女性があまり得意の様子はない。
大学に進むまでに失恋なりするくらいの経験でもあれば、
いずれパートナーを見つけることもあるかと思うのだが、
そこまでもない様子である。
そこがまた心配である。
僕も学生時代は下宿暮らしであった。
四畳半一間の民間の学生寮のような処に棲んでいて、
隣の部屋の同級生とは仲が良かった。
極めて真面目でありながら不器用極まりない、
彼のそれは息子にも似ている所があるとは思ったりもしたが
同級生の彼は本人の意思とは裏腹に破天荒であった。
僕は文学部で周りには夥しい数の女子学生が居り、
特に意識するでもなく生活をしていたが、
隣の部屋の彼は理系であり、周囲は総じて男性という環境だった。
そのせいか、彼は1年生の間、
必死でカノジョ作りに励んでいたのは見上げた根性だったが
漸く出会った「運命の彼女」が出来ると、部屋に彼女を連れ込んで
こちらが呆れてしまうほど生真面目に連日連夜行為に励んでいた。
朝方、洗面所でばったり彼に出くわすと
「何か、申し訳ない」
とこちらが何も言う前から何かに対して謝罪してくるのである。
「意味が分からないぞ」
と僕は笑い飛ばしたが、彼は照れ臭そうに部屋に戻り
また彼女と行為に及んでいた。
そんな彼もどうにか8年で大学と大学院を卒業して
どこかの絶対に潰れそうにない企業に就職し、
「運命の彼女」とやらとは別れて、新しい人と結婚し
子供も居るようである。
本人からではなく、彼の親やお兄さんから聞いた話だが。
そんなドラマやあんなドラマがてんこ盛りの
夢の学生生活が息子にも始まるのかと考えると
僕は羨ましくも微笑ましくも思っている。
ちょうどその頃に放送が始まった
フジテレビの「めざましテレビ」が三十周年だそうだ。
「めざまし」が始まって以来、僕は
「おはよう朝日です」から「めざまし」に朝の番組を切り替えて
もう30年続いている事になる。
その時のキャスターをしていた八木亜希子アナウンサーが
フジテレビの女子アナの中で一番好きだった人である。
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