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の続き
女々しいと言われる事を覚悟で近況をざっくりとまとめている。
いずれにしても今の部署で今の仕事を今のポストで始めたのは
およそ1年前の春である。
コロナの年の春から咳はずっと止まらなかった。
時節柄、「副鼻腔炎なんです」なんてまどろっこしい説明をしても
理解してもらえない。
ある日、雑踏の中で咳き込んでいたら、えらく遠い場所から娘が現れて
「あの咳の音はパパだと思った」
と言われた。かなり病的で苦し気で特徴のある咳だと娘は思ったらしい。
副鼻腔炎と逆流性食道炎だと診断していたかかりつけの病院からは
それぞれの治療薬を処方されていたが、改善されることなく半年以上が経過していた。
階段を昇ったり、坂を駆け上がると眩暈がするほど胸が苦しくなり
息が上がり「死ぬんじゃないか」と思うようになった。
とはいえ、それ以外は特に支障はなく普通の生活は問題なく送れるのである。
家内は「もちろん」、家族からこの微妙な状況の理解は無い。
医者からも家内からも「タバコを止めたら?」と再三言われ、
一時期禁煙もしてみたが全く効果は無く、
逆に再び吸い始めると咳が一時的に収まるという困った事態にも遭遇した。
僕は思い切って、かかりつけの医者から通う先を変える事にした。
咳がしているのだから、呼吸器科専門の医者にしようと考えたのである。
そこで初めてオキシパルスメーターなる血中酸素濃度を測る機械を使った。
「92」という数字が出て、医師は驚きし直したが「93」になるだけだった。
「あなた、呼吸が苦しくて大変だったでしょう」
92という数字は入院患者や寝たきり老人と同じ水準なのだと
新しいかかりつけ医候補の女医は言い放った。
僕はその日から、それまで無理して着用していた不織布のマスクを止めて
ウレタンマスクに完全に切り替えた。
仕事ははっきり言って大変だった。
九州に居た時に現場としての業務の一端を担った経験があるとは言え、
そこの管理職として機能するかどうかは果たしてどうかという水準であったし、
その九州の経験を経て、出勤日が流動的かつ休日平日関係なく
早朝出勤と深夜労働が混在するハードな勤務体系である事と
その現場を仕切るには時間が掛かりそうな事は理解していた。
それまで就いていたセクションの仕事は悪く言えば拝金主義で
言葉を選んで言えば、働く目的や行動原理が明白な部署だった。
しかし、今度の部署はそうではない。
仕事一つ一つに働く理由がバラバラである。
強いて例えて言うならば、それまで使っていた脳が「左脳」なら
この部署で主に使うのは「右脳」だという事である。
上司や人事には僕は就任前に何度もその話をした。
上級幹部でこの両部署を束ねて
業務の活性化を図るのは悪くないと賛意を示したが
同時に跨いで兼任することは出来ない、と。
それに対して人事部は強く反発したが僕は引き下がらなかった。
実際、僕の部署に居る部下たちは今まで見た事ないレベルのポンコツだった。
頭が悪いわけでも、性格が悪いわけでも、業務能力が低いわけでもない。
ただ、他部署から放逐された人材や入社以来ずっとこの部に居る人や
メンタルヘルス上の問題で長期休暇した経験がある人や
パソコンやネットについての知識が皆無に等しい人が
それぞれ欠陥を抱いてズラリ揃っているだけだ。
僕が「当たり前」だと思って流していると
部員たちの内誰かがそれを「知らない」と言い出す。
性格は悪くないのは間違いない。僕の命令には殆ど素直に従うし、
考えが違う時はちゃんと議論して解決しようとする。
その水準がとてつもなく低かったとしても、前進は出来る。
ただ、とてつもなく時間が掛かるのである。
前任者の引継ぎが悪かったこともあるが、
それは時間的猶予が少なかったからであり、
前任者はどちらかというと常識人である。
ただ、営業部署の経験がない人がいきなりこのポストに来たら
たぶん苦しんだだろう。
歴史的に役員や上級幹部が介入して滅茶苦茶にルールを壊してしまうのも
僕は知っていたが、彼は知らずに就任しただろう。
僕はそういう問題の回避方法を声高に叫びながら
役員や上級幹部の干渉を未然に防ぎつつ、
この配置、この環境に持ち込んだ上司と懇談を続けた。
否、コロナ禍での仕事の在り方だって玉虫色の裁定である。
申し遅れたが、僕の部署はイベントを担当する部署である。
参加者を募集したり、参加費を徴収したり、協賛社を募ったり
そういった営業活動を行って収入を固めた上で
その殆どを使ってイベントを実施して、手元に残るお金が僅かであっても
収支が取れれば前進できる。
コロナ禍では、計画はしても中止して返金、なんてことはザラであり
「宣言」が検討されるだけで
「イベントは実施されるんですか?」
などという無意味な問い合わせが職場には山ほど掛かって来る。
イベントの実施の可否については案内状にもしっかり明記してあるというのに。
一番の厄介事は、間もなく年齢制限に到達する
超ベテランのシニアスタッフたちである。
片方は長年この部署に在籍し経験値は高いが「非デジタル」な存在であり
「いつの時代の話をしているんですか」
と再三再四指導をする事になる。
しかし、イベントの実態は大きく変わらないので
参加者のホスピタリティ(特にデジタル方面の)低下を招いたとしても
運営上大きな支障はない。
彼に任せておけば、昨年までと同様のイベント実施は問題は無いが
「時代に即した対応」は全く望めない。そういう人物である。
もう一人は以前は僕の部署で「局長」を務めていた上級幹部だった男である。
この男とは「不倶戴天」と言っても過言ではなかったが、
ある時期から何となく「雪解け」を迎えていた。
兎に角、酒癖が悪いのは社内でも有名で、僕の上司時代に酒で失敗し
僕たち平社員に謝罪をさせられたことも一度や二度ではない。
会社の金に手を付けて、それが発覚して補充した事もある。
僕はそういう人物に対しては一生涯信用しない事に決めていて、
現在は和やかなやり取りをしているが、根本的に信用していない。
加えてこの男も「非デジ」である。
但し、一つ一つ工程を教えたら対応するだけの能力がある。
元々別の部署に居たので、この部署の業務のイロハが分かっておらず
僕の方がこの部署の2か月だけ先輩なだけなのだが
残りの部員が気を遣って彼に仕事を教えないので、
僕が仕込んでいるというわけだ。
先の人物は、昨年いっぱいで契約満了となり退社したが、
後ろの人物はあと2年は在籍予定である。
彼から仕事を取り上げるわけには行かないので、
半年ごとに仕事を増やして覚えてもらっているのである。
こんな具合で通常業務に加えて
「年寄りの教化」という難題を抱えており
日々の労働時間は悪戯に長引いていくのである。
続く
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