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2021年12月13日23:12

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破滅

■百貨店屋上かられんが落とした疑いで逮捕「コロナでいらいらしてた」
(朝日新聞デジタル - 12月13日 17:05)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=168&from=diary&id=6775743




他者を大切にしなくては、傷つけてはならないと思う一方で、「ケンカしたい、台無しにしたい」という私の欲求というものは、はっきり言って、抑えがたいものであった。




もし人に当たって、命を奪ってしまったなら、懲役、下手したら死刑である。「人に」とは言うが、報復の恐れのある者へはしないだろう。基本的に人は、やられたらやり返すし、そんな面倒臭いやつは、誰も絡もうとしない。





さて、身の危険を感じるor俺が我慢の限界を超えるって場合、俺はどうすべきかと言えば、もちろんその場を離れるべきであろう。普通の人間なら、そうするだろう。何を以て普通とするのかは疑問だが、自分に得がないことなど、普通はしない。



それにも関わらず、かつての私というのは、とかく「辞める」ことに抵抗があった。「辞めてもいいから、その前にケジメはきちっとつけていけ」と、今なら私は、かつての私自身に言えるのであるが、ケジメとは何だろうか。


ここでは、二つ意味があるように思える。一つは、お世話になった人への俺やお別れをきちっとすること。もう一つは、俺に危害を(精神的、物理的にも)加えてきたやつへの報復である。




もっとも、物理的な危害ってのは、実はほとんどない。大抵俺が途中で切れるか、俺が暴力を振るう方である。ただし不可抗力だった。そして、やられたら、確実にやり返すだろう。そんなわけで、私は危害を加えられるって体験は、少なくとも私を「公平に」見ててくれる人がいる場合、揉め事はほとんど起きなかった。



唯一、危害が物理的にあったのは、件の合宿の際であるが、そのとき、向こうは「こいつは、何されても辞めないだろう」という事を、逆手にとってきたものだと思われる。はっきりいって、この集団には何一つ価値はない。というか、俺が認めたもの以外は、どうでもいいのである。畢竟、私がここを辞めても全然構わないので、その前に、滅茶滅茶にして、気まずくさせてやるのも一興である。



今になってよく思うのは、普通誰かを思い出すとき、「会いたいけど、なかなか会えない」って人の方が多くないか?復讐の記憶を、いつまでも燻らせているのは、はっきり言って私の宿痾である。



ここでもし、あの集団の誰かに、大阪かどこかでばったり会ったら、どうなるだろうか。十中八九、向こうは気まずい顔をするだろう。俺は「そういう顔」には、すぐに気が付く。そして俺の方はどうか、少なくとも一部の奴には対しては、頭に血がどんどん上って、瞳孔が開いていって、すぐに戦の準備を始めると思われる。何度も言うが、向こうが俺に用はなくとも、こっちにはある。向こうが会いたくないと言っても、俺はぜひ会いたい。なぜなら、死ぬまで追い詰めるのに、俺は何も容赦することはなし、何の後ろめらさも持たなくていいからだ。



「カトーごときに、時間を割く暇がねえ」というなら、勝手にどうぞ。俺は俺の方で、手前のことを考えることが今後ないように、二度と会わない前に、お前の周りも巻き添えにしてやるからよ。




充実した時間を過ごすために、小事を済ませなくてはならない。



ただ、年々その小事が、どんどん矮小になっていくことにも、気づき始めたのである。


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