映画評論家・町山智浩の動画で『ゴジラ』について語っている回がある。ちなみに、相手は評論家の切通理作。
以前に第一作『ゴジラ』については自分なりに書いたのだが、町山智浩の指摘に興味深いところがあったので、非常に感心したのである。その指摘とは、
『怪獣／人間社会、という対立項とは別に、第三項として科学者、という項がある』
という指摘である。ちなみに本多猪四郎監督の作品には常にこの三角の構図があり、それ以外のゴジラ映画にはない、という指摘であった。
この指摘の何が面白いか？ それは例えば第二作『ゴジラの逆襲』が典型的に、「怪獣／人間社会」の構図しかない映画だという事を見ても非常に判る。ゴジラは人間社会に害なす巨大な害獣でしかなく、人間社会は叡智を結集してこの害獣駆除を画策するのである。
しかし切通理作の面白いところは、そのような「人間社会に対する敵」と容赦なく排除するような『健全性』こそ、『ゴジラ』という映画で距離を置かれているものだ、という観点なのである。それは『ゴジラ』に登場する主人公を演じるスポーツマン宝田明に集約され、この「宝田明的なもの」に対して対抗意識を持ってるのが面白い。
どうして宝田明的な健全性に立ち返らないのか？ それは第一作の陰の主人公、オキシジェンデストロイヤーを開発した芹沢博士の謎の人物像に関わってくる。彼は戦争のために片目をなくし、人間を信じられなくなり、婚約者との婚約を解消した人物として紹介される。
芹沢博士が受けた深い傷は、『明るい戦後復興』という時代潮流に乗れるような半端なものではなかった。その傷は今ならＰＴＳＤと呼ばれるだろうか。だが芹沢博士の心の闇は、それ以上にもっと根の深い罪悪感、自身とそして人間の知性とに対する深い疑心と不信が根底に潜んでいる。
近代的知性は人間をユートピアに連れて行くかと思いきや、アウシュビッツや原爆といった、人類史上最悪の結果を招いた。その近代的知性に対する根本的な不信と批判意識をなくして、それを語ることは虚妄に近い。つまり、「知性を結集してゴジラを倒す物語」とは、そのような批判意識を欠いた呑気な、あるいはどんな災厄でも「アンダーコントロール」と言えるような、虚妄に満ちた態度でしかない。
この『ゴジラの逆襲』的虚妄を、残念ながら『シン・ゴジラ』は踏襲してしまっている。正直言うと、こんな結末ならば、今までのゴジラ映画のように、ゴジラは倒されることなく海に消えていった方が数段マシだと思ったくらいだ。
今までの考察を、それはあくまで「思想的な偏向」だと思うだろうか？ 実は、そうではない。嘘だと思うなら、第一作『ゴジラ』を観た後に、『シン・ゴジラ』を観てみるがいい。そこには、決定的な「物足りない感」が存在するはずだ。
では、何が足りないのか？ いや、何が違うのか？ 芹沢博士なのだ。芹沢博士がいないのである。『ゴジラ』における、最も恐ろしいシーンは何処か？ 最初に顔を現すところか？ それとも火炎放射で鉄柱を溶かすところか？
そうではない。実はあの作品で一番恐ろしいのは、芹沢博士がオキシジェンデストロイヤーの威力を、ヒロインに見せるところなのだ。水中で、見る間に骨になっていく魚。恐ろしいのは、その事象自体ではない。それを見て、恐ろしさに目をつぶるヒロイン。これが「恐ろしい」のだ。
ゴジラがどれだけ恐ろしい怪獣であるとしても、それは巨大な災厄の亜種でしかない。だが芹沢博士の秘密兵器は、人間の知性がもたらした、人間由来の恐怖なのだ。この『行き過ぎた知性』こそ、ゴジラの発生源でもあるのである。
そのゴジラを倒すために、国家の威信を持ち、人類の技術の結集である軍隊が攻撃する。だが全然、通じない。この国家を倒せなかった相手を、たった一人の歪んだ情念を持つ科学者の発明が倒す。しかも、自分自身の滅びとともに。この「異常さ」こそが、実は『ゴジラ』の魅力、面白さなのだ。
狂った科学者は、戦後の復興に復讐してきた英霊を背負う怪獣とともに海に消えていく。その戦争の痛みも記憶も、全てを海に沈めて日本は戦後へと走り出した。その時代遅れな自身を海に沈めたのは、それを消すためか眠らせるためか。
この芹沢博士の射程がもたらす批判意識こそが、『ゴジラ』という作品の最大の『面白さ』なのだ。だから、この射程を持っていないその後のゴジラ映画は、絶対に最初の『ゴジラ』ほど、面白くはなれない。
『シン・ゴジラ』は、「米国に頼る日本」に対しての批判意識は抉りだすことができた。そこは評価してもいいと思う。だが、その深層部にある『闇』までは抉りだすことができなかった、のかもしれない。そしてその『闇』をゴジラが体現していないことが、『シン・ゴジラ』における「ゴジラ、弱いな」という感想を捨て切れない点だと思われるのだ。
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