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2021年09月12日21:50

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犬と議論しようとするのでは同等のレベル

■東大生が「“すぐに論破したがる人”は頭が悪すぎる」と考える理由
(日刊SPA! - 09月12日 16:31)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=81&from=diary&id=6664559

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>「論破=相手の意見を封殺して倒すこと」と思われているようです。
 ですが、実はこの「論破」の用法は間違っています。
 これは論破ではありません。ただのいじめやマウンティングです。

という方が表題に「東大生が」とマウンティング的に書いている違和感(苦笑)。
「私が」でいいようにも思うけれど、これは私の学歴コンプレックスでしょうかね(笑)。

「論破」とは「(相手の)論を破る=議論の上で行うもの」です。ところが、いわゆる「論破」はせいぜいが「言いくるめ」であって「論破(説得)」にはなっていません。そして大半が「そもそも議論になってないので論破ですらない」ものが多いようです。議論というのは両者が一定の論理性を持っている「文明人」でなければ成立しません。

いわゆる「論理性」が通用する範囲というのは非常に狭いのです。両者ともに一定以上の論理性を有しなければなりません。論理性を厳密に説明するのは結構大変ですが、大まかには「三段論法」「対偶」「必要条件と十分条件」「逆必ずしも真ならず」「前提と結論の関係性」あたりがあれば十分でしょう

たとえばイスラム国などのテロリストや独裁国家を「論破」のは不可能に近しいでしょう。かつて「敵が攻めてきたら酒でも酌み交わして話し合って解決」とかいう「お花畑な考え」があったようですが、十年以上経っても何も解決していないわけです。

話し合いでの解決は「理想」ですが、上記の通り通用する範囲は「文明人」のみで極めて限定的だという「現実」があるわけです。

言語らしきものを鳴き声にしている犬がいるとして、犬とは議論は聖地すいませんし、そもそも「論破」もできないのです。また、議論本来の目的は「自論の正しさを主張すること」ではなく「相互に共有できるよりよき価値観の共作」でしょう。少なくとも私はそのつもりで論理を用いるようにしています。なので「議論前と議論後で意見が変わり、成長してこそ、その議論の意味があった」と言わるわけですし、私と異なる意見の方、異なる価値観に触れるのは大歓迎なわけです。

「論理を操る楽しさに溺れたな」とならぬようにしたいものです。
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