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2021年03月02日08:32

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山の怪異


家出していた中学生時代、籠もっていた瀬戸内の山で走り回って遊ぶことがあった。

山の峰に響き渡るような奇声を上げながら、山の頂上から転げ落ちるようにして道なき道を疾駆するというような、人から見ればバカバカしい遊びだ。

藪だろうが崖だろうがとにかく目前を突破する。

そんな具合にして転がるように山を下りながら疾駆する。

手には木刀を携えて。

あの当時の自分を見た者は10人が10人

「あれは狂人じゃ。」

というに違いない。

(実際そういう風にいわれていた。)

とある若いハイカーなどは、突然自分が崖から奇声を上げながら落下して転げてきたので、声をあげんばかりに驚いていた。

これを読んでくれている方々は

「なにが楽しいのか」

と思うかも知れないが、これは実際やってみると相当ストレス解消になった。

木の梢にからまった顔や足は麓にさしかかる頃には血まみれになるが、不思議なものでこれをしている最中はトランス状態になった。

「ウッヴォアアアアアアア・・・!」

「ギエエエエエエエエイ・・!」

「チエストォォォ・・・!」

木だろうが石だろうが渾身の一撃を加えながら駆け下りた。

不思議なことにこれを続けていると、膂力が少し上がったように感じた。

切っ先の正確さも増した。

木から吊した木片を打って確かめてみると、それは勘違いでないことがわかった。

「・・アホなことでもやっとるとちがうもんじゃのう・・」

子供であってもそんなことを感じた。

今まで木剣を振るってもへんに空を切るだけであったが、これを続けているとなんと木剣が

「・・・ビュッ!」

という唸りをあげるようになった。

なんの才能も無い自分だったがこれには嬉しく感じてしまった。

木剣の腕が上がったのは気のせいかも知れないが、こういうことだけで、何の楽しみもない山の生活で気晴らしになるのである。

不思議だったのはあれだけ大阪で苦しめられていたぜんそくの発作が山暮らしを境にしてピタリと止んだこと。

瀬戸内の山々の空気はそれだけ澄んでいるのであろう。

それはそうと、この文章はそういう半分キチガイの少年の生活を語るのが主眼では無い。

山には怪異があるという話。

とある日、山を降りる時間が遅くなってしまった。

眼下に広がる瀬戸内海の山々を見下ろしながら、太陽を背にしていつものように山を下る準備をした。

深呼吸をした。

「・・・ウッギァァァァァア・・・!!」

いつものように全力で山を駆け下りた。

だがそうこうしているうちに、記憶のない場所にでていることに気がついた。

見たことのない風景だ。

どこかで道を間違えたのだろうか。

廃村のような集落にいる。

誰も住んでいないような家屋をそっと外側から見てみるが、カクイわただの、なんとか仁丹だの古いホーロー看板を打った家が印象的だった。

霧がかかってきた。

出口を探そうにも、いつもの道は見つからなかった。

砂利道の足下には一匹のムカデが石から這い出してきた。

「・・気持ちのわるいとこじゃな・・・」

不思議に思いその集落をふらついていると、急に動けなくなった。

そしてとうとう膝をついてしまった。

どうしたんだろう・・今まで経験したことのないように飢えに襲われた。

日常に感じる飢えでは無い、もう動いているものならなんでもいい、口に入れたい、そう思わせるような飢え。

とうとうがっくりと手をつき・・脂汗まで出てきた。

そうして苦しんでいるうち、腰につけているズダブクロにキャラメルとクッキーが入っていることに気がついた。

クッキーはもうカビのようなものが付いていたがしかたがない。
あまりの衝撃に紙の包装紙が付いたまま口に入れてガシガシとかみ砕いてしまった。

そして次にキャラメルをゆっくりを味わっていると、しだいに嘘のように飢えが消えていった。

後は恐ろしくなって、駆けに駆けてその集落を後にした。

どうやって家出先にしている物置小屋に帰ったのか覚えていない。

帰ってランタンに火を灯してラジオをつけると、そのまま疲れ果てて寝てしまった。

後になってあの集落はどこだったのだろうと探したが、杳としてしれなかった。

この島にああいう廃村はないはずである。

いくら探してもたどり着けなかった。

今思っても不思議な出来事というしかない。
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