以下は自分が経営者になってわかったことです。自分が生まれる前、まだ好景気の頃、モーレツ社員だとか、そんな言葉が流行ったらしい。誰しも東京へ出て働ければ、それなりの生活が約束された時代があった。家族と別れて上野駅につく人々がドラマチックにTV
世の中には、ものすごく少ないながら、人の世話を、自分の使命のようにし続ける女性達がいる。そこらへんの食堂のおばさん、民生委員、学校の先生、職業はさまざまだが、人の世話が大好きというか、人の不幸を見ておれないというか、人の心配をしすぎて、眠れ
おとつい大阪へ仕事で行ってきた。実は大阪にいくのはかなり抵抗があった。子供の頃自分は大阪や京都で浮浪児をしていたものだから、辛い記憶がトラウマになっていて、行きたい行きたいと思いながらもついつい足が遠のいていたのだ。今でも、自分を見下したよ