親がいて、学校があって、尊敬できる師や友人を見つけることができる人間というものは、実はかなり恵まれている。そうではなくて、子供のころからネグレクトなどで親などいないも同然の人間、学校では疎まれて、ほぼアウトローとして生きている人間、そんな人
どうも複雜な気分だ。帰ってきたウルトラマンに「怪獣使いと少年」という話がある。かわべりの廃屋に住んでいる少年がいて、彼はとても貧乏だった。毎日の食事はお粥だった。そんな少年は街中の少年から虐待されていて、ふんづけれられて泥の中に顔を埋められ
今の学校現場は無茶苦茶だよ。やらなければいけないことがおざなりになって、しなくてもいいことに必死になっている。まあ、こういう面で学校という場所は非常にわかりやすくて、都大会、県大会にでるのは学校のPRになるもんだから、必死になってんだよね。ク
心弱っている若い人たちへ誰でもいいので明治時代の人の話を読んでみることをぜひおすすめします。あの時代、ほぼ苦労していない人はいません。大阪で、焼き魚定食・天丼が庶民のごちそうだった時代です。ふだんの庶民は白粥がくえたらまだましな方で、元下級
人は意外に思うかもしれないが自分はあまり乃木という男が好きではない。人格の清廉潔白さにおいては松蔭の教育係だった玉木文之進を師にしていただけあって日本有数の人だったがいかんせん、尉官までの器だったように思う。矛盾するようだが人の上に立つもの
なんのためにソロスに会っているのか疑問に感じる。戦争に負けて日本には欧米、特にユダヤ系の悪しき文化が入ってきた。日本には本来、貧しきことは同時に誇れることでもあるという、言うなれば貧の文化があった。以外に思われるかもしれないが、明治時代まで
あれー?なんか他人事のように聞こえるなあ。火のない場所で煙を焚いたのはどこの新聞社だったけなあ(棒)それはそうといくら米国が介入しようと日本は一顧だにする必要ないよ。乞食に金をあげようとしたら、乞食が「こんなはした金いらないニダ!」とうんこ
タイの南部、ナコンシータマラートを中心とした3県でモンスーンを原因とした洪水が起き、数日たった現在でも水が引いていない現状が日本でも伝えられている。現在全体で死者は25人と言われ、一刻も早い救援が望まれる。ただ違和感を覚えるのはタイメディア
現在韓国に向けて日本の世論が沸騰している。一部韓国人による100体に余る仏像の破壊、そして神社仏閣への破壊活動が相次いだのに加え今回韓国釜山の市民グループが条約を無視しまた日本総領事館前に慰安婦像を建てたのだ。これに相当数の日本人が腹を立てて
日本メディアでタイの年末年始の交通事故死が426人に上ったと報道されている。自分からいわせれば当然だろう。個人的に多くのタイ人の運転は外国人として未熟すぎると感じている。タイにいるとタイ人の乗る車で移動せざるを得ないが、スピードを出している