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2021年01月03日03:15

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ライジング若冲

大盈(たいえい)は「冲」(むな)しきが「若」(ごと)きも、其の用は窮まらず
=満ち足りているものは中が空虚にみえるが、その働きは尽きることがない。【老子】

上は若冲の居士号の由来だが、それが売茶翁(黄檗宗僧侶・煎茶道の中興の祖)の茶器に描かれていた言葉だったとは知らなかった。その漢詩を書いたのは相国寺の禅僧・大典兼常であった。


NHK新春時代劇「ライジング若冲」をみる。伊藤若冲のことは2007年に相国寺に里帰りした動植綵絵30幅を見て超感動し結構詳しく探究した。
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=446132298&owner_id=168303
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=446243645&owner_id=168303

相国寺の禅僧・大典顕常が若冲にすごく影響を与えたことは知っていたが、もっと年上で師のような人物だと思っていた。若冲より3つも年下だったとは!しかも二人は愛し合っていた・・っていう大胆な仮説に基づいた美青年ふたり(七之助と瑛太)の競演も面白かった。
若冲が「動植綵絵」を恐るべきスピードと画力で描きあげたあと、二人は京都伏見から大阪の天満まで淀川下りをして楽しんだ。そのときの風景を若冲が描き漢詩を大典が書いてコラボしたという拓版画「乗興舟」も素晴らしい。
若冲が亡くなった翌年、大典も後を追うように亡くなったというエピソードも、石橋蓮司(売茶翁役)の解説で挿入されていた。因縁で強く結びついたふたりだったのだな。
https://www6.nhk.or.jp/nhkpr/post/original.html?i=25486

去年(2020)年頭から京都高島屋で伊藤若冲没後220年を記念して展覧会が開催されていたが、同時にコロナも流行り出したので、巡回で大阪にくるころには公共の美術館はみな休館となった。しかし高島屋は私設美術館だったのでかろうじて開催していて、なんとか見ることができた。



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