安倍首相は、ついに２度までも潰瘍性大腸炎で首相職辞任のやむなきにいたった。
６月の検診で潰瘍性大腸炎の再発が判明したというが、おそらくその以前から腹痛や頻繁な便通などの体調不良の傾向が現れていたのだろう。そう考えれば、５月頃からの安倍政治の「キレ」が鈍ってきた感もうなずける。
◎疾病を抱えれば、重要な政治判断が損なわれる
潰瘍性大腸炎は、死に至る病ではないが、ＱＯＬを大きく損なう。激しい腹痛と日に何度も襲う便通。患者は、どこに行くにもトイレの場所を確認しておかなければならない。
普通の人でも大変だ。これが要人なら、大切な面談や会議中にも中座しなければならない。首相職を続けるのは、難しかったのだろう。
特に持病を持ち、絶えず痛みなどが襲うと、大切な判断が損なわれる。それが世界的な指導者であれば、歴史を変える。
◎ルーズベルト大統領の教訓
有名な例に世界史に通じる医師が、よく挙げるのが第２次世界大戦末期のアメリカ大統領フランクリン・ルーズベルトである（写真）。
もともとルーズベルトは若い頃に小児麻痺を患い、下半身が不自由だったが、それ以外はアクティブで１９３２年には大統領に当選している。当選後、彼がすぐにとりかかり、大きな成果を挙げたがニューディール政策だったのは歴史的によく知られている。
ただ彼は、無類のヘビースモーカーであり、また強度の高血圧症であった。
その彼が、日本と太平洋戦争を、ドイツとヨーロッパ戦争を指揮していた。激務がたたり、狭心症の発作も起こしている。
◎病み疲れた姿でヤルタ会談に臨み、スターリンに一方的に攻め込まれる
１９４４年８月、太平洋戦線の視察と前線兵士激励から帰国した時、副大統領のトルーマンが目にしたのは、心身ともボロボロに近いルーズベルトの姿だった。紅茶にミルクを入れる時にカップにではなくソーサーに注ぎ、手は震え、話すのも困難なほどだったという。
高血圧は、２６０／１５０ミリほどになっていても、１９４４年秋の大統領選は何とか闘った。しかし４選されて就任後に、死に至る苛酷な仕事が待っていた。１９４５年１月下旬、戦争の終わりが見えてきたことから、戦後処理をめぐってソ連・スターリン、イギリス・チャーチルとのヤルタ会談がもたれることになった。保養地とはいえ、厳冬のソ連のクリミアのヤルタに、病身を押し、ルーズベルトは巡洋艦と輸送機を乗り継いで赴いた。
２月初めからのチャーチルを交えたスターリンとのヤルタ会談では、長旅の疲れと持病で、ルーズベルトはチャーチルの主治医の目撃では見るからに憔悴し、精彩を欠いていた（写真＝会談の開かれたリヴァディア宮殿）。
◎スターリン・ソ連に大譲歩
日本にとって運命を決めたこの重要な会談で、ドイツが降伏した２〜３カ月後に、ソ連が対日参戦に加わること、その見返りとして南樺太と千島をソ連に引き渡すこと、さらに東ヨーロッパはソ連の支配下に入ることなど、ソ連にとって一方的に有利な約束がなされた（写真＝会談を終えた３首脳、左からチャーチル、ルーズベルト、スターリン。やつれ果てたルーズベルト大統領の顔に注目されたい）。
ルーズベルトは、肉体もガタガタで精神的にも虚ろな表情をして、一方的にスターリンに攻め込まれた。チャーチルがいくら奮闘しても、これでは老練なスターリンに抗すべくもなかった。
この時のルーズベルトの血圧は３００／１７０ミリであったという。
◎副大統領のトルーマンが出ていれば
せめて代理で副大統領のトルーマンが出ていれば、と惜しまれるほどの一方的な「敗戦」会談であった。トルーマンなら、かくも無残なスターリンへの降伏はなかっただろう。戦後のヨーロッパの情勢もかなり異なっていただろう。
ヤルタ会談の２カ月後に、ルーズベルトは死去した。
以上は、あまりにも病が政治家をいかにスポイルするかの好例だが、安倍首相も、そうした事例をいくつも知らされ、辞任決断をしたに違いない。潔い引き際と言えるが、功績が大きかっただけに惜しまれてやまない。
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