mixiユーザー(id:6007866)

2020年07月20日08:12

258 view

『 脚本家・橋本忍の世界 』

型コロナ感染拡大の結果、4月7日に緊急事態宣言が発令された。4〜6月の現場がキャンセルになり、後になって秋までの大きな現場のほぼすべてが中止または延期となった。現在でも年内の仕事再開の目途はたっておらず、持続化給付金のおかげでなんとか息をついている状況である。仲間内では仕事が復活するのは来春以降になるだろうとの観測が大勢を占めているものの、それすら楽観的と思える昨今の状況である。

 そんな中、唯一の救いは読書の時間をとれるようになったことだ。サラリーマン時代は電車通勤が長く、行き帰りの車中で読む本は手離せなかった。40代で退職、独立開業してからは現場まで車を使うようになり、必然的に読書する時間は激減した。緊急事態宣言下で復活した読書習慣によって、連日、本を読めるようになったのはなんとも嬉しい。

 今、最も興味をもっているのは「 脚本家・橋本忍 」についてだ。好きな映画の多くが、橋本忍の脚本であることに驚き、このところ、橋本忍と彼の仕事繋がりで監督・黒澤明、俳優・三船敏郎に関する本を選んでは次々に読んでいる。長年、映画ファンを自認していながら、なぜ、こんなことを知らなかったのだろうと驚かされる事実の連続だ。つい、昨日も『 脚本家・橋本忍の世界 』(村井敦志 著、集英社新書)を読み終えたが、実に面白かった。『 脚本家・橋本忍の世界 』は、著者が橋本忍脚本の映画9本を選び、関係者へのインタビューや資料の再検証によって、橋本忍の脚本執筆と作品の背景を紹介するものだ。選ばれているのは、『 七人の侍 』『 羅生門 』『 真昼の暗黒 』『 私は貝になりたい 』『 切腹 』『 白い巨塔 』『 日本のいちばん長い日 』『 八甲田山 』『 砂の器 』の9作品。いずれも日本映画史に残る名作傑作と言って良い。

 第一章から第九章まで、それぞれの作品について興味深い考察と新事実が紹介されており面白いのだが、特に興味を惹かれたのが『 日本のいちばん長い日 』『 八甲田山 』『 砂の器 』であった。『 日本のいちばん長い日 』では私が強い衝撃を受けた、近衛師団長惨殺シーンの新事実(少なくとも、私は本書を読むまで知らなかった)。この映画に登場するほぼ全員が実名で描かれており、近衛師団長惨殺に関わった決起派の青年将校のひとりが唯一、仮名・架空の人物だった。それは、中谷一郎が演じた航空士官学校の黒田大尉である。実際に森師団長を惨殺し、森師団長を助けようとした白石中佐(森師団長の義弟)の首を一刀のもとに斬り落としたのは、航空士官学校の上原大尉と陸軍通信学校の窪田少佐の二人だった。上原大尉は決起が失敗した8月15日以降に自決したが、原作『 日本のいちばん長い日 』を書いた半藤一利が事件詳細を取材していた当時、窪田少佐が存命のため、諸事情によって実名とすることを断念。二人の所属と名前をひとりの人物としたのが航空士官学校・黒田大尉だったわけである。もっとも、半藤氏のこの措置については上原大尉の戦友たちから非難を浴びることになった。「 上原は信念に基づいて行動したのであって、映画で実名をあげないのは承服し難い 」という抗議だった。

 もうひとつ。阿南陸相(三船敏郎)の自決に立ち会った井田中佐(高橋悦治)が「 お供します 」と言って、阿南に強烈なビンタを食らうシーン。映画では阿南にビンタされた井田はすぐに自決を思いとどまるが、実際には井田が「わかりました」と約束するまで阿南は20発ほどビンタを繰り返したそうだ。

 『 八甲田山 』でも、新田次郎が原作を執筆した当時、知られていなかった事実が明らかになっており、こちらも興味深い。それら新事実とは別だが、私が一番驚いたのは、映画の中で徳島大尉(高倉健)が案内人さわ(秋吉久美子)と別れる際、「 案内人殿に敬礼! かしら〜、右!」と号令をかけるシーンが橋本忍の創作だったことだ。原作『 八甲田山死の彷徨 』では、徳島大尉は「 案内人は最後尾につけ 」と命じ、ラッパ手を先頭に立たせている。さわは「 案内人にはもう用はねえってわけかね 」とつぶやいており、映画の感動的なシーンとは対照的である。この脚色について、橋本忍自身が語る部分が丁寧に引用されているが、さすが、兵隊経験のある橋本忍の脚本だと胸を熱くしてしまった。
10 10

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2020年07月>
   1234
567891011
12131415161718
19202122232425
262728293031 

最近の日記

もっと見る