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2020年05月15日16:47

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翔んでカリビアン

予め断っておくと
僕はそんなに詳しくもないし、よくも知らない(笑)

投手で成功できなかったが「フィールド(野)」を変えて成功したのは
何と言ってもジャイアント馬場(プロレスラー)と
ジャンボ尾崎(プロゴルファー)のこの二人に尽きる
或いは
解説者となってタレントとして大いに成功した板東英二か
板東は「金曜日の妻たちへ」で主役級の演技を見せた他、
ご存知、クイズ番組のパネラーとしてもお茶の間に定着した。

それ以外でコンバートの成功者というと
先日亡くなった、関根潤三氏が有名である。
投手で65勝を挙げて、打者で1137本安打を記録した
唯一の両立した存在と言っても良い。

普通のパターンであれば
投手としても魅力があったが、打者としてより可能性を試して
大成した選手なら、数多ある。
王貞治だってそうだ。愛甲猛や金村義明も甲子園の優勝投手である。
それにイチローが高校時代までは投手だった事は皆さんご存知であろう。
やはり身体能力が高い人間が投手を務め、主砲も担う事は
今も昔も違わない。

ただ、昨今は「二兎を追うものは一兎をも得ず」として
投手として肩を使うなら、打者としては出来るだけ大事に扱ったり
或いは、打者としての才能を伸ばすために
投手としての繊細なトレーニングを後回しにするなど
「専門職」として投手は分離された存在であった。

まあ、大谷翔平の登場とその成功によって
両方の才能を持つ「稀な存在」が埋もれて行かない道筋が
少しでも出来るのだとしたら、それは幸いである。
昔のトレーニングで下半身の安定を徹底的に追及するスタイルは
正直なところ、投手として最も必要とされた「スタミナ」の補強にはなっても
打者としての才能がどれだけ伸びるかは怪しかった
投げ込みも然り、素振りも然り。
全く別の要素の訓練に没頭していては「二刀流」なんて
夢のまた夢だったのではないだろうか

我がライオンズにも木村文紀選手など打者転向して
そこそこ上手くいっている選手も居るし
ちらほらと見かけはするものの
捕手から野手へのコンバートと比較すると
投手から野手へのコンバートは実にハードルが高いのであるなぁ、と
改めて思う次第。

■川上哲治、柴田勲、石井琢朗…投手から野手に転向して大ブレークした選手たち
(AERA dot. - 05月13日 12:30)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=173&from=diary&id=6080270
プロの世界で投手では結果を出せず、野手転向後に大輪の花を咲かせた選手たちがいる。成功した選手たちを見ると打撃センスだけでなく、並外れた練習量で技術を磨いていたという共通点がある。通算2千安打を達成し、名球会入りした選手も。投手から野手に転向して大ブレークした代表的な選手たちを振り返ってみよう。

【写真】1980年に2000安打を達成した巨人のレジェンドといえば…

・川上哲治(巨人)

投手 39試合登板11勝9敗、防御率2.61

野手 1979試合出場 打率3割1分3厘、181本塁打、1319打点、220盗塁、2351安打

 高い打撃技術で「打撃の神様」と形容され、プロ野球史上初の2千安打を達成した川上は、1938年に投手として巨人に入団している。熊本県立工高(現・熊本工高)で左腕を酷使した影響もあり、球威に乏しく目立った活躍ができなかった。1939年から野手も兼ねる「二刀流」の時期を経て、抜群の打撃センスで主力打者に。球界を代表する大打者として活躍した。首位打者5回、本塁打王2回、打点王3回、最多安打6回のタイトルを獲得。巨人の監督として65〜73年まで前人未到のV9を達成したことでも有名だ。2013年、93歳で死去。

・柴田勲(巨人)

投手 6試合登板0勝2敗、防御率9.82

野手 2208試合出場、打率2割6分7厘、194本塁打、708打点、579盗塁、2018安打

 法政二高(神奈川)で絶対的エースとして2度の全国制覇を達成。投手として入団したが、1年目の62年は結果を出せず、翌年から外野手にコンバートされた。本来は右打者だが、左打ちにも取り組んで日本初のスイッチヒッターに。俊足を武器に盗塁王を6回獲得し、巨人V9の先頭打者として打線を引っ張った。現役時代は「赤い手袋」がトレードマークとして知られ、女性人気も高かった。日本プロ野球名球会副理事長。

・石井琢朗(大洋、横浜、広島)

投手 28試合登板1勝4敗 防御率5.69

野手 2413試合出場、打率2割8分2厘、102本塁打、670打点、358盗塁、2432安打

 足利工高(栃木)で2年夏にエースで甲子園に出場。89年にドラフト外で大洋(現・DeNA)に入団し、高卒1年目に初先発初勝利と華々しいデビューを飾るが、投手としての限界を感じて4年目から内野手に転向した。俊足巧打でリードオフマンに定着し、98年に球団史上38年ぶり2度目の日本一に大きく貢献。最多安打を2回、盗塁王を4回獲得した。遊撃手で1765試合出場は日本プロ野球機構(NPB)史上最多記録。現在は巨人で野手総合コーチを務める。

・福浦和也(ロッテ)

投手 1軍登板なし

野手 2235試合出場 打率2割8分4厘、118本塁打、935打点、10盗塁、2000安打

 地元・千葉県出身で、ファンから愛された「幕張の安打製造機」。習志野高から93年ドラフト7位でロッテに投手として入団したが、左肩の故障で1年目の途中に野手転向。4年目の97年に1軍デビューしてチャンスをつかむと、01年に打率3割4分6厘で首位打者を獲得した。広角に打ち分ける卓越した打撃技術で01年から6年連続して打率3割をマーク。一塁の守備でもゴールデングラブ賞に3回輝いた。現在はロッテで2軍ヘッド兼打撃コーチを務める。

・糸井嘉男(日本ハム、オリックス、阪神)

投手 1軍登板なし

野手 1502試合出場、打率.3割2厘、163本塁打、697打点、297盗塁、1624安打

 京都府出身。近大で4年時にエースとして注目され、03年ドラフト自由枠で日本ハムに入団。投手として将来を嘱望されたが2年目まで1軍に昇格できず、3年目から野手に転向した。球界屈指の身体能力で頭角を現し、09年から6年連続で打率3割をマーク。不動の主軸として活躍した。オリックスに移籍後も14年に打率3割3分1厘で首位打者を獲得。16年は53盗塁でNPB史上最高齢の35歳で盗塁王に輝いた。同年オフにフリーエージェント(FA)宣言して阪神に移籍。39歳を迎える今年もチームに不可欠な存在だ。

・雄平(ヤクルト)

投手 144試合登板、18勝19敗、1セーブ、17ホールド、防御率4.96

野手 925試合出場、打率2割9分3厘、66本塁打、377打点、38盗塁、858安打

 東北高(宮城)では150キロを超える剛球を武器に「高校ナンバーワン左腕」と評され、メジャーリーグの球団からも注目された。02年秋のドラフト1位でヤクルトに入団し、高卒1年目に5勝をマークしたが、制球難が解消されずに10年から野手に転向。11年に登録名を本名の高井雄平から「雄平」に変更し、14年に打率3割1分6厘、23本塁打でベストナインを獲得した。18年オフに年俸1億円に。NPBに投手で入団して野手に転向した選手で大台突破は石井琢、福浦、糸井に次いで4人目の快挙だった。(牧忠則)

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