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2020年04月26日05:26

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日本最初の欧米書『ターヘル・アナトミア』を翻訳出版した蘭方医たちの光と影(2):苦難の末に訳了成るも『解体新書』出版前に良沢は訳者名を強く辞退

 千住の小塚刑場で、死刑囚の腑分けを見て、人体がこれまでの常識としていた漢方の五臓六腑と全く異なる半面、手にしていた蘭書『ターヘル・アナトミア』のとおりだったことに衝撃を受けた杉田玄白、前野良沢(図)、中川淳庵の3人は、若手の桂川甫周を誘って4人で良沢の自宅で『ターヘル・アナトミア」の翻訳を始める。

◎荒れる大海に櫓も舵もない小舟で漕ぎ出したよう
 ところが良沢ら4人の翻訳作業は、辛うじてオランダ語初歩を知っている良沢頼りであった。思えばずいぶんと無謀な事業であった。
 実際、最初は全く意味をとれなかった。まさに櫓も舵もない小舟で荒れる大海に乗り出すようなものだった。
 4人が額を寄せて『ターヘル・アナトミア』を睨んでも、それは全く理解できないアルファベットの連なりであった。まさに途方にくれるばかりだった。
 旬日が過ぎて、玄白の提案で、最初のページからの訳出を飛ばし、図版ページから始めることにして、辛うじて突破口が開けた。
 すると、図版と説明文から何となく意味が分かってきた。

◎マリンの仏蘭辞書も手掛かりに
 さらに分からない所は、良沢が長崎遊学中、通詞に勧められて入手していたマリンの仏蘭辞書が役に立った。そこにフランス語単語にはオランダ語の詳しい説明が付いていて、それをヒントにすればオランダ語も何とか想像できるのだ。
 しかし英文の本を何冊か訳した僕の感想から、よくぞその程度の語学力で『ターヘル・アナトミア』の翻訳を目指そうとしたのか、驚きである。翻訳は、語学ができるだけでは不可能だ。その分野の深い知識が無いと意味がとれないし、また思い違いから思わぬ誤訳をする。しかし、そもそも語学ができなければお話にならない。4人は、そのお話にならないところからスタートしたのだ。
 それでも優れた西洋医学を蒙昧な漢方医がのさばる医界に提示しようという4人の意気込みは、敬意に値すると言えるだろう。

◎まず抜き刷りで様子見
 そうした難行苦行をへて、良沢1人の読解力に、他3人があれこれ知恵を出し、1年半ほどで一応の訳了がほぼなった。良沢単独でも不可能だったはずの訳了は、4人の当代一流の蘭方医によるまさに集合知の賜だった。
 翻訳を言い出した玄白は、しかしこれをすぐに発表はしなかった。キリシタンに無縁の純粋な解剖書であっても、公刊することによる幕府の怒りを買い、介入・弾圧されるのを警戒したのだ。
 したがってまず人体解剖図の抜き刷り『解体約図』(写真)を公刊し、様子を見ることにした。図の模写は、若狭の熊谷儀克に依頼した。
 それで幕府が介入してきたら、『ターヘル・アナトミア』の翻訳公刊は諦めるつもりだった。

◎小野田直武が見事な模写図版を得る
 幸いにも抜き刷りを出しても、幕府からは何の沙汰も無かった。懸念された漢方医の批判も無かった。黙殺されたのだ。玄白は、『約図』公刊後、1カ月間は不安で安眠もできなかったという。
 そしてついに本体の刊行に乗り出すことにした。『ターヘル・アナトミア』(写真)の図版は、写真製版のない時代だから、絵師が模写するしかない。玄白は旧知の平賀源内の紹介で、秋田藩士で洋画家の小野田直武が見事な模写を完成させた。小野田の模写は、『解体約図』の熊谷儀克のものより数等優れていた。

◎良沢は名を出すことを強く辞退
 すべて整い、いざ刷りと公刊となった時、玄白は実質的な翻訳指導者だった良沢に前書きを書いてもらおうと訪ねたが、すげなく断られてしまう。それどころか翻訳者として名前も出さないで欲しい、とも強く辞退された。
 前野良沢がなければ、西も東も分からなかった玄白らである。これには玄白もたじろぐが、良沢の名前を削っての公刊には同意を得る。
 良沢が、なぜ自分の名を出すことを辞退したのかは、所説あるが、有力なのは、まだ自分のオランダ語語学力に自信がなく、したがって訳文が不完全であることを自覚した良沢が、名前を出しての公刊を潔しとしなかったから、とされる。
 まさに学者的な良心の表れだ。しかし功名心にはやる玄白は方針を曲げず、良沢の辞退にこれ幸いと便乗し、公刊に踏み切る。このあたり、僕は玄白について、大いなる違和感を覚えるところだ。玄白のやったのは、書き散らした訳文の清書であり、翻訳は良沢というのが実態だったのだから。
 だが結局、これが両人の後の運命を分けた。
(この項、続く)

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