この時期になると時々思い出す。
大阪で小学校4年生だったか、友人と家出したときのことを。
自分は当時義父と折り合いが悪く手ひどい折檻をうけていたので、家出はもう日常茶飯事だった。
「殺してくれ」
と叫びたいばかりの折檻が続いたときなどは、いくら腹が空こうとも外がよかった。
学校にいることも決して居心地がいいものではなかった。
広島弁が抜けずいじめれたことも再三あった。
授業についていけず、宿題をできなかったこともあり、帰りの会で立たされることもほとほと嫌気がさしていた。
最終的には教師が
「銀次郎君は夜、お父さんもお母さんもいない生活をしています、みんなとは違うんです、そこをわかってあげましょう。」
と言ってくれるのだが、毎日毎日これが続くとさすがに嫌になった。
ただそこにMという友人がいた。
Mは鼻っ柱がつよく、顔が赤黒くてクラスでは恐れられていた生徒だったが、ふとしたことで仲良くなった。
彼と仲良くなったことで、不思議にパタリといじめはやんだ。
MはMで、自分が器用にマンガの主人公が描けることを面白がっていたのだろう、それからは妙にウマが合うというか、学校が終わるといつもどこかの公園で待ち合わせして遊んでいた。
自分にとっては初めての親友と言ってよく、最初のころ自分は彼を警戒していたが、いざ友達になってみると、彼の心の広さややさしさは、銀次郎にとってはじめて知る子供同士の世界だった。
そんなある日のこと、てくてくと2人で夕日を浴びながら自宅へ帰ろうとしたときMはぽつりと言った。
「・・あの家には帰りとうないな」
視線を落として言うMに自分は意外な気がした。こんな寂しそうな顔をするMをみるのはあまりない。
「・・なんでや?」
と聞くと
「・・・毎日毎日のう・・父親がどこかに女がおるらしく・・夜遅う帰ってきて・・夫婦げんかしよる。」
Mの気持ちは痛いほどわかるような気がした。
自分の母親も、嫉妬に狂い、家でヒステリーを起こすことがあった。
時々そのヒステリーが爆発して、寝ている自分の腹をけりあげることもあった。
こういう家庭の父母は父母ではない、単なる男と女に戻っている。
それを見ている子供のみじめさ悲しさは、言葉にはできないだろう。
自分は思わず言ってしまった。
「・・わしもの・・実は家には帰りとうないんよ・・いやいや帰っとるだけじゃ。」
Mは我が意を得たりといいたいような視線を向け、にやりとした。
「家出するか・・?」
「・・ほうじゃの」
踵を二人してくるっと返して、あとは夕陽の街に消えた。
-続く
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