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2019年10月25日21:32

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雨の退院



今日、友人のHが退院した。

彼は自分と同い年である。

東京に来てから、とあるゲームを通して知り合った仲なんだけれども、ウマがあうというか、お互い気があうというか、つかず離れずの関係にいた友人だった。

このHの特徴は、いつもぶっきらぼうなものいいをする。

ものごとを斜に構えて見る癖があって、さらに体重も一時は100キロ近かった。

そのせいかこの歳まで結婚していない。

自分が

「・・早く結婚してさ、身を固めろよ」

とすすめても

「・・結婚に興味ないもんからしてみたら、そんなもんいい迷惑なんだよナ♪」

などと箸にも棒にもかからない。

「俺はさあ、結婚しても女を幸せにできない男なんだって自分でわかってっからさ。・・」

ともいったことがある。

しかしこのH、自分の趣味、バイクだとか、アニメだとか、まあオタクなんだけれども、とても楽しそうに話をする。

宙を見ながら目を細め楽しそうに話すその表情は、話の内容はともかく、こちらまで幸せになる表情だ。

いろいろこだわりもある。

携帯電話などはスマートフォンがでるまでもたなかったし、バイクはヤマハの2ストのみだとか、このHなりの世界があった。

自分が彼を愛している一番の部分として彼なりの親への愛があるところである。

彼は30くらいまでぶらぶらしていたんだけれども、父親のすすめからか、父親の勤める工場に就職した。

彼は父親の勤めるその会社で、父を辱めてはならぬとの思いからか、入社して20年の今日まで勤め上げている。

根がまじめな男なのだ。

彼のその父親はつい最近亡くなったのだが、とても父親を尊敬しているらしく

「・・親父がなあ・・ホバークラフト乗らせてくれたんだよ、あれがうれしくて。・・・そのあとで、ホバークラフトのミニカーも一緒に買ってくれたんだ。」

とそんな素朴な父親自慢をする男だった。

またあるときは、銀次郎の欠点をズカズカいってのける無遠慮さもある。

「・・・あんたさあ・・男ならもうちょっとしっかりするべきだよ・・・。」

そのときは頭にくるが、よくよく考えたら彼の言うとおりだった。

彼はいつもそうだ、銀次郎の人生でなにか必要なときは現れて自分をぶっきらぼうに批判する。

だが彼には心の奥底にある愛情みたいなものがあって、彼なりに周囲を見ているのだ。

実際なんどか自分は彼の忠告に救われた。

そんな彼が、心臓病で病に倒れたのは10日くらい前のことだった。

自分は彼に電話をかけたときにそれを知った。

「いまさあ・・・入院してんだよ・・・近いうち、手術だよ・・。」

矢も楯もたまらず、彼の入院している都内の病院へと向かった。

彼は集中治療室のベッドのうえで携帯を見ながらあぐらをかいていた。

「・・こんどの週末にさ、再手術だよ・・」

なんとのんきな・・と思っていたが、ともかく無事で何よりだった。

しかし、その三日後に連絡がとれなくなった。

自分は慌ててしまった。

なんどメッセンジャーで連絡しても返事がなく、電話をしてもとる様子もない。

「万事休す・・もう病院にいくしかない。」

そう思っていた矢先、彼から電話がかかった。

どうやら一時心臓が止まったようで、電気ショックで蘇生したものの、そのときは危なかったようだ。

胸をなで下ろした瞬間だった。

そんな彼が今日退院した。

たった一人の家族といっていい老母と共に。

自分は彼を車で迎えに行き、家まで送ることにした。

パジャマではなく私服でベッドの上に座っていたHが自分を認めると、

「・・よう」

と言った。

顔色がいい。

「回復したんだなあ、」

と感じた。

彼の老母がその後きて、お互いに軽い挨拶を交わすと、

「・・・じゃあ、いよいよ退院だ、車を病院の前に留めてある。」

と自分がいい、彼の荷物をみんなで持った。

まわりにいる今まで世話をしていた看護婦さんたちも、忙しくしながら、どこかうれしそうだ。

思わず自分はそんな彼女たちの一人にひとりごちた

「・・退院はいいものですね・・」

看護婦さんのひとりが「うふふふ」とわらった。

Hとその老母を乗せた自分の車が、雨の降る街を通り抜けた。

Hはあいかわらずぶっきらぼうな顔をしているが、

「・・病院食おいしくなかったんだよ、だってさ、湯豆腐に食パンだったときもあるんだぜ?これはおかしいだろ。」

とおもしろおかしく病院の話をした。

HはHなりに今日を喜んでいるらしい。

そんなHに老母が後ろから声をかける

「Hや、・・・今日はね、お母さんHの身体を思ってね、鶏のムネ肉を買ってあるのよ・・・どんな料理にしようかしらね・・。」

Hはぶっきらぼうに無視しているが、自分は知っている。 

この男はそんな母親をいつも無視するが、自分は知っている。

彼が入院中、彼は時々自分に言っていた。

「・・おふくろがさあ・・泣いてんだよ、さびしいんだろうなあ。」

車は雨のなかを、彼の家まで走っている。

ハンドルを握る自分は、

「・・今から要るものがあればいうといいよ、スーパーでもアリオでもよるからさ。」

というと

「・・病院食まずかったからさ、ラーメンとチャーハンがいいな!」

とHは言った。

食うものではなく、要るものがあるかと自分は聞いたのだが。

老母は後ろでにこやかに笑っていた。

彼と老母を家まで送り届けると、雨の中自分は車を走らせながら一息ついた。

ワイパーではじかれる雨を見ながらつい独り言をいってしまった。

「・・・鶏のムネ肉か・・・おふくろっていいな。・・」
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