劇場版予告編を観て、これは絶対に観なければと思っていながら、結局、見逃してしまった『 アトミック・ブロンド 』。昨日、Amazonプライム会員特典で無料視聴できることに気がついて、喜んで鑑賞した。・・・いやぁ、久々に手強い映画を観てしまった。これは好き嫌いが分かれる以前に、きちんと物語の流れを理解できるかどうかが問題になるだろう。俳優の演技や演出、物語の展開、BGMや編集のリズムなど人それぞれに好き嫌いがあって良い。ただ、物語の流れについて行けず、登場人物個々の思惑が理解できなかった結果、「 つまらない 」「 面白くない 」というのではまるで意味が違う。劇場で一度観たくらいでは理解が難しい映画だと思う。
主演のシャーリーズ・セロンはとにかく頑張っている。とんでもなくタフで強い女スパイを演じ、屈強な男たちを、自ら傷つきながらも次々に倒していく彼女の姿にはリアリティを感じたよ。
【 物語 】
1958年11月、壁が崩壊する直前のベルリン。英国情報部MI6の敏腕諜報員ガスコインがKGBの殺し屋バクティンに殺され、最高機密リストを奪われる。MI6の女スパイ・ロレーン・ブロートン（シャーリーズ・セロン）は潜入、情報収集、近接戦闘（CQB）、さらには窮地からの脱出テクニックに優れていた。その腕を見込まれて、機密リスト奪還の命令を受けた彼女はベルリンに飛ぶ。ベルリン支局のエース、デヴィッド・パーシヴァル（ジェームズ・マカヴォイ）と協力して任務を遂行するはずだったが、ベルリン到着直後からロレーンの正体と目的はKGBに漏れていた。MI6に内通者がいることは間違いない。優秀な諜報員であるはずのパーシヴァルは怪しげな言動を繰り返し、さらに、ロレーンを尾行する謎の女性があらわれる。「 誰も信用してはいけない 」というMI6幹部・Cの言葉に従い、ロレーンはパーシヴァルと距離を保ちながら、行動を開始するのだが・・・。
この先、ネタバレ全開です。
映画冒頭、MI６の腕利き諜報員・ガスコインがKGBの殺し屋バクティンに殺され、最高機密リストのデータが隠された腕時計を奪われる。物語はその事件から10日後、全ての作戦を終了したロレーンが報告のため、ロンドンのMI6本部を訪れるところから展開する。つまり、ロレーンの報告によって、MI6幹部・Cとエリック・グレイ、CIA幹部エメット・カーツフェルド、観客（視聴者）は作戦全貌を追体験することになるのだ。時系列が何度も前後する上に、頻繁に場面転換する。ここで物語に追随できないと、登場人物が何を目的に動いているかわからなくなってしまう。誰が敵で誰が味方か、誰が二重スパイなのかといったことは映像を観ていればわかるが、問題はそこではない。個々の人物の「 意図 」を正しく理解できなければ、物語を味わったことにはならない（スパイ映画のセオリー通り、脚本はあえて観客をミスリードするように書かれている）。
敵味方が奪い合う最高機密リストとは、東ドイツ国家保安省（シュタージ）が情報収集して作成した「 活動中のスパイの全リスト 」。ガスコインは家族で西側に亡命させることを条件に、シュタージ職員のスパイグラス（暗号名）からマイクロフィルムを入手、それをパーシヴァルに渡す途中で殺されている。リストの詳細は語られないが、全世界の活動中の諜報員情報が網羅されているようだ。リストはマイクロフィルムにされ、腕時計に仕込まれている。それを追って、英国、アメリカ、フランス、そしてもちろんソ連が奪い合うのだが、ロレーン（シャーリーズ・セロン）はもうひとつ任務を与えられていた。それは、MI6とKGBの二重スパイ「 サッチェル 」の正体を突き止め、その場で始末することだった。
『 アトミック・ブロンド 』には敵味方多くの「 怪しい人物 」が登場する。機密リスト争奪のため、騙し騙される激しい応酬が展開されるので人物相関図は少々難解だ。以下、主な登場人物（ベルリンで活動する最前線の諜報員たち）の行動の意味について考えてみよう。
（１）ガスコインをKGBに売ったのは誰か？ ガスコインは殺し屋バクティンに殺される直前、「 サッチェルが裏切ったんだな！？ 」と言っているため、観客（視聴者）の疑惑の目は「 二重スパイ・サッチェル 」に向けられることになるが、実際、ガスコインを裏切ったのが誰かは不明だが、サッチェルでないのは間違いないと思われる。理由は、サッチェルにはガスコインを裏切る動機がないからだ。では、サッチェルは誰か？ これについては後述するが、映画では「 サッチェルが誰か 」を示唆するシーンがあり、同時にガスコインがサッチェルの正体を知っていることも明かされている。
（２）殺し屋バクティンにガスコイン殺害と機密リストを奪うよう指示したのはKGBのブレモビッチだが、リストを奪った後、モスクワに帰還せずベルリンに留まったのはバクティン個人の判断だ。理由は、「 資本主義にかぶれた 」（By ブレモビッチ）ため、KGBを裏切り、リストを高額で転売することだった。ブレモビッチは東西両陣営から追われるが、パーシヴァルに殺害され、機密リストも奪われる。
（３）MI6ベルリン支局切っての優秀な諜報員パーシヴァルはなぜ怪しげな行動を繰り返したのか。「 大使館の意向に逆らって、単独で動いている 」とMI6幹部・Cが嘆いているように、パーシヴァルは独自のビジョンで動いていた。�’標�されたロレーンの正体をKGBに明かし、彼女を逮捕、あるいは殺害させようとしたこと、��機密リストを暗記しているスパイグラスの逃亡を阻止しようとしたこと、��自分がKGBと裏で通じていることをフランスの女スパイ・ラサールに暴露されそうになり殺害したこと、これらは全て、自分の秘密を守り、東西陣営の均衡を保つという目的のために行われていた。機密リストを追うのは英国のためではなく、自分自身を守るためである。彼は機密リストを入手しても英国に持ち帰る意思はなかったろう。おそらく、どこかに隠したか処分してしまったはずだ。
彼のビジョンとは何だったのか？ 彼はロレーンに正体を知られたあと、「 俺はこの糞ベルリンを愛している 」と言っているが、パーシヴァルにとってはベルリンの混とんとした状況は居心地が良かったのだろう。彼はMI6に所属していながら、東西両陣営の均衡を壊す全ての情報と人材を抹殺してでも、東西冷戦の最前線であるというベルリンの状況を維持させたかったのだ。その行為を彼は「 ゲームだ 」と呼んでいる。
（４）ロレーンの目的は何だったか？ 映画を最後まで観れば、彼女がサッチェルであり、同時にMI6、KGBそれぞれのスパイを演じていたCIAの諜報員だったことがわかる。彼女はKGBからMI6に潜入した二重スパイだったのだ。「 鉄のカーテンに裂けめを入れるため 」（By ロレーン）にMI6の情報を大量に漏洩させ、同時にKGBの情報を入手、CIAの対ソ諜報戦に活用していた。彼女の本当の正体を知っていたのは、当然、CIA幹部エメット・カーツフェルドだけである。ちなみに、物語冒頭で殺されたガスコインはロレーンがサッチェルであることを知り、彼女に「 ソ連がサッチェルの正体を知っている。逃げるんだ 」と警告している（By ロレーンの夢の中）。もっとも、夢だから、実際にはガスコインは正体を知らなかった可能性も否定できない。
ロレーンには当初、パーシヴァル殺害の予定はなかったかも知れない。フランス諜報員・ラサールを彼が殺したことと、彼が機密リストによって彼女の正体がサッチェルと知ったため、彼を殺してサッチェルに偽装することに切り替えたのではないだろうか。この映画で一番ショッキングなのは、「 サッチェル＝ロレーン 」がパーシヴァルを殺害し、二重スパイの濡れ衣を着せたことだ。物語の展開上、パーシヴァルが裏切者に見えてしまうが、MI6にとっての「 本当の裏切者 」はロレーンなのである。
反対に、MI6での報告の3日後、パリでKGBのブレモビッチに会った時は最初から彼を殺害する予定だった。これはパーシヴァルがブレモビッチに彼女の正体を「 二重スパイ 」であると明かしていなかったとしても、殺害していただろう。理由は簡単だ。KGBでの活動が終った以上、自分を知るブレモビッチの存在は邪魔だったからだ。ルームサービスに扮したメルケルが部屋に運んだシャンパンの氷の中に拳銃が隠されていたことと、彼女がブレモビッチ達を殺害したあとに遺体処理するクリーナー（清掃係）が廊下に待機していたことからも明らかである。
パーシヴァル、ブレモビッチなどを顔色ひとつ変えずに殺害するロレーンだが、彼女は闇雲に人を殺しているわけではない。物語の中で多くの東西諜報員を殺害してはいても、警官達は一人も殺していない。ただ、昏倒させているだけだ。諜報員も昏倒している場合は止めを刺さずに立ち去っている。ほとんどのシーンで無表情なロレーンも、フランス諜報員・ラサールが殺害された現場とスパイグラスが絶命したシーンでは感情の動きを見せている。冷徹なロレーンの、ごくわずかな人間的な温かみに救われる思いがする。
ベルリンの壁崩壊がもう少し早まっていたら、ガスコインをはじめ、スパイグラス、ラサール、パーシヴァル、ブレモビッチなど彼らは少なくとも、この事件で死ぬことはなかった。諜報の世界は非情である。
ロレーンは言う。「 この世界に足を踏み入れた以上、結末はひとつしかない 」 その意味は「 いつか、誰かに殺される。でも、今日ではない 」ということだ。
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