八大龍王伝説
【575 知将対決(五) 〜緊急軍議〜】
〔本編〕
「やはり将軍位の指揮官か!」
シェーレのため息にも似た静かな独語であった。
「……オフサルマーパン将軍は五十代の将軍で、攻守にわたり手堅い用兵が持ち味の優秀な将軍だ。聖皇国は大国であるため、二百五十人規模を指揮する大隊長の上に、小官、中官、大官という位がある。小官が千人、中官が三千人、大官が五、六千人を指揮する。
むろん、兵数によって配置されたりしなかったりする位ではあるが、その上の将軍位であれば、少なく見積もって八千人以上は指揮するのが、聖皇国における一般的な将軍位である。
しかし、クムルヲー殿を討ち取ったモルタバラ将軍を始めとして、クムルヲー殿の前面に偶然居合わせたとされるレーヴ将軍、クムルヲー殿を密かに追撃したオフサルマーパン将軍、三将軍がそろいもそろって、将軍位の者が指揮する兵数とは考えにくい隊を指揮している。
これは、本来であればあり得ない事柄であるが、ただ、ある一つの目的を遂行するということであれば、合点がいくことである!」
「クムルヲー様の部隊を全滅させるためということでありますか?」
「いや! クムルヲー殿お一人を倒すという目的のためだ!!」
シェーレが導き出した衝撃の結論であった。
「まさか!……」
これにはトリーブも二の句が発せられなかった。
「シェーレ様! それは考え過ぎというものであります。いくら、クムルヲー様が優秀とは言え、一国家であるカルガス國の一将軍に過ぎません。今、聖皇国は八の国家連合軍と戦っているのです。
聖皇国の全ての兵が総動員されて、指揮官の人材不足に陥り、たまたまクムルヲー様の部隊の周りに三人の将軍が揃ってしまったということではないでしょうか?
兵の数についても、総動員しても、それだけ聖皇国の兵が激減しているということではないですか?! 一将軍に千に満たない兵しか預けられない程に……」
「いや! 逆に人材不足に陥っているのであれば、将軍一人は貴重な人材である。一般兵はいくら犠牲にしても、将軍位の人物は、宝玉の如く、貴重に扱うはずだ。少ない兵を指揮させるなど、そのような愚かな使い方は基本ない。
特に、現在、聖皇の信任を最も得ているダードムス将軍は、政略戦略に優れて人物。そのような人物が中心にいる国家が、最前線とはいえ、そのような場当たり的な将軍の使い方を許すはずがない。
今は国家全体が総動員で当たる國の興亡にかかる戦いの時であるので、これは、やはりクムルヲー殿お一人を害するための深慮遠謀の策であったに違いない。
確か、アグロクティマ城に援軍として派遣された将軍の名はロンドブルーと……。彼は、ダードムス将軍が地方領主時代に、軍事を担当していた指揮官であると思われる。
メイラン! すぐに王と重臣の皆様を招集して下さい。緊急軍議を開きます! 手遅れにならないうちに……」
シェーレのこの言葉に、メイランだけでなくトリーブもその場から走り出していた。
シェーレが、トリーブからクムルヲーの死の報告を聞き終わって、わずか一時間後、ナゾレク・エクサーズの王宮の間に、カルガス、クルックス、フルーメスの各国の王たちが集まっていた。
カルガス國のフラル姫と重臣のソジラールセン。
クルックス共和国は、林の麗姫と重臣のサクララサイタ。
フルーメス王国からは、ヘルマン王。
後、現在、聖皇国宰相ザッドの籠るヘルテン・シュロスを包囲中であるゴンク帝國スーコルプアーサー帝王の代理の者と、ジュリス王国イデアーレ将軍の代理の者、そして、バルナート帝國朱雀騎士団軍団長バーフェムの代理の者といった面々であった。
さらに、大陸東方連合軍には直接兵を出していないミケルクスド國も、調整役の人物を派遣し、この軍議に出席しているので、今、この場にシェーレを含めると、八カ国連合全ての國の人物が一堂に会していることになる。
「王の方々を始め、ここにお集まりの各国の要人の皆様には、既に参集前に、簡単ではありますが、カルガス國クムルヲー殿戦死の顛末をお伝えいたしました。しかしながらその概略のみでは、このシェーレが緊急に皆様を集めた理由が分からないと思われます。その件につきまして、私の口から説明いたします」
シェーレのこの発声で、軍議が始まった。
「……確かに一國の将軍の死で、各国の王を始め重臣を一堂に集めての緊急軍議とは、普通ではないな。それほど、切羽詰まった事態なのか?! シェーレ殿!」
集まった者の中で最年長のクルックス共和国のサクララサイタが、シェーレに尋ねた。
「はい! 皆様におかれましては、クムルヲー殿戦死の顛末だけではご納得がいかず、質問したいことが山ほどあると思われます。しかしながら申し訳ございませんが、その質問一つ一つに答えを割いている時は全くないぐらい、切羽詰まった事態であり、すぐにでも戦略を一から練り直す状況に置かれております。
どうか、私の話を全て聞いた上で、皆さまが私の思い過ごしと感じられた場合は、いくらでも質問、苦情、意見をお伺いいたします! それまでは、一切の私の話の中断をご遠慮いただきたいと願います」
「うむ。分かった! 他ならぬシェーレ殿が、緊急と考えておるのならば、それは最優先すべき事柄だ。存分に語ってもらいたい! その間は誰も話の腰を折らない! 全てを語り終えた後は、思いっきり質問をさせてもらうかもしれないがな! 一同、それでよろしいな!」
最年長で人格者であるサクララサイタのこの言葉に、一同が大きく頷いた。
実は、これについてはナゾレク・エクサーズに既にいたサクララサイタに、シェーレが先ず会って、依頼をした事柄であった。
それに対し、サクララサイタは、わけも聞かず快く承諾した。
最長老のサクララサイタに、最初にそう切り出されては、誰も途中でシェーレの話を遮って、質問は出来ないものである。
「サクララサイタ様。そして、ご一同様。ありがとうございます。それでは先ず、クムルヲー殿が戦死された時に、それに関わっていた聖皇国の指揮官についてお話いたします。その件(くだり)から、クムルヲー殿の戦死が偶然の産物でないことが、ご理解いただけると思います」
〔参考 用語集〕
(神名・人名等)
イデアーレ(ジュリス王国の将軍。ユンルグッホ王の叔父)
オフサルマーパン(ソルトルムンク聖皇国の将軍)
クムルヲー(ヲーサイトル十将の一人)
サクララサイタ(林の麗姫の重臣の一人)
ザッド(ソルトルムンク聖皇国の宰相。黒宰相)
シェーレ(元ナゾレク地方領主。ヴェルト八か国連合東方戦線の指揮官の一人)
スーコルプアーサー帝王(ゴンク帝國の帝王)
ソジラールセン(カルガス國五賢臣の一人)
ダードムス(ソルトルムンク聖皇国の碧牛将軍。聖皇の片腕的存在)
トリーブ(クムルヲーの腹心)
バーフェム(バルナート帝國四神兵団の一つ朱雀騎士団の軍団長)
林の麗姫(共和の四主の一人)
フラル姫(カルガス國の姫)
ヘルマン王(フルーメス王国の王。ヅタトロ元王の子)
メイラン(元シェーレウィヒトライン三精女の一人)
モルタバラ(ソルトルムンク聖皇国の将軍)
レーヴ(ソルトルムンク聖皇国の将軍。六大将軍クーロの末裔)
ロンドブルー(ダードムスの腹心の部下。将軍)
(国名)
ヴェルト大陸(この物語の舞台となる大陸)
ソルトルムンク聖皇国(龍王暦一〇五七年にソルトルムンク聖王国から改名した國。大陸中央部から南西に広がる超大国)
バルナート帝國(北の強国。第七龍王摩那斯(マナシ)の建国した國。金の産地)
カルガス國(北東の中堅国。第六龍王阿那婆達多(アナバタツタ)の建国した國)
ミケルクスド國(西の小国。第五龍王徳叉迦(トクシャカ)の建国した國。飛竜の産地)
クルックス共和国(南東の小国。第四龍王和修吉(ワシュウキツ)の建国した國。唯一の共和制国家。大地が肥沃)
ゴンク帝國(南東の小国。第三龍王沙伽羅(シャカラ)の建国した國。ドラゴンの産地。『城塞帝國』の異名を持つ)
フルーメス王国(南の弱小国であり島国。第二龍王跋難陀(バツナンダ)の建国した國)
ジュリス王国(北西の小国。第一龍王難陀(ナンダ)の建国した國。馬(ホース)の産地)
(地名)
アグロクティマ城(アグロクティマ地方の主力の城)
ナゾレク・エクサーズ(元カルガス國の首都であり王城)
ヘルテン・シュロス(元ゴンク帝國の帝都であり王城)
(その他)
朱雀騎士団(バルナート帝國四神兵団の一つ)
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