八大龍王伝説
【567 金竜将軍マクスール(後)】
〔本編〕
五月二八日未明。金竜軍マクスール将軍の仮の寝所が、百の軍勢に包囲された。
巨大な戦斧を握って寝所から現れたマクスール将軍を包囲していた軍勢は、金竜軍の精鋭部隊の竜騎兵(ドラゴンナイト)であった。
その包囲軍の中に金竜軍の副官であるニルヴァーシュとツイグールの二人の姿もあった。
「ニルヴァーシュ! ツイグール! これはどういうことだ!」
マクスール将軍が巨大な戦斧を片手で掲げ、大声で吠えた。
その猛将の声に、金竜軍の精鋭たちですら、恐怖に身体が硬直するのを覚えた。
「マクスール将軍!」
その戦意喪失の空気を吹き飛ばすように、小柄なニルヴァーシュが応じた。
背丈は百六十センチに満たないニルヴァーシュであったが、声の大きさはマクスール将軍に負けていなかった。
「将軍が人であられたなら、諫言によって、今回の軍の東進をお引止めするつもりでありました。
しかしながら、将軍が蟲に操られているという事実を知ってしまいました。それであれば、軍の東進と、将軍の今の境遇をお救いする術は、将軍の体内に巣食う蟲を退治する以外にございません!
むろん我らに、将軍の身体の蟲のみを退治する手はございません! 従いまして、将軍の肉体共々葬る形となります。マクスール様のお命を遺憾ではありますが、奪う形となります。
マクスール様の魂はここでお救いさせていただく所存で、皆、覚悟を決めて参りました!」
「お覚悟!」
ニルヴァーシュの言葉で、勇気を得た一人の竜騎兵が、マクスール目がけて突進し、大きな槍でマクスールの巨躯を刺し貫こうとした。
それに対し、マクスールは巨大な戦斧で、自分に突き出された槍ごと、その兵の胴を真二つにした。
そして、空いている左手で、その兵の乗っていた小型竜(ドラゴネット)ののど元を鷲掴みにし、次の瞬間、ドラゴネットの首をへし折ったのである。
「あれは人の技ではない! 弓兵! マクスール様の腕を射抜け!」
副官ツイグールの指令に、最強の弓兵である竜弓兵(ドラゴンスナイパー)と、飛竜弓兵(ワイヴァーンハンター)達は、一斉にマクスール目がけて矢を射かけた。
最強の弓兵たちの矢は、マクスールの腕や首筋、そして右目に突き刺さったが、マクスールは全く意に介さず、包囲している兵に突進していった。
「腕の腱を射抜かれても戦斧を握ったままとは……。また、首筋や右目の矢傷にも何ら怯む素振りすらないとは……。確かにマクスール様は、既に魔の手先であられる!」
ニルヴァーシュがそう呟いている間(ま)に、二十人近くの兵がマクスールの戦斧の餌食となっていた。
「無理に付き合うな! 守りを徹し、包囲の陣形は維持せよ! マカキ殿、今のうちに……」
「分かりました!」
ニルヴァーシュの言葉にマカキと白い装束に身を包んだ十人ほどが、何やら呪を唱え始めた。
マカキとその白装束の一団は、皆、大判の書を右手に持っており、マカキ達が呪を唱え始めて、みるみるマクスールの動きが鈍くなっていった。
「グッ! どういうことだ! 身体が自由に動かない!!」
マクスールの口から漏れた言葉。
マクスールは力任せに動こうと抵抗しているが、やがて足の力も失い、その場にうつ伏せに崩れ落ち、今は痙攣(けいれん)のような小刻みな動きだけであった。
「近づくな! ウィザードの炎で仕留めろ!!」
倒れたマクスールに殺到しようとしている竜騎兵(ドラゴンナイト)たちを言葉で制したニルヴァーシュの指示に従い、魔兵(ウィザード)の杖から発せられた炎が、瞬く間にマクスールの身体を焼き尽くした。
最後にマクスールの背中から、大人の掌(てのひら)サイズの塊が飛び出したが、それも直ぐに魔兵の炎の餌食となり、黒焦げになって地面に落下した。
「これが蟲! マクスール様を操っていた元凶がこれか!!」
ツイグールの呟きの通り、そこには真っ黒になった芋虫のような形で、二十本ほどの細い足を持ったモノが死んでいた。
ツイグールはそれに近づくと、足で丹念に踏みつぶした。
「よし! 全て終わった。マクスール様の魂もこれで救われる。金竜軍もここから進路を北上に変更し、王城マルシャース・グールにおわすジュルリフォン聖皇陛下の兵と合流する!」
ニルヴァーシュが大声でそう宣言した。
「しかし、驚きました!」
本陣に戻りながら、ツイグールがマカキに話しかけた。
「マカキ殿は、単なるダードムス様の伝令役とばかり思っておりましたが、なかなか……。魔に魅入られていたマクスール将軍の動きを呪によって封じ込めるとは……。失礼ながら、魔兵として相当な段階(ランク)の方でいらっしゃいますか……?」
ツイグールはニヤニヤしていた。
「やはりツイグール殿は、私を第一段階(ファーストランク)の兵(ポーン)か何かと思っていたようでありますな!」
それに対して、マカキも苦笑いを返しながら応じた。
「私はこう見えましても、最終段階(トップランク)の僧正(ビショップ)であります。それでも、マクスール殿を封じることができたのは、我ら、ビショップの呪(じゅ)の力だけではありません。
マクスール殿が三日間吸い続けられていた魔香に、我らの術に反応する聖なる粉をあらかじめ混ぜてありました。既にマクスール様の身体の中にそれが充満していたため、我らの呪で封じることが出来たわけです。
私は、元々ダードムス様が地方領主をされていたミロイムス地方の教会を統括する僧侶でありました。ダードムス様は、今回の事情を想定されて私を伝令役にされたのだと思われます。今回、私と共に派遣されたビショップたちは、皆、ミロイムス地方にある十五の教会の主教たちにあたります」
「成程! それでは皆々様はミロイムス地方にある十五の教会の主(トップ)にあたる方々なのですか! それはすごい面々ですね。……それで、マカキ殿はその教会の主教のお一人にでもお仕えされている僧であられますかな?」
「ツイグール殿! 私をいつまでもおからかいになるのですか? 私はこう見えて二十年、ビショップなのです!」
「それはすごい! 二十年間でビショップの地位にまで昇られましたか! それは、お早いランクアップですなぁ〜」
「私は、第一段階の魔兵(マジックポーン)から五年で僧侶(ビショップ)になりました! ビショップになってから二十年の歳月が経ったということです。既にビショップの位(クラス)で、レベル二十五であります!
ちなみに、私の役職はミロイムス地方の十五の教会を取りまとめている大司教であります。あるいは、ツイグール殿より年齢も上かも……! もう少し年長者を敬う姿勢を私にもしていただきたいものでありますな!」
さすがにこのマカキの言葉に、ツイグールも頭をかきながら謝した。
「申し訳ございませんでした。マカキ様が、そのような優秀な方であったとは露(つゆ)知らず。最終段階(トップランク)で、レベル二十五のビショップは、今まで存じ上げておりませんでした! ヴェルトの千年の歴史の中でもトップランクでレベル三十に至った者は、二十人に満たないとか。そのような偉大な司教様と親しくお話いただけるとは……。このツイグール、これほどの喜びはございません!」
「ツイグール殿はどこまでも人が食えないお人ですな! ……しかしそのようなツイグール殿も、なかなかのレベルではございませんか? 勢いだけで、金竜軍の副官など出来るものではありませんから……」
「いえいえ、私なんぞ、最終段階である竜騎兵(ドラゴンナイト)で、レベルはまだ二十二であります。もう二十五年もドラゴンナイトであるのに……。いつも昔からの戦友であるニルヴァーシュと比べられて辛いです。
……あいつは今、二十年でレベル二十九のドラゴンナイト……。レベル三十の大台も時の問題なのでしょう」
この瞬間だけ、ツイグールは本当に悔しそうであった。
〔参考 用語集〕
(神名・人名等)
ジュルリフォン聖皇(ソルトルムンク聖皇国の初代聖皇。正体は八大童子の一人清浄比丘)
ダードムス(ソルトルムンク聖皇国の碧牛将軍。聖皇の片腕的存在)
ツイグール(金竜軍の副官)
ニルヴァーシュ(金竜軍の副官)
マカキ(ダードムスの家臣)
マクスール(ソルトルムンク聖皇国の金竜将軍)
(国名)
ヴェルト大陸(この物語の舞台となる大陸)
ソルトルムンク聖皇国(龍王暦一〇五七年にソルトルムンク聖王国から改名した國)
(地名)
マルシャース・グール(ソルトルムンク聖皇国の首都であり王城)
ミロイムス地方(ソルトルムンク聖皇国南西部の地)
(兵種名)
第一段階(兵の習熟度の称号の一つ。一番下のランク。ファーストランクとも言う)
最終段階(兵の習熟度の称号の一つ。一番上のランク。この称号を与える権限は國の王のみが持つ。トップランクとも言う)
ポーン(第一段階の兵の総称)
マジックポーン(第一段階の魔兵)
ドラゴンナイト(最終段階の小型竜に騎乗する騎兵。竜騎兵とも言う)
ドラゴンスナイパー(最終段階の小型竜に騎乗する重装備の弓兵。竜弓兵(りゅうきゅうへい)とも言う)
ワイヴァーンハンター(最終段階の飛竜に騎乗する軽装備の弓兵。飛竜弓兵(ひりゅうきゅうへい)とも言う)
ビショップ(最終段階の魔兵。白魔法と黒魔法の両方に精通している兵。いわゆる『僧正』)
ウィザード(最終段階の魔兵。黒魔法に精通している兵。いわゆる『魔法使い』)
(竜名)
ドラゴネット(十六竜の一種。人が神から乗用を許された竜。『小型竜』とも言う)
(その他)
金竜軍(ソルトルムンク聖皇国七聖軍の一つ。マクスールが将軍)
副官(将軍位の次席)
蟲(魔界六将の一人ラハブが操る使い魔。人や神に入り込み、内部からその者を操る術を持つモノ)
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