八大龍王伝説
【555 ジュリスのイデアーレ】
〔本編〕
「初めてお目にかかります。私は、ジュリス王国のイデアーレと申します。スーコルプ殿! ……いや、スーコルプアーサー帝王陛下! よくぞご決断されました。ゴンク帝國の再興の件は、このイデアーレにお任せ下さい!」
ミケルクスドのイーゲル・ファンタムで、ガイエルの謀反が未然に塞がれた三月二二日の翌日にあたる二三日の夜半。
元ゴンク帝國領内において、スーコルプ改めスーコルプアーサーはリュカオンの勧めで一人の人物と対面していた。
「ジュリスのイデアーレと言えば、ジュリスの現王の叔父でありながら、聖皇国のザッドに与(くみ)したと噂されている奴ではないか! リュカオン! 俺を嵌(は)めたのか!!」
「陛下! 落ち着いて下さい! 爺は何ら陛下に偽りを申しておりません。イデアーレ殿は、宰相ザッドに与した人物ではございません!」
スーコルプアーサー帝王の大声を制するように、リュカオンが静かに呟いた。
「まあ、その噂も仕方ありませんな。実際に私は、ザッドと何度も密談を重ね、ザッド陣営に寝返ったふりをいたしておりましたので……」
イデアーレも笑いながら、そのような言葉を発した。
「えっ! イデアーレとジュリス王国が、偽皇国側に加担するというのは嘘なのか! しかし、お前の軍勢は、このゴンク帝國領であったヒールテンとロモモテンの二つの地方を、ミケルクスド國とバルナート帝國から奪ったではないか!」
「それはあくまでもザッドを信頼させるための嘘(フェイク)です。この二地方の奪取につきましては、ラムシェル王、ネグロハルト帝王に事前に知らせた上で実行に移しました。
なぜなら、バルナート帝國領のロモモテン地方については、バーフェム将軍が駐屯しているため特に問題はありませんでしたが、ミケルクスド國領のヒールテン地方は、領主でありましたユングフラ姫とその兵たちは全てグラフ将軍達救出(【顛末】を参照)で出払っており、完全な空白地帯となっておりました。
このままでは、ザッド率いる聖皇国の兵が、ヒールテン地方に侵攻するのは時間の問題でありました。よって、先手をうって、私がヒールテン地方を強襲したのであります。
これで、ザッドが味方と考えている私の領土となったわけでありますから、ザッドも手を出すことが出来ません。ザッドを信頼させ、さらにロモモテン地方が聖皇国の手に渡るのを防ぐため、同じようにロモモテン地方も私がバルナート帝國から奪取したという体裁(ていさい)にいたしました。
そうでなければ、いくら奇襲とは言え、バルナート帝国の四神兵団の一つ朱雀騎士団があっさりと敗れるわけがありません」
「成程! ……いや、イデアーレ殿。先ほどまでの暴言を許していただきたい!」
「いえいえ、お味方が敵と思うくらいでなければ、あのザッドを出し抜くことは無理なので……。先ほどの私への暴言は、むしろ陛下からの最大の賛辞と受け取っております」
イデアーレのこの飄飄(ひょうひょう)とした物言いに、スーコルプアーサーは深く感嘆した。
“成程! このぐらいの人物でなければ、聖皇国の黒宰相ザッドは、騙せないか! 実際、ザッドへの裏切りが本当であったか、今、イデアーレ殿がおっしゃったように偽りなのかは、今となっては判明しようもない! 少なくとも俺には出来ない芸当であることは間違いない!”
さらに翌日、三月二四日明け方。
元ゴンク帝國領で、現在はソルトルムンク聖皇国の領土であるヘルテン地方並びにフエテン地方は、二万を超える軍勢の襲撃を受けた。
軍勢の正体は、元ゴンク帝國領の残り三地方を手中に治めているジュリス王国の軍であった。
その軍の司令官は、ジュリス王国の王の叔父にあたるイデアーレ将軍。元ゴンク帝國領の地方長官を務める者である。
現在、元ゴンク帝國領に駐留するソルトルムンク聖皇国の兵は黒蛇軍の留守番兵二千と、ヘルテン・シュロスの守備兵三百余であった。
十倍近い軍勢による計画された襲撃を前に、聖皇国の兵は一方的に討ち取られ、襲撃より四時間後の正午過ぎには、大勢が決した。
黒蛇軍は、グロイアス将軍が、ツイン地方へ遠征中ということもあり、二千の兵のうち、戦死者が三百、投降者が七百、残りの千は、元ゴンク帝國領から逃亡したのであった。
司令官のイデアーレ将軍は、投降した七百の兵を全て解放し、元ゴンク帝國領から立ち去らせた。
その際、投降した黒蛇の兵を、元ゴンク帝國領の西でなく、北に解放したところにイデアーレ将軍の底意地の悪さが伺える。
元ゴンク帝國領の北側は、今は聖皇国の領土ではあるが、元々はクルックス共和国領であった。
そこには当然、黒蛇軍によって壊滅させられた元クルックス共和国の土地が広がり、元クルックス共和国の民が住んでいる。
さらに今は、カルガス、クルックス、フルーメスの三國の残党軍が蜂起し、元カルガス國並びに元クルックス共和国の領土の方々(ほうぼう)で、それに呼応するように両国の民が、聖皇国に対して反乱を起こしている。
そのような只中(ただなか)に黒蛇の兵が、無防備状態で解放されたのである。
同じくイデアーレ将軍は、元ゴンク帝國領侵攻の際、二万の三割にあたる六千の兵で、元ゴンク帝國から西側に続く退路を意図的に全て封鎖した。
それによって、元ゴンク帝國領から脱出した黒蛇の千の兵も全て、元クルックス共和国領に逃れるしか術が無かった。
結果はあえて語る必要がないと思われるが、黒蛇の兵は、彼らを深く憎み、切り刻んで殺しても飽き足らない元クルックス共和国の民の中に放り込まれたようなものであった。
おそらくは、イデアーレ将軍の兵によって殺された三百の黒蛇兵が、一番苦しまずに死んだのかもしれない。
いずれにせよこれで、元ゴンク帝國領内でソルトルムンク聖皇国領は、元ゴンク帝國帝都のヘルテン・シュロスのみとなった。
『堅き城』の異名を持ち難攻不落と呼ばれた城が、皮肉にも三度目の落城の憂き目に遭遇しようとしていた。
ヘルテン・シュロス自体は、確かに十万の兵を収容できる直径十キロに及ぶ巨大な城であるが、逆に大きすぎて、少数の兵で守るには、持ち場が多すぎる。
実際に最初の落城であったバルナート帝國朱雀騎士団による奇襲では、奇襲の見事さも当然ではあるが、ゴンク帝國側は、二千の帝都常駐兵に、急遽入城できた三、四千の兵を加えた五、六千の兵をもってしても、守り切ることができなかった。
むろんこの時は、急遽入城した三、四千の兵が、いきなり中に常駐している二千の兵とうまく連携できるはずもないが、それでもヘルテン・シュロスを守るには、連携が密に出来る兵が最低でも五千、交替兵も含めて完全に守るのであれば、一万の兵は必要と考えられる。
そう考えると、ヘルテン・シュロスに籠るザッドの周りに今は三百の兵しかおらず、ヘルテン・シュロス内に住んでいる一般民を当てにできるとも思えない。
ここに至りザッドの命運はついに尽きたかに見えた。
ザッドが人であるという前提の結論ではあるが……。
〔参考 用語集〕
(神名・人名等)
イデアーレ(ジュリス王国の将軍。ユンルグッホ王の叔父)
ガイエル(ラムシェル王の家臣。故人)
グラフ(正統ソルトルムンク聖王国の六将の一人)
ザッド(ソルトルムンク聖皇国の宰相。黒宰相)
スーコルプ(ゴンク帝國の地下組織の頭。今のスーコルプアーサー帝王)
スーコルプアーサー帝王(ゴンク帝國の帝王)
ネグロハルト帝王(バルナート帝國の帝王)
バーフェム(バルナート帝國四神兵団の一つ朱雀騎士団の軍団長)
ユングフラ(ラムシェル王の妹。当代三佳人の一人。姫将軍の異名をもつ)
ラムシェル王(ミケルクスド國の王。四賢帝の一人)
リュカオン(元ゴンク帝國の副王)
(国名)
ヴェルト大陸(この物語の舞台となる大陸)
ソルトルムンク聖皇国(龍王暦一〇五七年にソルトルムンク聖王国から改名した國)
偽皇国(ソルトルムンク聖皇国のこと)
バルナート帝國(北の強国。第七龍王摩那斯(マナシ)の建国した國。金の産地)
カルガス國(北東の中堅国。第六龍王阿那婆達多(アナバタツタ)の建国した國)
ミケルクスド國(西の小国。第五龍王徳叉迦(トクシャカ)の建国した國。飛竜の産地)
クルックス共和国(南東の小国。第四龍王和修吉(ワシュウキツ)の建国した國。唯一の共和制国家。大地が肥沃)
ゴンク帝國(南の超弱小国。第三龍王沙伽羅(シャカラ)の建国した國。滅亡)
フルーメス王国(南の弱小国であり島国。第二龍王跋難陀(バツナンダ)の建国した國)
ジュリス王国(北西の小国。第一龍王難陀(ナンダ)の建国した國。馬(ホース)の産地)
(地名)
イーゲル・ファンタム(ミケルクスド國の首都であり王城)
ツイン地方(ヴェルト大陸最南端の地方)
ヒールテン地方(元ゴンク帝國の一地方)
フエテン地方(元ゴンク帝國の一地域)
ヘルテン・シュロス(元ゴンク帝國の帝都であり王城。別名『堅き城』)
ヘルテン地方(元ゴンク帝國の一地域)
ロモモテン地方(元ゴンク帝國の一地方)
(その他)
黒蛇軍(ソルトルムンク聖皇国七聖軍の一つ。グロイアスが将軍)
四神兵団(バルナート帝國軍の軍団の総称。白虎騎士団、朱雀騎士団、青龍兵団、玄武兵団の四つに分かれる)
朱雀騎士団(バルナート帝國四神兵団の一つ)
【顛末】
グラフ将軍達救出(【418 歴史の蠢動】の後半以降を参照)
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