完全にお門違いというか論点がズレ始めている。
ネタを取るために取材に女性を送り込んで
その親密さや性的魅力を利用して取材を進めようとしているのだとしたら
まずそれを排除すべきであり
男社会だからどうの、女社会だからどうの、というのであれば
女性スポーツや女性問題の取材に男性記者が訪れても
同じ結果が得られるように女性問題活動家自身も啓蒙されるべきだ。
こういった論点のすり替えを行っても
自ら気付こうとしないで
感情論で「あれも、これも、わたしも(me too)」と
やる手法自体がナンセンス極まりない。
それでも問題の根幹にかなり一方的な
「男性が女性に対して行う」という傾向が強くある事に対しては
しつかりと目を背けないで居たい。
今回のセクハラ問題のポイントは
●元からそういう行動が繰り返されていた官僚高官が存在していた
→多かれ少なかれ、意識の低さから今日日問題視される行動を、気にせず繰り返す官僚が多数存在しているのは事実かも知れないが。。。
●その存在と問題行動は多くの人が認識していた
→「me,too」という事は、他の報道機関の女性記者も被害を受けても自社で報道する事をしなかったという事だ
●その問題行動を誰も指弾しなかった
→テレビ朝日だけではなく、他の報道機関でも同様に「セクハラを受けてでも、ギリギリのところで取材してこい」と現場記者を使っていたのでは?
●直接被害を受けていた女性記者が居た
→今回のテレ朝記者が受けたセクハラと他のセクハラは同列のものかどうかは不明だが、具体的に個人が特定された上で追及されるわけだから、事実関係の究明が可能になった。
●その女性記者は自分の会社に報告した
→最大の問題はここではないか。
報告があったのに、取り合わなかった。
その理由が「二次被害」だとしたら、現在問われている「テレ朝のジャーナリズムって何だ?」というのは三次被害か?一番の問題はこれである。
一番最初の被害があった時に、このアクションがあって、会社が適正に対応する、と出来なかったことがこの問題の最大のポイントであろう
●その会社は報道機関であるにもかかわらず、自社媒体で報道しなかった
→当然だが、業務で臨んだ場で得たものを同業他社に流す、ということは報道機関として許される事かどうかは判断できないわけではないだろうから、「第三者」の介在が望ましい
こういう連なり方をしているのではないか。
だから、名乗りもしないで、自己都合で編集したテープが
世間に流出しただけでは
公的に判断する事も事実関係を調査する事も
本当は難しいのが分かっていて
このジャーナリズムの中枢にあって尚且つ直接被害者の彼女は
公開したわけだから、加害者側も混乱するのである。
全体像から見て
悪いのは「セクハラ行為そのもの」と
「起きるべき環境に送り込んだ人」と
「事実が確認されても黙殺した人」
ではないかと考える。
この「起きるべき環境に送り込んだ人」に
自発的に「執拗にセクハラ行為をする人に一対一で接触し、その模様を録音する」
というのは「捜査権のない囮捜査」をやっているのと同等じゃないかと
僕は思うのだ。
録音は普段からしているのなら別に構わないし
その時だけしていたのだとしても
録音時のセクハラ行為が問題なのではなくて
それまで積み重ねられた「常態化したセクハラ関係」が
露呈するのが問題なのだ。
これが性差の問題だろうか
犯罪だと感じるのなら、起きたことを握りつぶしたり
見えないところなら多少の悪さをしても構わないとする風潮が問題だと思わないか?
これって性差だろうか
■セクハラ問題「性差超え立ち向かおう」新聞労連女性集会
(朝日新聞デジタル - 04月22日 18:10)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=168&from=diary&id=5081829
日本新聞労働組合連合の全国女性集会が22日までの2日間、東京都内であり、記者として取材時などに受けたセクハラ被害を看過しないことや、被害の相談があった際は会社が適切な対応をすることを求めるアピール文を公表した。
アピール文は、テレビ朝日の女性社員に対する財務事務次官のセクハラ問題を受けたもの。被害を訴えている女性に連帯を示し、業界として取材時などのセクハラ行為を見過ごしがちだったとした上で、記者や会社に対し「私たちが無くしていかなければならないのは、セクハラ行為と、その加害者や行為を黙認する態度や組織だ。性差を超えて立ち向かおう」と呼びかけた。
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