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2018年01月31日04:32

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とある秋口の夜

ぼくは超自然現象やら占い、水だとかそんなのが意思を持っているだとかは信じていない方なのだが、それでも不思議を感じることがいくつかある。

それは若い頃、広島に住んでいたときの話、山深い一地方に行ったとき。

車の免許取り立てで、とりあえずどこにでも行ってみようと、そんなあてのない1人ドライブを楽しんでいたときの話。

広島の山々はウナギの寝床のような道が長く長く続く。

河べりに道がずっと続く、山深い地方だ。

昔々のホーロー看板などを見続けると旅気分でいっぱいになる。

時折みかける古びた民家レストランなどで、土地土地の話を聞きながら、土地の料理を食べながら、広島の県北へ深く深く車を走らせていた。

そしてところどころ、町営で立てられた古い古い温泉もある。

疲れたらそんなところに立ち寄ってひとっ風呂あび、眠くなった車に戻りシートを倒して寝ればいい。そんな気楽な旅だった。

食費を合わせても、日に2000−3000円あったら事足りる。楽しいドライブだった。

山陽地方の山々はとても広大だ。

何しろ山口から兵庫までにかかるとても長い山々が軒を連ねているのだ。

地方地方で特色があり、山のドライブは自分を心から楽しませてくれていた。

そんな折、住んだことも行ったこともない田舎に着いたときのこと。

「・・あれ、変だなあ・・ここにはいぜん住んでいたような記憶があるぞ。」

自分にそんな思いをさせる、壊れかけた古い古い民家があった。

もう人は住んでいなくて、農機具の置き場になっているけれど、そこにある竈だけがかろうじてそこが遙か昔民家だったことを教えてくれている。

初めて見る家なのに、どこに厠があるのか、どこに押し入れがあるのか、皆分かる。

それと共に、甘くて切なくて、そしてとても懐かしい気分になった。

季節はもう夏の終わりかけの頃、夕方に近かった。
斜陽と共に蝉の鳴く声が聞こえている。

どうしてこのあばら屋でこんな気分になるんだろう?

免許を取って買ったばかりの車がむこうでアイドリングのブルブルブルブル・・という音を立てている。

ウィーンフオーン・・という音もなるので、

「・・ああ、そういえばエアコンかけっぱなしだった」

と思って車に戻ろうとした。

去ろうと思ったが、不思議なことがあるものだ、どうしても後ろ髪を引かれるような、そんな思いで、しばらくハンドルを握っていた。

どうしてもそのあばら屋を去ることができないのだ。

「・・まあいいや。しばらく休みだし。ここで寝んでいくか。」

そう思ってその日はそのあばらの横で車中泊をすることにした。

車の中には米軍用のポンチョライナー(毛布に近い)それとお茶のペットボトルがある。

月明かりに照らされて、山の闇に車とその中の自分はどんどん包まれていった。

しかしその夜、自分はとても不思議な夢を見た。

自分はときおりとてもリアルな夢を見ることがあるのだが、その夜もそんな夢だった。

自分は昔、とても貧乏な、納屋に近い農家で、もらったばかりの嫁と暮らしていた。

貧寒とした土地を精一杯耕そうとしていた、1人の男だった。

若いせいもあって、昼は一生懸命畑を耕して、夜は若い女房の身体に夢中になった。

生活は幸せでもあったが、同時に、若い女房に引け目も感じていた。

畑仕事もいいようにはかどらない、それどころかせっかくできた作物も、熊や鹿があらわれて食い荒らされる。

こんな自分の嫁にせっかくなってくれたのに、どうやって報いればいいのだ。

雪が降り積もる冬などできることはほぼなくて、子供ができたらどうやって育てればいい。

そんな生活で、来たばかりの嫁にもろくなものが食わせられない。

そんなリアルな夢だった。

そんな夢の中、自分はある日の寝入りばな、決心して妻に出稼ぎに出る話をした。

どこか稼ぎがいい遠い街があって、そこに働きに出るという話だったかと思う。

「・・金も入るんじゃけえ・・ええ着物もこうてやることができるけえ・・算術も習えるいうことじゃし。」

妻にそういうと、妻は驚いて、首を横に振った。

「・・うちゃ、そんなもんいらん。あんたとこうしておりゃええ。」

「・・そんなこと言うても、まわりの○○も、隣の○○も、もうここじゃ飯食えんゆうて、稼ぎにでてしもうた。冬だけ稼ぎにいくんじゃけえ・・の?」

そうは言っても妻は首を縦に振らず、

「・・お金なんていらん、こうしておればええじゃない・・・」

そういいながら、床でつぎはぎだらけの麻の着物をはだけた。

自分はそれ以上何も言わず、ただただ真っ白な妻の豊満な胸に顔を埋めるのみだった。

自分の微動と共に、声を上げる妻がただただ愛おしい、そんなことを考えている時に、急に目が覚めた。

汗をぐっしょりかいている。

どうしてだろう。涙が出ていた。

自分の吐息で車のガラスは露で光っている。
横のガラスを拭くと例のあばら屋が月明かりにうっすらと浮かび上がった。

「・・そうだ、俺はたぶんここに住んでいたんだ」

自分は車を開けて、そのあばら屋に近寄った。
時間はもう朝に近かった。

しばらく呆然としていると、後ろから声がかかった。

「・・あんたこんなところで何しよるんの?」

近所に住んでいるとおぼしき年老いた人が自分に話しかけてきた。

「・・・あ、いや、車で旅をしとるんですが、あなたの土地だったんですか、すいません、ついついこの横で車を停めて寝とりました。」

どうやら老人は農機具をそこのあばら屋から出す様子で、これから畑にでも出かけるつもりらしい。

後ろ姿で自分に

「早く帰れ」

とでも言っているようだ。

自分は怪しいものではないという意思を表明したくて、あたりさわりのない質問をした。

「・・・すいません、一晩ここで明かしたせいで、車のガソリンがもうないみたいなんですが・・ここらへんにガソリンスタンドはありませんか?」

老人はうさんくさげに

「・・・国道に出て北にむかやあ、スタンドがあるわい。そこは夜中でも朝でもあいとるけえ。」

「・・そうですか。」

とりつくしまがない。

自分が聞きたいのは、ここの家の曰くであった。

意を決して聞いてみる。

「・・ここの家はずいぶん古いみたいですね・・いったいいつ頃から建っているんですか?」

老人は少し顔色を変えた

「わしの生まれる前からハァあったよ。・・・ところであんたなんでそんなことを聞くんの?」

よそ者に対する老人の警戒感からか、老人は決して世間話ができるような雰囲気では無かった。

「・・ああ、すいません。」

自分は恐縮し辞して去ろうとすると老人は続けていった。

「・・こんなゲンのわりいとこ、はよう去にんさい・・」

自分はその場から去って、しばらく考えていた。

ゲンの悪いとことはどういう意味だろう。

広島の方便で

「げんがわりい」

とは、あまり歓迎されるものや場所ではないことを指す。

あの夢に続きがあったとしたら、たぶん自分は若い妻を後にして、出稼ぎに出てしまったに相違ない。

しかし、結果は悲劇に終わった。

どう悲劇に終わったのかはわからない。

人はごくたまに前世の記憶がある人がいるというが、それがこれだったのかどうか。

もしかしたら何かの小説やTVドラマの残滓が残っていたのかもしれない。

それにしても、あの匂いまで残っている夢はなんだったのか。

妻が竈にくべていた粥の匂い。

妻と共にした床の匂い。

妻の汗のほのかな匂いまでが、自分の鼻腔にいまだに残っている。

その場所を後にしても、しばらく涙が止まらなかった。

不思議なことに、後からそこの場所を調べても、杳としてその場所がしれなかった。

それならばと、もう一度車を飛ばしてそこに行こうとしても、どうしてもたどり着けない。

後から夢について色々調べたが、とある本で他人の記憶が自分の記憶となって夢に出ることがあるという。

もしかしたらそれなのか。

今となっては、そこに行ったことさえ夢であったのかどうか考える時がある。

本当に不思議な秋口の夜だった。
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