八大龍王伝説
【517 聖皇国滅亡の危機】
〔本編〕
このバルナート帝國による明確なソルトルムンク聖皇国との手切れ行為、特に今、聖皇国はミケルクスド國と交戦状態であるので、タイミングからミケルクスド國を援助しようとして軍を興すであろうという行為であり、それはつまり聖皇国に対する明確な宣戦布告とほぼ同じ意味合いである。
さらにここでバルナート帝國は、今の今までしっかり握っていた外交上の奥の手を用いたのであった。
ソルトルムンク聖王国聖王戴冠に必要不可欠である三種の神器が、バルナート帝國の帝都ドメルス・ラグーンに存在していることを内外に明らかにしたのである。
つまりは、龍王暦一〇五〇年にジュルリフォン聖王戴冠の儀式に使用した三種の神器が偽物であるということを示唆したのであった。
ただ、これだけでは、三種の神器の真偽について、聖皇国とバルナート帝國による水掛け論に終始するだけであったが、このバルナート帝國の宣戦布告及び奥の手である三種の神器の公開に対し、即、ミケルクスド國のラムシェル王が呼応したのである。
それが、いわゆるバルナート帝國のンドの国葬から四日後にあたる二月一八日のラムシェル王の王城においての民衆を前にしての演説である。
のちに『ヴェルトの宣言』と呼ばれる演説の内容については、既に語っているのでここでは割愛するが、要は偽皇国であるソルトルムンク聖皇国に対抗する勢力、正統王国であるソルトルムンク聖王国を含むヴェルト八カ国連合國軍の構築と、その連合國軍の偽皇国への宣戦布告宣言であった。
ここまでの一連の流れから鑑みて、明らかにバルナート帝國とミケルクスド國の動きは、連携されている。
その確たる証拠の一つが、バルナート帝國が、滅亡したカルガス、クルックス、フルーメスの三国の残党軍が、バルナート帝國領の海岸線から上陸するに際して、一切反応しなかったことである。
いや、黙認どころかむしろ積極的に残党軍の進軍を手助けし、さらに残党軍の動きを偽皇国に悟られないよう、情報封鎖まで積極的に行ったと考えるのが妥当であろう。
まだ、超巨大国家である偽皇国と直接敵対状態に入っていないバルナート帝國が、ここまではっきりと、それも積極的な形で偽皇国に対して敵対行動を起こしたということは、かなり公算の高い、……いやむしろ確たる勝算がなければ出来ないことである。
偽皇国に対して、戦わなければ滅亡しか選択肢がない小国のミケルクスド國と、ヴェルトの三分の一の領土を有し、ヴェルト一の強兵を持つ強国バルナート帝國とでは、偽皇国に対する宣戦布告の意味合いが全く異なるということである。
偽皇国と事を構えない限り、存続が可能なバルナート帝國が、敢えて偽皇国と戦端を開いたということは、繰り返しにはなるが、明確な勝算があるという証である。
そして実際の戦局は、偽皇国に対して日に日に不利になっていく。
バルナート帝國が国家の存亡をかけて、偽皇国に対し宣戦布告を決めた要因のもう一つが、偽皇国の知恵袋の黒宰相ザッドすら欺いたシェーレの遠謀である。
シェーレ自身の立場を考えるに、元はバルナート帝國の人間ではあるが、記憶喪失の青年ハクビであった八大龍王の一人である第三龍王沙伽羅(シャカラ)龍王の信任を得ており、さらにグラフ将軍を始め、多くの人々から信頼されている。
その上、聖皇国の七聖将のうち、金竜将軍に次ぐ第二位の銀狼将軍の地位を得たドンクの妻にもなった。
これだけを考えると、シェーレは聖皇国内において盤石の基盤を築いたように考えられるが、その中において一つ大きな懸念はあった。
「ナゾレク地方の地方領主であるシェーレが、いつから反旗を翻(ひるがえ)す積りであったかは、今のなっては判りかねますが、かなり前から用意周到に策を講じていたように思われます!」
「ザッドの専横が要因だな!」
碧牛将軍ダードムスの言葉に、ジュルリフォン聖皇がそう応じた。
「おっしゃる通りです!」
ダードムスが語り続ける。
「黒宰相ザッド閣下殿におかれましては、非常に頭は切れる方ではいらっしゃいますが、人としての温かみは皆無であるため、國の内外に敵が非常に多い。それはザッド閣下殿が、ご自身の利己を優先して聖皇国を運営しているためであり、その意にそぐわない者は、敵はもちろん、聖皇国の人間であっても、容赦なく切り捨てていく!
特にシェーレ殿は、グラフ将軍と共に、聖皇国の前身である聖王国の復活に貢献した方。つまり、親グラフ派であります。それは自然の流れで反ザッド派ということになります。それであれば、七聖将のドンク将軍の妻であろうとも、反ザッド派の夫ドンク将軍共々いつでも粛清される恐れがある。
実際にザッド閣下は、聖皇国の国家の功臣であられるグラフ殿、ンド殿、クレフティヒ殿のお三方を、自分と相反する主張の者というだけで、反逆の徒と仕立て上げてしまわれた。おそらく、シェーレ殿ほど聡明な人物であれば、グラフ将軍たちが逮捕される前から、そのような危惧は抱いており、それが、自分の身にいつでも起こりうる事柄であると認識していたと思われます。
さらに、シェーレ殿は元々バルナート帝國の人。黒宰相殿が、シェーレ殿を除こうとした場合の理屈など、何百通りと作ることが可能でありましょう。だからシェーレ殿は、あえてザッド閣下から自分を脅威の対象から外すため、一緒になったドンク将軍と別れ、一地方領主の地位に甘んじたのでありましょう。
それも元カルガス國の中心地のナゾレク地方という、あえて統治しにくい地方の領主となったのでしょう。噂にはなっておりましたが、当初、シェーレ殿は別の地方の領主を希望していて、それをザッド閣下が、嫌がらせでナゾレク地方を押し付けたようなようでしたが、それも今となれば、わざとシェーレ殿が別の地方を希望して、ザッド閣下が押し付けたように見せただけで、最初からナゾレク地方の地方領主の地位を狙っていたのかもしれません。
むろんこれは私の憶測ではありますが、カルガス、クルックス、フルーメスの三国の残党軍と共に反旗を翻すのに、ナゾレク地方ほど立地の良い場所はありませんので……」
「……」
「ここまで、我らザッド宰相閣下を手玉に取る程のシェーレ殿であれば、カルガス國滅亡の件については、その時のシェーレ殿の立場なども考えて、彼女が関わっている可能性は低いと思われますが、その後のクルックス共和国滅亡とフルーメス王国滅亡に関しての中心人物の偽の遺体を用意するなど数々の偽装工作については、シェーレ殿が中心となって関わっていると考えて間違いないでしょう。
そしてこの事実は、ミケルクスド國のラムシェル王も、バルナート帝國も全て知らされていたと考えるのが自然であります。
我が聖皇国は、他国を次々と吞み込み、ヴェルト大陸統一の道を着実に歩んでいるように見えて、その実、ラムシェル王とシェーレ殿を中心とした聖皇国打倒の包囲網が着々と構築されていたことに、全く気付けなかった道化の國ということになります!」
「……」
「聖皇陛下! これは下手すれば、ソルトルムンク聖皇国は滅亡します! どうか、その認識にお考えを切り替えていただきたいと願います!」
ダードムスの現状分析は、冷静であり、かつ残酷なほど現実を真正面から見据えていたのであった。
〔参考 用語集〕
(八大龍王名)
沙伽羅(シャカラ)龍王(ゴンク帝國を建国した第三龍王とその継承神の総称)
(神名・人名等)
グラフ(ソルトルムンク聖王国の将軍)
クレフティヒ(元ソルトルムンク聖王国の大臣)
ザッド(ソルトルムンク聖皇国の宰相。黒宰相)
シェーレ(ナゾレク地方の地方長官)
ジュルリフォン聖皇(ソルトルムンク聖皇国の初代聖皇)
ダードムス(ソルトルムンク聖皇国の碧牛将軍。聖皇の片腕的存在)
ドンク(ソルトルムンク聖皇国の銀狼将軍)
ハクビ(記憶を失っていた頃のシャカラ)
ラムシェル王(ミケルクスド國の王。四賢帝の一人)
ンド(元ソルトルムンク聖王国の老大臣。故人)
(国名)
ヴェルト大陸(この物語の舞台となる大陸)
ソルトルムンク聖皇国(龍王暦一〇五七年にソルトルムンク聖王国から改名した國)
偽皇国(ソルトルムンク聖皇国のこと)
ソルトルムンク聖王国(大陸中央部から南西に広がる超大国。第八龍王優鉢羅(ウバツラ)の建国した國)
正統王国(ソルトルムンク聖王国のこと)
バルナート帝國(北の強国。第七龍王摩那斯(マナシ)の建国した國。金の産地)
カルガス國(北東の中堅国。第六龍王阿那婆達多(アナバタツタ)の建国した國。滅亡)
ミケルクスド國(西の小国。第五龍王徳叉迦(トクシャカ)の建国した國。飛竜の産地)
クルックス共和国(南東の小国。第四龍王和修吉(ワシュウキツ)の建国した國。唯一の共和制国家。大地が肥沃。滅亡)
フルーメス王国(南の弱小国であり島国。第二龍王跋難陀(バツナンダ)の建国した國。滅亡)
(地名)
ドメルス・ラグーン(バルナート帝國の帝都であり王城)
ナゾレク地方(元カルガス國の王城のある地方)
(その他)
三種の神器(ソルトルムンク聖王国の聖王の証。「聖王の冠(ケーニヒ・クローネ)」、「聖王の杖(ケーニヒ・シュトック)」、「聖王の剣(ケーニヒ・シュヴェーアト)」の三つの宝物)
七聖将(七つの軍制度。ソルトルムンク聖皇国の軍制度)
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