毎年、新年の仕事始めの日に電車に乗ると
チラホラと「晴れ着」を着た女性が電車に乗っていて
良い匂いと華やかな見た目、そして周囲に何とも和やかな空気を与え
正月の風物詩、あるいはそういった季節感を醸し出してくれたものだった。
随分前にこの事には触れたが
それもこれも昔の話。
昔と言っても平成に入ってからだけれど。
男女共同参画社会の形成を望む僕としては
何故か女性だけがこの晴れ着イベントに積極的に参加していて、
男性はいつも通りか精々綺麗めのスーツを着る程度の参加に
不思議に思っていたものである。
何しろ、これは面倒であり、大変なのである。
あの仰々しい振袖を着用した女性が
どうやって会社の様式便所で用を足しているのか
食事の時はどうするのか
そもそも脱いだら着直せるのか、などなど
色々と勝手に想像しては不安に感じたりしたものである。
何かの番組で小倉智昭が
「もう、晴れ着なんて着るのを止めれば良い」
と、皆がうっすらと感じている事を言ってしまったから大変だ。
そうなのだ。晴れ着を着る必要性なんて
いつの間にか失われていて、
宣伝と刷り込みで
「成人式にのみ、着たい」と
思い込んでいるフワフワした婦女子が言っているだけなのである。
そろそろ成人式を迎える娘を持つ身としては
「そもそも、着たいのか?」
という質問を娘に投げかけたことがあるが
「その分お金をもらうか、別の欲しいものを買ってもらった方が良いような気がする」
という言葉があったくらいで
(それでも日が近づいて、周りが着ると言い始めたら変わるかも)
洗脳を受けるまでは
着物を敢えて着たいとは思わないのである。
そういうトレンドに流されやすいのは
洋の東西老いも若いも男女も問わず
よくある話ではあるが
売り手が仕掛けているビジネスである事が多い。
というよりも、生活に根付いていない「和服」を着る習慣自体が
某かセレモニーの時に限られている事で
かなり限定的であるという事だ。
父親の葬式を手配した経緯から感じたことであるが
葬式やお墓も実は必要なことではなくて
「そうしたい」
あるいは
「しなければならない」
という強迫観念に司られてやっていることも多いのである。
今回の件の被害者は無条件で大変気の毒なのであるが
このどこか悪意のある企業に勤め
最後は悪者の一味にされて野に放たれた従業員たちの心情も
見捨ててはおけないポイントである。
成人式もゲストが誰とか
講話がどうとか内容はともかく
僕はサッカーの試合と重なったので無条件で欠席を決め
下宿先から実家に帰る事はしなかったけれども
興味も関心も価値すらも感じていなかった。
20年以上前の一般的な若者からしてそうであるから
現代の若者の中でも肯定派が熱烈なのに対して
否定派がかなり冷ややかなのは推して知るべしと言ったところか
そういう訳であるから
悪意があったのか無かったのかは不明であるが
年明けまでに破綻が確定的であったその会社で
着物をレンタルして成人式に行く、という流れは
そもそも実現できなかったのではないだろうか
被害者の彼らがこれを事前に回避できたとすれば
先払いシステムの高額商品を購入する場合に
売る側の方が買う側と合意の上で
「不履行保険」を掛ける必要が要るんじゃないだろうか。
そうでもしないと悪意がどこにどういう経緯で働くのか
全く予想できないのだから。
例えば
今回はレンタル会社そのものに
対応の問題があったわけだが
そこを経由して支払われるものに関しては
全部先方に支払われていない可能性があったわけだ。
つまり、保険に入ったとしてもそれが「はれのひ」経由だったら
懐に納めて保険そのものの契約を結ばないケースだって
可能だという事だ。
もちろん、その場合は「破綻しない」ことが大前提であるが
もし、最終的に「取り込み詐欺」的な動きがあったとしたら
ここも疑ってかかるべきだろう
何しろ、どんな悪人だって
最初に罪を犯すまでは
無罪潔白なんだから
いきなりドロンしたらこういうことは可能になってくる。
着物を着たいという人は今でも多くいるだろう
着たい人はどんどん着たらいいと思う
悪いことではないし、今後も守られるべき文化の一つだと思う。
だけど
「●●の時だけ、着物着たい」
というのは
「初詣だけ車に乗って行きたい」
と言っているのとほぼ同じ次元であり
「だったら、普段から乗れよ。日常使いするんなら車買うか?」
となるんじゃないだろうか
結婚式のドレスですら
「まぁ、本人がしたいというのなら仕方ない」
と思うけれども
男女共同参画社会の実現を目指す僕としては
「その代わり、自分で稼いで着ろよ」
という事も忘れたくない。
自分で稼いだお金の使い道なら
こんな贅沢で危うい使い方なんか
絶対にしないと思うのだ
如何だろうか
違う風に思う人もいるだろうし
稼ぎが多い人も少ない人も
まだ共同参画しても男女は平等ではないから
女性の力だけで「着物を着るのは無理」「自力で盛大な結婚式も無理」
という人もあるかも知れない。
二十歳の経済力でも無理、それも道理だ。
だけど、
だったら成人してないのと同義なんだよね。
年だけ食ってるだけ、ってことじゃないかな
晴れ着被害 2年先の予約金も
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=2&from=diary&id=4937879
晴れ着のレンタル・販売「はれのひ」(横浜市)が成人式の日に連絡を絶ち、東京、神奈川、茨城3都県で振り袖を着られない被害が出た一件。神奈川県警の被害相談では2年先の式に向けて予約金を払ったケースもあった。和服業界の関係者は「少子化を背景に業者が顧客を先食いしている」と指摘する。振り袖事情を探った。【国本愛、岸達也】
業界を少子化の波が洗う。総務省の統計で新成人女性は1970年には123万人だが今年60万人で半減。市場調査を手がける矢野経済研究所によると和服の小売市場規模も2008年の約4065億円から16年は2785億円に縮んでいる。
業界誌を発行する「きものと宝飾社」の松尾俊亮編集長によると近年は振り袖関連が和服の売り上げの約4分の1を占める。「買ったり借りたりしてくれる客が成人式で毎年確実に現れる。割引や高校生向けイベントで先手を打つのは珍しくありません」
振り袖は買う場合30万円、レンタルは10万円台が相場というが、2年先の式のためレンタルと写真撮影で計60万円をはれのひに払った例も。国民生活センターには和服購入で年間2000件以上、レンタルで400件前後の相談がある。「借りる2年前に全額入金を求められ不安」「1年以上先のレンタルを解約し2割の解約料を請求された」との訴えもあり、担当者は冷静な判断を呼び掛ける。
◇
はれのひの着付け会場だった新横浜国際ホテル(横浜市港北区)の責任者たちは「女性たちの様子は言葉で言い表せない」「私にも娘がいる」などと当日の状況を語り、生涯に1度の機会を奪われた被害者を気遣った。
成人式の起源は敗戦の翌46年11月、埼玉県蕨市で開かれた「青年祭」。新成人たちはもんぺ姿だったが、高度経済成長を経て70年代の成人式では振り袖姿が会場を埋めている。
明治期に未婚女性の正装として定着した振り袖について、服飾研究の第一人者、長崎巌・共立女子大教授は著書で室町時代にはあったと指摘。留め袖と違い両脇が開いているのは、大人より体温が高く動き回る子供や若者の着物にベンチレーション(通風)の機能を持たせていたことに由来し、袖は江戸時代には短かったが、その後次第に伸びて現在の形になったという。
一方、和服業界は振り袖の長い袖について「恋愛の振る、振られるという言葉の由来」「厄払いに通じる」「良縁を願って着る」などとうたい、女性の心をくすぐろうと懸命だ。
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