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2018年01月01日00:00

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〔小説〕八大龍王伝説 【514 三将軍の離反】


 八大龍王伝説


【514 三将軍の離反】


〔本編〕
 龍王暦一〇六一年――。いや、ここからはミケルクスド國のラムシェル王によって、偽皇国と呼ばれることとなったソルトルムンク聖皇国の話であるから、聖皇暦五年と表記した方が良いかもしれない。

 聖皇暦五年の二月二八日。ソルトルムンク聖皇国の聖皇ジュルリフォンと、七聖将の一人である碧牛将軍で小型竜(ドラゴネット)育成担当大臣も兼任するダードムスの二人のみでの密談が交わされた。
 この二月二八日より遡ること十日前の同月一八日に、ミケルクスド國ラムシェル王が、ヴェルト大陸史上最も衝撃的と歴史上語られているいわゆる『ヴェルトの宣言』という名の演説が行われ、その影響により、ヴェルトのあらゆる場所で、色んな出来事が一気に起こったのであった。
 それについては、これから順を追って語っていくが、とにかくその都度、ジュルリフォン聖皇とダードムス碧牛将軍は二人だけの密談を何度も重ねていた。
 しかし今回の二月二八日の密談は、かなり切羽詰まった状況下においての、核心部に触れる密談であったといえるであろう。
「しかし弱りました。わずか十日でここまで状況が一変するとは……。私の想像をはるかに超えることであります!」
 この日の密談は、ダードムスのこの一言から始まった。
 それに対してジュルリフォン聖皇の尊顔は強ばり、口元はギュッと固く閉じられたままであった。
 二人の現在の良好な間柄から鑑(かんが)みても、この聖皇の無言は場の空気を重く澱んだものとしていた。
「少し、ここまでの事柄をまとめてみますが……。既に陛下も全てご存知の出来事ですが、陛下のみならず私も語ることで、頭の中を整理することができますので、少しお付き合いください」
 ダードムスは、この場の重く澱んだ空気をかき混ぜる意味合いも兼ねて語り始めた。
「我が軍が二十二万の軍勢で、ミケルクスド國の首都イーゲル・ファンタムに順調に迫っている最中でのラムシェル王の一八日の演説。あれは、衝撃的でありました!」
「ああ。嘘もあそこまで大掛かりに語られるとは……」
 強張った表情のジュルリフォン聖皇がポツリと呟いた。
 本日の密談において聖皇から発せられた最初の言の葉であった。
「陛下。内容云々はとりあえず横におきまして……」
 少しダードムスが言葉を濁した。
「兎に角、一八日のラムシェル王の演説の影響で、翌々日の二〇日に、我が七聖将のうち、三人の聖将軍が、聖皇国から離反していきました。銀狼将軍ドンク、紫鳳将軍エアフェーベン、そして黄狐将軍ノイヤールの三将軍が……。
 それもそれぞれの軍の兵をほぼ一人として欠かすことなく。銀狼軍が一万五千、紫鳳軍と黄狐軍がそれぞれ一万。優秀で人望もある三将軍と、その精鋭三万五千の兵の離反は、我らにとっては非常に痛い出来事であります。
 これもラムシェル王の演説で語られたいわゆる正統王国の復活。それとグラフ将軍が正式にその正統王国の将軍となり、将軍自らの意思で、我が國に対し敵対勢力となったということが大きな要因です!」
 ダードムスのこの言葉に、聖皇はまたしても無言で応じた。
「いずれにせよ、ノイヤール黄狐将軍は、ヴェルト南部のフルーメス島のフルーメス王国の首都であったコリダロス・ソームロを拠点としているため、すぐには我らの脅威とはなり得ず、さらにフルーメス島には七聖将の一人、蒼鯨将軍のスツールも島の北岸付近を中心に軍を展開しておりますので、しばらくは元黄狐軍と、蒼鯨軍のぶつかり合いとなるので当面は大丈夫でありましょう。
 それより当面の問題は紫鳳軍と銀狼軍でありました。ミケルクスド國討伐の際の対バルナート帝國の東西の抑えと考えておりましたこの二軍が、聖皇国王城であるマルシャース・グールを突く最前の敵軍と変じてしまったことは大いなることでした。
 実際に王城から進軍を始めたミケルクスド遠征軍二十二万を、紫鳳、銀狼の併せて二万五千の軍にぶつける案も一時(いっとき)浮上いたしましたが、あそこは陛下のご英断である遠征軍の全面撤退が最上策であったと、私は思います」
「朕はそちの案に従ったに過ぎない! あそこで紫鳳、銀狼の精鋭部隊と戦うのは、こちらとしても相応の被害を覚悟しなければいけないし、第一、昨日まで同じ味方であった兵同士の戦いは、著しく兵の士気を下げる。
 それもあろうことかラムシェルの演説で、朕はジュルリフォンの偽者で、聖皇国自体が偽の国家と揶揄された。兵たちの動揺が大きい故に、お前の提案した遠征の即時中止を朕が採用したに過ぎない!」
 聖皇の言の葉が少し滑らかになってきた。
「おっしゃる通りではあります。それでも私(わたくし)の提案だけでは、兵の数では圧倒的である故、撤退への反対意見も、恐らく兵や指揮官達の間にはかなりあったと推測されます。しかし陛下があそこで即時撤退を申し渡した故、大きな混乱もなく、無事にマルシャース・グールまで戻れたと思われます。
 ラムシェル王の演説の真偽は後にいたしますが、少なくともドンク及びエアフェーベンという有能で人望もある将軍達、そして何といっても聖皇国では絶大な人気を誇っているグラフ将軍の離反は、兵の多寡で補えるものではありませんでした。実際に、撤退の最中に二十二万の軍勢は、脱走者や離反者が相次ぎ、五万を下回ったのは事実なのですから……。
 撤退に反対意見の中には、あそこで撤退をしなければ、そんなに脱走や離反は起こらなかったという者もいましたが、むしろ、紫鳳や銀狼と戦っている我らの背後で離反する兵が出現した場合、それは最悪の結果を招いていたでしょう。そしてそれが起こっても不思議でない状況でありました。
 さらに王城に残っているいずれかが寝返った場合、我らは撤退する場所すら失うというさらに酷(ひど)い事態に陥(おちい)るでしょう。
 今、マルシャース・グールに撤退した五万の兵は、この時点で離反していないので、陛下の信頼に値する兵たちでありますし、現在、銀狼軍、紫鳳軍と対峙している二万の軍勢も同じく信頼できる我が聖皇国の兵であります」
「フッ! まさか先鋒隊の司令官ロンドブルー将軍と、遊撃別働隊の司令官バーゴ将軍が、そのまま銀狼、紫鳳と対峙する事態になろうとは……。ダードムス! そちはそち自身も優秀であるが部下たちも非常に優秀だな! 三分の一の兵力で、銀狼及び紫鳳と互角の戦いを展開し、実際に国境付近にこの二軍を足止めしているのであるから……」
 ジュルリフォン聖皇が今日の密談で初めて笑顔を見せた。



〔参考 用語集〕
(神名・人名等)
 エアフェーベン(ソルトルムンク聖皇国の紫鳳将軍)
 グラフ(ソルトルムンク聖王国の将軍)
 ジュルリフォン聖皇(ソルトルムンク聖皇国の初代聖皇)
 スツール(ソルトルムンク聖皇国の蒼鯨将軍)
 ダードムス(ソルトルムンク聖皇国の碧牛将軍。聖皇の片腕的存在)
 ドンク(ソルトルムンク聖皇国の銀狼将軍)
 ノイヤール(ソルトルムンク聖皇国の黄狐将軍)
 バーゴ(ダードムスの腹心の部下。将軍)
 ラムシェル王(ミケルクスド國の王。四賢帝の一人)
 ロンドブルー(ダードムスの腹心の部下。将軍)

(国名)
 ヴェルト大陸(この物語の舞台となる大陸)
 ソルトルムンク聖皇国(龍王暦一〇五七年にソルトルムンク聖王国から改名した國)
 正統王国(ソルトルムンク聖王国のこと)
 偽皇国(ソルトルムンク聖皇国のこと)
 バルナート帝國(北の強国。第七龍王摩那斯(マナシ)の建国した國。金の産地)
 ミケルクスド國(西の小国。第五龍王徳叉迦(トクシャカ)の建国した國。飛竜の産地)
 フルーメス王国(南の弱小国であり島国。第二龍王跋難陀(バツナンダ)の建国した國。滅亡)

(地名)
 イーゲル・ファンタム(ミケルクスド國の首都であり王城)
 コリダロス・ソームロ(元フルーメス王国の首都であり王城)
 フルーメス島(ヴェルト大陸の南に位置する小さな島)
 マルシャース・グール(ソルトルムンク聖皇国の首都であり王城)

(竜名)
 ドラゴネット(十六竜の一種。人が神から乗用を許された竜。『小型竜』とも言う)

(その他)
 七聖将(七つの軍制度。ソルトルムンク聖皇国の軍制度)
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