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2017年11月28日00:59

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“体験”するピアニスト

 ウラジーミル・ホロヴィッツという名は、聞いたことがあるという人も少なくないと思います。それくらい有名なヴィルトゥオーゾ(達人)中のヴィルトゥオーゾともいえるピアニストでした。
 おそらく、普段あまりクラシックを聴かない人でも、このムソルグスキーの『展覧会の絵』(終曲部分)を通常の演奏と比較して聴けば、その凄さは認識できるであろうと思います。
ホロヴィッツ(21:45から) https://www.youtube.com/watch?v=llr9zcPTjGo

普通の演奏(別に悪い演奏ではありません) https://www.youtube.com/watch?v=ccpinJ8AqrQ

 録音状態が良くないにもかかわらず、録音状態の良い普通の演奏が、大人しく聞こえませんか? 実は、この曲は、もともとムソルグスキーがピアノ演奏用に作曲したものをラヴェルが管弦楽演奏用に編曲したのですが、ホロヴィッツはその管弦楽版をさらにピアノ演奏用に編曲し直して演奏しているのです。つまり、管弦楽ならではの迫力や色彩感をたった1台のピアノによって表現しようという無謀とも言える試みをして、凄まじいまでに聴き応えのある演奏を遺してくれたわけです。
 もっとも、ホロヴィッツの本領は、こうしたどちらかといえばキワモノ的表現にあったわけではなかったように思います。

 初めてホロヴィッツを聴いたのはこの演奏でした。
https://www.youtube.com/watch?v=4ksVduF2rr4

 岳父となったトスカニーニがNBC交響楽団を指揮したこのチャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番のライブ録音は、既に74年も前の古いものですが、にもかかわらず調律や録音の具合も影響しているのか、ピアノの音の粒立ちの良さは異常なまでにくっきりと刻み込まれています。日本語としては変な表現なのかもしれませんが“音が立つ”と表現したくなるほどのものを感じます。ピアノという楽器をこんなふうに鳴らせるというのは、ほとんど人間ワザを超えたすごいことのように思えます。
 このことは、しばしばホロヴィッツの本領が録音に入りきらなかった部分にあると云われることにも関係しているかもしれません。Wikipediaによれば、「爆音を鳴らすピアニストのように言われることが少なくないが、実際には、最弱音が弱音でありながらホールの一番後ろでも美しく聴こえることにこそホロヴィッツの特徴がある」ということです。なるほど、あれだけ真っすぐに“音が立つ”ピアニストなら、さもありなんという気がします。
 正確無比なピアノの演奏というものは、ときに無味乾燥な冷たい印象を与えかねないのですが、ホロヴィッツの紡ぎ出す音は、正確でありつつも潤いを感じさせます。ただ、人間の耳や心を軽々と飛び越えて脳髄を直接刺激するようなその音色には、聴く者の一切の思考を麻痺させる不思議な妖しい魔力があったと言う人もいるくらいで、実際、上掲録音の聴衆が、演奏が終わりきる前から興奮を抑えきれず熱狂的に拍手してしまうのはその現れであるような気がします。曲を聴いたというより、ホロヴィッツを“体験”できたことに舞い上がってしまうのです(ホロヴィッツについて書かれた論評等では、しばしばこの“体験”という言葉が出てきます)。その意味で、この人の演奏には独特の桁外れのオーラがあったと言えるでしょう。

 もっとも、このような超人的なピアノの上手さで圧倒される反面、この人は、さほど強い精神力や哲学を持ち合わせてはいなかったのではないかと感じられることがあるのも事実です。あまりにも軽々と難曲を弾きこなしてしまうためか、どこか穢れなき幼児が核ボタンをもてあそんでいるかのような危うさが感じられることも珍しくないのです。
 晩年に至って、技術的な衰えが散見されるようになると、この傾向は酷くなり、1983年の初来日時には「ひび割れた骨董」と酷評されたほどです。天才中の天才、だが無教養という人が歳を取ったらこんな演奏をするなどとも云われました(もっとも、その後ある程度は持ち直して、枯れた味わいのある録音も遺しています)。
 また、それ以前にも、デビュー25周年直後(おそらくピアニストとして一番脂がのりきっていた時期)からは、なんと12年間も公開の場では演奏していません。もしかしたら、当時から、抜群の技術・表現力をコントロールするだけの知性の欠如からくる行き詰まりを自覚し(=あり余るテクニックを持て余し)、悩んでいたのかもしれません。
 復帰後のコンサート、リサイタルにおいては、以前触れたルービンシュタイン(http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1957498331&owner_id=22841595)のようなおおらかな伸びやかさは感じられず、会場には、聴衆が息をつめて聴き入る張りつめた空気が漲っていたと云います。

 そんなホロヴィッツの協奏曲のレパートリーは極端に狭く、上掲のチャイコフスキー以外では、ラフマニノフのピアノ協奏曲第3番とベートーヴェンのピアノ協奏曲第5番『皇帝』くらいなものでした(録音だけなら他に数曲あることはあります)。
 このうち、前者は数あるピアノ協奏曲の中でも一番の難曲と云われている作品ですが、ホロヴィッツは作曲者のラフマニノフ(←名ピアニストでもあった)から「私よりうまくこの曲を演奏する」とのお墨付きを得たほどです。確かに、妖しいまでの魅力に溢れた、ものすごい名演を遺しています(特に第3楽章)。
https://www.youtube.com/watch?v=SOBX-89Xh0c

https://www.youtube.com/watch?v=l4SJQjSA66A

 奇しくも、ラフマニノフのピアノ協奏曲第3番は1909年の今日(28日)、またベートーヴェンのピアノ協奏曲第5番『皇帝』は1811年の今日、それぞれ初演されました。

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