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2017年05月27日09:17

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〔小説〕八大龍王伝説 【481 猛牛狩り(四) 〜姫将軍の撤退〜】


 八大龍王伝説


【481 猛牛狩り(四) 〜姫将軍の撤退〜】


〔本編〕
「ええぃ〜やかましい! 俺様を倒せるものなら倒してみよ!!」
 ボンドロートンは、ますます怒り狂い、自らの得物のハンマーを振り回しユングフラに迫った。
 さすがは、猛将と語られているボンドロートンである。
 その迫力の前にユングフラ以外の敵も味方も魂を吹き飛ばされたように、その場に立ち竦み、今、この場で動いているのは一騎打ちを演じているユングフラとボンドロートンの二人だけであった。
 ユングフラの槍の技術は達人の域であり、普通の兵士であれば、一瞬にして心臓を穿たれ、その心臓を穿たれた相手が、一秒程度自分が死んだことに気づかないなどという現象が常であった。
 しかし、ボンドロートンは怒りで我を忘れているとはいえ、そのユングフラの突きを寸前で躱し、致命傷に至らない。
 百近く繰り出されたユングフラの槍の攻撃は、全てボンドロートンの鎧か、あるいは厚い肉塊に阻まれていたのである。
 それは、ユングフラとボンドロートンのリーチの差でもあり、身長差で三十センチメートル程度差がある二人――ユングフラが身長百六十五センチメートルに対して、ボンドロートンが身長百九十二センチメートル程度――では、ユングフラが必殺の一撃を決めるには、ボンドロートンの懐深く攻め込まなくてはいけないのである。
 そして、それを非常に困難にしているのが、ボンドロートンの振り回しているハンマーの威力で、重量にして五十キログラムは超えているであろうそのハンマーを高速で振り回しているところから考えて、その威力はヒットすれば、巨大な牛であろうが、熊であろうが、その首を砕きかねない代物なのである。
 このような物騒な得物は、たとえ掠ったぐらいでもユングフラの細身の身体では、鎧ごと骨まで砕きかねないので、ユングフラとしては懐に飛び込み、いわゆる『肉を切らせて骨を断つ』捨て身の戦法を選択できない状況なのであった。
“さすがは、己の力量のみで将軍まで成り上がったボンドロートン! こと白兵戦に限って言えば、単純な膂力(りょりょく)だけの男ではない! 力に技と速さを兼ね備えており、時々ではあるが、誘いのような隙を晒し、そこを狙った場合は、大いなる逆撃を被りかねない状況を作り出したりしている!
 むろん、ボンドロートンに限って言えば、それは知的な計略と言うより、本能の域の閃きだとは思うが、いずれにせよ、私の力のみでこの将軍を倒すのは難しいようだ!”
 ユングフラは、そう考えると百五十回目の突きを放った後、ボンドロートンと少し距離が開いた隙をついて、馬首を百八十度転回させ、ボンドロートンに背を向け、そのままマルシャース・グールの南門に向かって馬を駆ったのである。
 これは傍から見れば、脱出しようとしたユングフラがボンドロートンに阻まれ、脱出に失敗してマルシャース・グールにやむを得ず撤退するという光景に映った。
 ユングフラに付き従った数百の騎兵も、ユングフラの撤退に合わせ馬首を返し、ユングフラを囲むように、マルシャース・グールに撤退を始めたのである。
 ボンドロートンとしては、ユングフラの突破を阻止しただけでも手柄ではあるが、現在の自分が置かれた事情を鑑みて、それでは功績としては不十分であった。
 なんとしても、ユングフラの首を手に入れなければ、本当の意味での功績にはならない。
 そして、ユングフラが自ら突出したことにより、ボンドロートンからすれば、そのユングフラを追尾することによる結果として、マルシャース・グールに南門攻撃隊単独で攻め込むことが可能となったのである。
 ダードムスの命令違反にならず、マルシャース・グールに攻め込み、ユングフラの首を挙げると同時に、マルシャース・グールをも陥落させる。
 それもボンドロートン率いる南門攻撃隊のみでそれを行った。
 こんなにも魅力的な禁断の果実が目の前にぶら下がっていて、それに喰いつかないということは、鋼のような自制心の持ち主か、罠を警戒する冷静沈着な者か、またはほとんど無欲に近い人物かのどれかである。
 むろん、ボンドロートン本人はそのどれにも当てはまらず、さらにユングフラの首を取るという実績が、今後の己のために必須な功績であると認識している以上、ここでユングフラを追わないと選択肢は、ボンドロートンには到底考えられる事柄ではなかった。
「待て!!」
 ボンドロートンは半ば歓喜の入り混じった雄叫びをあげ、ユングフラの後を全力で追い始めた。
「者ども! 一気に奴らを蹴散らせ!! 功績は我らだけのものぞ! 俺に続け!!」
『うぉ〜 ボンドロートン様に続け!!』
 聖皇国の王城南門攻撃隊の兵士たちのボルテージは一気に上がり、ボンドロートンを先頭にユングフラ達数百の騎兵の後を追いかけ始めた。
 さすがに逃げるユングフラの前に立ちはだかる聖皇国の兵士はいなかったが、ユングフラが通り過ぎた後は、獲物を追う餓狼の如く、追撃を始めた。
 既に王城南門攻撃隊の兵士たちに、自分たちがやられるという認識は皆無となっていた。
 いかに一人でも多くのミケルクスド兵の首を挙げるか……・、それも自分達より圧倒的に王城にいるミケルクスド國の兵の数は少ないのである。
 これは、功績を挙げられるか否かが、単純な早い者勝ちの様相を呈してきたことを示す。
 圧倒的な兵力差で負ける心配のない上で、早く敵の首を挙げなければ、挙げる首(功績)が無くなるという状態で、連携のある軍の動きを望むのは、ほとんど不可能なことである。
 この隊の長(おさ)であるボンドロートンからして、自らユングフラの首を挙げなければいけないという事情を持っている。
 それに対して、ユングフラを追撃している味方の聖皇国の兵の内十数人が、逃げていくユングフラを振り返って追うことから、ボンドロートンより先行して、実際にユングフラを追っかけている。
 それらの先行している者達に、先にユングフラを討ち取られれば、ボンドロートンにとっては何の意味もなさないという深刻な事情である。
 それ故ボンドロートンは、さらに自らの馬を駆りたて、ユングフラの後を必死に追ったのである。
 その追撃の道程で、逃げる敵のみならず、先行してユングフラ達を追っている味方ですら、己の目の前の障害物とみなし、自らの得物のハンマーで左右に除いていったのである。
 ハンマーで除くという表現をあえて使用したが、その除かれた兵士たちは、敵味方の区別なく顔も体も原型をとどめていなかったことについては、改めて言うまでもないであろう。



〔参考 用語集〕
(神名・人名等)
 ダードムス(ソルトルムンク聖皇国ミロイムス地方の地方領主)
 ボンドロートン(ソルトルムンク聖皇国の碧牛将軍)
 ユングフラ(ラムシェル王の妹。当代三佳人の一人。姫将軍の異名をもつ)

(国名)
 ヴェルト大陸(この物語の舞台となる大陸)
 ソルトルムンク聖皇国(龍王暦一〇五七年にソルトルムンク聖王国から改名した國)
 ミケルクスド國(西の小国。第五龍王徳叉迦(トクシャカ)の建国した國。飛竜の産地)

(地名)
 マルシャース・グール(元ソルトルムンク聖皇国の首都であり王城。今はミケルクスド國のユングフラによって占領されている)
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