mixiユーザー(id:15312249)

2017年05月21日18:16

266 view

〔小説〕八大龍王伝説 【480 猛牛狩り(三) 〜侮蔑の言〜】


 八大龍王伝説


【480 猛牛狩り(三) 〜侮蔑の言〜】


〔本編〕
 目の前に迫ってきた騎兵であるが、兜で顔が覆われているため、ユングフラ姫であるかどうかの確信はないが、先ず間違いはない。
 目の前で繰り広げられている敵の騎兵による圧倒的な戦闘行為は、今、マルシャース・グールの中にいる兵のうち、『姫将軍』の異名を持つユングフラ以外には考えられない。
 そして、この突撃の意味は、ユングフラによる強行突破という脱出行動であろう。
 本来であれば、ミケルクスド國に最も近い北門からの脱出が順当であると思われがちだが、それはある意味、脱出を考えた場合、誰もが到達する結論である。
 それであれば脱出を阻止する聖皇国側も、北門の警戒網を特に強力にするとユングフラは考えたはずである。
 現に、ボンドロートン率いる南門攻撃隊がマルシャース・グールに肉薄しても、司令官であるダードムスは、攻撃を始める前に、マルシャース・グールの包囲網の構築を優先したのであるから。
 そういう意味では、南以外の三方の門からユングフラが脱出行動を始めた場合、聖皇国軍は大きく包囲の輪を構築している最中であるため、ユングフラの脱出の動きは早い段階で察知され、数百のユングフラを始めとする騎馬隊は、聖皇国軍の十重二十重の包囲に陥り、全滅するのが火を見るより明らかである。
 実際に、マルシャース・グール南門攻撃隊を襲撃したミケルクスド國の騎馬隊からすれば、ここさえ突破すれば、逆に王城の包囲網から脱することが出来るのである。
 ベクトル的には、聖皇国内の奥に逃げることになるのであるが、それゆえに一般的には、敵国の内側に逃げ込むことについての対処は怠りがちになり、実際に王城の包囲網を突破されると、ユングフラ達の行方を見失ってしまう可能性が他の三門から脱出されたより高くなるのである。
 そして、それは聖皇国にとっても一つの懸念材料が存在する。
 ちょうど、ユングフラが脱出した先には、ジュルリフォン聖皇自らが率いている聖皇国本隊が王城に向けて、まさに北上しているということである。
 まさか、脱出する側が脱出を阻止する側に奇襲をかけるというのは、普通は考えにくいのであるが、全く可能性がないわけでない。
 あるいは、ミケルクスドのユングフラは自身の脱出が目的ではなく、自らの命を賭して、ソルトルムンク聖皇国のジュルリフォン聖皇と刺し違えを画策しているのかもしれない。
 ユングフラの戦闘能力と性格から十分に考えられることであり、そういった意味でいうと、王城南門攻撃隊の包囲を突破するということは非常に重要な事柄となるのである。
 碧牛将軍であるボンドロートンが、ここまでの深い考えに及んだかは定かではないが、ボンドロートンはユングフラが自らを突破して脱出しようとしている行為については理解をした。
 なるほど、ユングフラの力量であればそれも可能であろう。
 ボンドロートンが一つ警戒したのが、ユングフラが碧牛軍によって護送していたグラフ達を強奪した際に、ボンドロートンの右腕的存在であるラングーを一撃で屠ったと報告された将兵が、この襲撃には加わっていないのか否かということであった。
 その将兵も突破力で考えれば、今、目の前に肉薄している騎兵とも考えられなくないが、その将兵は巨漢であったとの報告を、その時にボンドロートンは受けた。
 今、目の前にいる騎兵は、一般的な中肉中背の人物である。
 ……いや、むしろ男性にしては少しばかり小柄かもしれない。
 そう考えると、限りなく目の前の人物はユングフラであるという結論に至るのである。
 それではその大柄の将兵は何故、この突破の列に加わらない?
 明らかにこの突破にその将兵の力は必須であるはずであるが、いくら見渡しても、そのような目立つ大柄な兵の存在は確認できない。
 それについて、ボンドロートンはあっさりと一つの結論に至ったのである。
 その結論とは、その将兵は既にこの王城マルシャース・グールにはいないというものであった。
 つまり、その将はユングフラを見限ってか、ユングフラから命じられたかは定かではないが、既に王城から脱出をしたという結論である。
 ボンドロートンは当然、ユングフラ陣営のその将兵の名前を知るよしもないが、今、ボンドロートンが脱出したと結論付けた将兵とは、ユングフラ姫の右腕的存在のボグマのことである。
「ウォォォ〜!!」
 ボンドロートンは大声で吠え、自らの騎馬を、王城から突出してきた騎兵に向けた。
 ボンドロートンの吠え声は、百の獣の吠え声に匹敵し、聖皇国の兵士たちも、皆怯えたように、反射的にその場をあけ、その騎兵とボンドロートンの間に入る障害物は瞬時に無くなった。
「グォォォ〜!!」
 ボンドロートンが右手に握っていたハンマー状の得物を、突出してきた騎兵に向けて振り下ろす。
 その騎兵は軽やかに自身の騎馬を操り、そのボンドロートンの一撃を躱す。
 それと同タイミングで、騎兵は得物の槍による突きをボンドロートンに繰り出していたのである。
 しかし、ボンドロートンも巨躯に似合わず、器用にその槍による突きを、体を捻(ひね)ることで流し、流しながら、振り下ろした得物のハンマーを下から上へかちあげたのである。
 騎兵は、そのボンドロートンのハンマーのかちあげも、騎馬を操り大きく躱したが、この一連の攻防により、疾走し続けた騎兵の騎馬は、その場に足踏みをすることとなった。
 騎兵による突進の勢いは、これで完全に止まった形となった。
「ウオオゥ〜!」
 ボンドロートンがまた吠える。
「俺は、聖皇国の碧牛将軍ことボンドロートンである! 貴殿は、ミケルクスドのユングフラ姫とお見受けいたすが……!」
「……いかにも、私はミケルクスドのラムシェル王の妹のユングフラである。ボンドロートンと言えば、先の戦いで、グラフ殿らを護送するという重要な役目を放棄して、一人逃げた輩(やから)と同じ名前であるが、その輩であるのか? そうであれば、そのような卑怯極まりない者が、私に何の用か?!」
 ユングフラの言葉は非常に辛辣で、ボンドロートンの大きな顔は真っ赤になった。
「そういうお前も既に敗軍の将ではないか! 俺はお前の首を刈るためにここにいる。覚悟せよ!」
「確かに貴様のいう通り、私は敗れる運命にある! しかし、それは時の成り行きであり、人一人の力では到底抗えぬ運命である! だが、敗北する側に置かれたからと言って、そこから尻尾を巻いて逃げるのとはわけが違う。私は、自らの力でその運命を切り開こうとしているのだ。
 そういう意味で、貴様と同じに扱われるゆえんはない! 大方、わたしの首でも手に入れなければ、聖皇国の中に居場所がないのであろう。しかし、それは貴様の自業自得! それにわたしが付き合う道理はない! いますぐに私の前から消えれば、命までは取らない!
 しかし、このまま私の行く道を阻み続ければ、貴様は聖皇国の中の居場所どころか、この世にすら存在できなくなる! その道理をよく弁(わきま)えろ!!」
 ユングフラのこの辛辣な言葉は、ボンドロートンの矜持(プライド)を鋭く傷つけた。
 ユングフラの目的は、読者方々は既にご存じの通り、ボンドロートンの首であるのは明白であるが、ユングフラにこう言われたボンドロートンに、その真の目的を察するような深い洞察力は全く持ち合わせていなかったのである。



〔参考 用語集〕
(神名・人名等)
 グラフ(元ソルトルムンク聖王国の近衛大将軍)
 ジュルリフォン聖皇(ソルトルムンク聖皇国の初代聖皇)
 ダードムス(ソルトルムンク聖皇国ミロイムス地方の地方領主)
 ボグマ(ユングフラ姫の片腕的存在)
 ボンドロートン(ソルトルムンク聖皇国の碧牛将軍)
 ユングフラ(ラムシェル王の妹。当代三佳人の一人。姫将軍の異名をもつ)
 ラムシェル王(ミケルクスド國の王。四賢帝の一人)
 ラングー(碧牛将軍ボンドロートンの片腕的存在。故人)

(国名)
 ヴェルト大陸(この物語の舞台となる大陸)
 ソルトルムンク聖皇国(龍王暦一〇五七年にソルトルムンク聖王国から改名した國)
 ミケルクスド國(西の小国。第五龍王徳叉迦(トクシャカ)の建国した國。飛竜の産地)

(地名)
 マルシャース・グール(元ソルトルムンク聖皇国の首都であり王城。今はミケルクスド國のユングフラによって占領されている)

(その他)
 碧牛軍(ソルトルムンク聖皇国七聖軍の一つ。ボンドロートンが将軍)
1 0

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する