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2017年03月26日08:23

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〔小説〕八大龍王伝説 【471 ラムシェル王進撃開始】


 八大龍王伝説


【471 ラムシェル王進撃開始】


〔本編〕
「まあ、改めて確認したが、戦う気を失わせる事実であるな! 確かに兵の数が全てではないとしても、なるべく兵数を揃えるよう努めるのは、指揮官としての責務であることには変わりがない。そして、その数が揃えられないのであれば、策を用いて、敵の戦力を削っていく戦法を取らざるを得ない。……といったところか!」
「それが、今日から脱走が相次いでいるヒールテン地方兵の在り様というところだね。なかなか、姫も武力だけかと思いきや、そんな策を用いるとは……」
「おい! 馬鹿にし過ぎだぞ、マーク! 私だって兄の元にいて、一通り兵法を学んでいるのだぞ。兄と一緒に学んでいる当時は、劣等感しか感じなかったが……」
 ユングフラはさらに言葉を続けた。
「実際問題として、ミケルクスドの兵は非常に忠誠心が強い。天才のラムシェルを王として支柱に戴いているのもあるが、このような死地において破滅が刻一刻と迫っている今現在においても、ほとんどの兵がこのマルシャース・グールから逃げ出していない。これは精神が強いという観点だけではあり得ない現象だ。
 しかし、逆にその現状は今の状況下においては、むしろ好ましくない。敵にこちらに対する警戒心を与え、敵の行動を慎重にさせてしまうからだ。
 いくら、数十万規模に膨れ上がるであろう聖皇国軍といえども、むしろ絶望的な状況まで戦力差が広がったにも拘わらず、逃げ出さないで死地に留まっている一万の兵の存在は、逆に非常に怖いはずである。鬼神となり死をも厭わず、圧倒的な兵力差の自分たちに向かってくると考え、間違いなく慎重な軍事行動と戦術運用をしてくる……」
「そして、本来グラフ将軍の脱出など時間稼ぎとしては敵にそのような行動を起こさせるのは、むしろ好ましい状況なのであるが、さすがに三十万と一万では戦力差があり過ぎる。
 三十万側の聖皇国軍が慎重な軍事行動並びに戦術運用を用いて戦闘を行えば、どれほど一万側のミケルクスド國別働隊であるヒールテン地方軍が鬼神のような強さであっても、二時間程度の戦闘行為で、我々の全滅で戦闘が終了する。
 特に、攻めるに易く守るに難い平地の王城であるマルシャース・グールでは、その結果はなおさら顕著だ。もしかしたら、半分の一時間で勝敗が決するかもしれないってことになるかな」
 ユングフラの説明を、途中でマークは引き継いだ形になった。
「だから、敵を大いに油断させる必要がある! それが、今日から始まったヒールテン地方兵の脱出劇だ。聖皇側にミケルクスド國の兵も負け戦には逃げ出すと思わせなければいけない。聖皇国側がそう思えばしめたもの。マルシャース・グールの早期奪回に向けて、強行軍で王城に迫るはず。
 それでも、聖皇国正規軍の勝利は揺るがないであろう。それほど圧倒的な戦力差であるのは間違いない。しかし、その変えようのない流れにおいて、一矢報いることはできる! 私はその一点に全てをかける!!」
「姫が全てをかけるほどの一点とは何のことだ?!」
「マーク! 全てを承知しながら、わざと尋ねるその意地悪な性根はなんとかしろ! 聖皇国正規軍の先鋒の将は、前回のグラフ殿達を救出する際に、私に大敗を喫した碧牛将軍ことボンドロートンだ! 奴の猪突な性格と、前回の汚点を清算するという感情から、必ず先頭に立ってマルシャース・グールに迫る! マーク! 前回討ち取り損なったボンドロートンの首を次は必ずあげるぞ!!」
 ユングフラ姫の並々ならぬ決意であった。

 同日。
 つまり、グラフ将軍がソルトルムンク聖皇国の首都であるマルシャース・グールを脱出した翌日。
 ヴェルト大陸北西の小国ミケルクスド國も、その國の首都であり王城であるイーゲル・ファンタムより数えて一万になる軍勢を、南方に向けて動かし始めた。
 このミケルクスド國の軍事行動により、事実上ソルトルムンク聖皇国とミケルクスド國の二国は交戦状態に突入したのである。
 確かに、ミケルクスド國のラムシェル王の実妹であるユングフラの、ンド、クレフティヒ、グラフの三罪人護送中の襲撃事件から、その後のユングフラによる聖皇国王城マルシャース・グールへの進軍など、既にソルトルムンク聖皇国とミケルクスド國の間は極度の緊張状態へとなっていた。
 二国間による交戦への一触即発状態ではあったが、実はまだ國を挙げての全面戦争に対しては、それを回避する余地は残されていたのである。
 つまりは、ミケルクスド國のラムシェル王が、妹であるユングフラの軍事行動は本国の意向とは関係のない、姫の独断上の軍事行動であるとミケルクスド國内外に意思表明して、ソルトルムンク聖皇国へ謝罪の意を示せば、たとえ実は裏でラムシェル王が糸を引いていた事柄であったとしても、事を穏便におさめることは可能であった。
 むろん、聖皇国によるユングフラ討伐後、莫大な賠償金を聖皇国から請求されたりする可能性は大いにはあるが……。
 しかしミケルクスドの現王であり、そして当代四賢帝の一人である『智の王』と大陸中から認識されている王であるラムシェルは、ソルトルムンク聖皇国からの遺憾の意を伝える圧力外交に一切回答することなく、むしろ一万の兵をソルトルムンク聖皇国北方の地に進軍させるという軍事行動を起こしたのである。
 ある意味、ソルトルムンク聖皇国の圧力外交に対し、宣戦布告と言う明確な回答を、この軍事行動により示した形にはなったが……。
 いずれにせよ、ラムシェル王のこの軍事行動に対して、ソルトルムンク聖皇国とミケルクスド國の国境付近では、数百人程度ではあるが、兵同士の小競り合いが始まった。
 そして程なく、この小競り合いの規模は徐々に大きくなり、さらに水面(みなも)の広がりように、各地域へ広がっていったのである。

 さて、ミケルクスド國の軍事行動により、小競り合いが始まった両国の国境付近には、一万規模の正規軍が存在している。
 聖皇国の前身である聖王国時代に制定された六聖将制度によって誕生した一軍がそれである。
一万の兵の三割が飛兵で編成されているその軍は、六聖将の軍の中で最も機動力を持ち、かつ最も特殊で貴重な存在の軍であった。
 その軍は紫の鳳(おおとり)という名の紫鳳(しほう)軍と呼ばれ、その指揮官は紫鳳将軍という名称であった。
 その初代であり現紫鳳将軍にあたるのが、エアフェーベンである。
 エアフェーベンは、今年である龍王暦一〇六一年で、四十三歳。ある程度、ベテランの域に入る年齢ではあったが、それでも聖皇国の七人の将軍――制定当時は六人の将軍――の一人としてはかなり若く、異例ともいえる大抜擢な人選であった。
 ただ、年齢的には異例ではあったが、その実績としては申し分なかった。
 十一年前の龍王暦一〇五〇年当時、バルナート帝國・ミケルクスド國連合軍によって、ソルトルムンク聖王国の首都であるマルシャース・グールが陥落し、一度聖王国が滅亡の憂き目にあった時、別働隊として編成された当時の地利将軍であったグラフの元で、エアフェーベンは小隊長の一人として、聖王国復活に向けて大いに貢献をしたのである。
 特に、当時カムイ城に籠る当時の人和将軍ことムーズの救出劇においては、カムイ城攻略の司令官であったバルナート帝國のケムローンを倒すのに一役かっている。
 確かに実際にケムローンを倒したのは、記憶を無くした八大龍王であるシャカラこと、当時のハクビであったが、そのハクビがケムローンを倒した後、単身で敵のど真ん中に残った絶体絶命の状態の際、強行軍による奇襲戦法を用いてそこにいたケムローンの兵たちを四散させ、結果としてハクビを救ったのは、この紫鳳将軍エアフェーベンとその親友で、今は七聖将の一人である黄狐将軍のノイヤールであった。



〔参考 用語集〕
(八大龍王名)
 沙伽羅(シャカラ)龍王(ゴンク帝國を建国した第三龍王とその継承神の総称)

(神名・人名等)
 エアフェーベン(ソルトルムンク聖皇国の紫鳳将軍)
 グラフ(元ソルトルムンク聖王国の近衛大将軍)
 クレフティヒ(元ソルトルムンク聖王国の大臣)
 ケムローン(ヴォウガー軍団長の副官。故人)
 ノイヤール(ソルトルムンク聖皇国の黄狐将軍)
 ハクビ(記憶を失っていた頃のシャカラ)
 ボンドロートン(ソルトルムンク聖皇国の碧牛将軍)
 ユングフラ(ラムシェル王の妹。当代三佳人の一人。姫将軍の異名をもつ)
 マーク(シャカラの親友。レナの兄)
 ムーズ(ソルトルムンク聖王国の元人和将軍。故人)
 ラムシェル王(ミケルクスド國の王。四賢帝の一人)
 ンド(元ソルトルムンク聖王国の老大臣。故人)

(国名)
 ヴェルト大陸(この物語の舞台となる大陸)
 ソルトルムンク聖皇国(龍王暦一〇五七年にソルトルムンク聖王国から改名した國。大陸中央部から南西に広がる超大国)
 バルナート帝國(北の強国。第七龍王摩那斯(マナシ)の建国した國。金の産地)
 ミケルクスド國(西の小国。第五龍王徳叉迦(トクシャカ)の建国した國。飛竜の産地)

(地名)
 イーゲル・ファンタム(ミケルクスド國の首都であり王城)
 カムイ城(ツイン城を守る城。通称『谷の城』)
 マルシャース・グール(元ソルトルムンク聖皇国の首都であり王城。今はミケルクスド國のユングフラによって占領されている)

(その他)
 黄狐軍(ソルトルムンク聖皇国七聖軍の一つ。ノイヤールが将軍)
 四賢帝(当代の四人の優れた王の総称)
 紫鳳軍(ソルトルムンク聖皇国七聖軍の一つ。エアフェーベンが将軍)
 ヒールテン地方軍(ユングフラ姫の率いるミケルクスド國別動隊。元ゴンク帝國領のヒールテン地方の駐留する軍ゆえに便宜上、そう呼ばれている)
 碧牛軍(ソルトルムンク聖皇国七聖軍の一つ。ボンドロートンが将軍)
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