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2017年03月12日09:26

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〔小説〕八大龍王伝説 【469 グラフ王城脱出(前)】


 八大龍王伝説


【469 グラフ王城脱出(前)】


〔本編〕
「駄目です! グラフ殿は、この王城から脱出して、兄のいるイーゲル・ファンタムに向かってください!! お願いします! このユングフラに対して、将軍が救われたという恩義を感ずるのであらば、この悲願、どうしても聞き入れていただきます!!」
 ミケルクスド國の王妹ユングフラは必死の形相で、グラフ将軍に迫っていた。
 時に龍王暦一〇六一年。そして、皇王暦五年一月三〇日。ここソルトルムンク聖皇国の首都であり王城でもあるマルシャース・グールより南方の地ミロイムスより、ソルトルムンク聖皇国の初代聖皇ジュルリフォン聖皇の率いる十万の兵が進軍を開始して三日目のことであった。
 目的は、昨年の一二月に奪われた王城マルシャース・グールの奪回と、それを指揮したミケルクスド國の王妹ユングフラと、裏切りの将グラフの討伐である。
「いや! しかし姫! 既に聖皇自らが十万の軍勢を率いて、ここマルシャース・グールに向かっている。それに対して、マルシャース・グールからは兵の多くが脱走を始めて、今ではユングフラ殿のヒールテン地方軍が一万に、ソルトルムンク聖皇国軍を含むその他の兵が五千程度、つまり兵力一万五千。これでは十万の聖皇国軍に立ち向かうには、わしの力も必要なのでは……!」
「グラフ殿! 申し訳ないが……、将軍の力は必要ございません!!」
「何を言われる! この一大事に将軍(グラフ)の力が必要ないとは! いくら一国の王妹殿でも、そこまで将軍を侮蔑する言を言ってよい道理はないですぞ!!」
 グラフに長年付き従うスルモンがユングフラに食って掛かった。
 これは、今マルシャース・グールの一室で、二十名程度で軍議を行っている席での一幕である。
 昨年の一二月にマルシャース・グールに入城した際は、八万を数えたミケルクスド國ヒールテン地方軍も、ジュルリフォン聖皇がグラフ将軍を反逆者と位置付けたことにより、一月(ひとつき)間でその数は半数にまで落ち込んだ。
 ユングフラ姫らは、マルシャース・グールというソルトルムンク聖皇国の首都であり王城である重要拠点を抑えたとはいえ、それはあくまでもソルトルムンク聖皇国という広大な地を領土として得た場合の話であり、ミケルクスド國からすれば本国から遠く離れた地で、なおかつ王城は、ソルトルムンク聖皇国の中央部に位置しているので、ユングフラ達はあたかも敵国の只中に取り残されているのと同じ状態なのである。
 それもそこから脱出したジュルリフォン聖皇が、グラフ将軍を反逆者と位置付け、ミケルクスド國のラムシェル王には、妹のユングフラ姫の行為について、恫喝に近い遺憾を表明している。
 つまり、ユングフラ率いるヒールテン地方軍を、援護するのであれば、ミケルクスド國との宣戦布告も辞さないという高圧的な外交を展開したのである。
 小国であるミケルクスド國とすれば、超強大国と成長したソルトルムンク聖皇国と単独で戦端を開くのは、万に一つの勝ち目もない。
 たとえ、ラムシェル王の叡智により、数回局地戦に勝利したとしても、ただの一回聖皇国に敗れれば、そのままミケルクスド國の滅亡へと直結する。
 そのぐらいミケルクスドとソルトルムンクの国力、ひいては戦力差は大きいのである。
 このような事情は、既に八万で入城したヒールテン地方軍を含む全ての兵士たちは十二分に理解している。
 ジュルリフォン聖皇のグラフの逆臣宣言とミケルクスド國への恫喝圧力の情報がマルシャース・グール内にまで知れ渡るようになると、ユングフラとグラフについてきた兵士たちは潮が引くようにマルシャース・グールから去っていったのである。
 むろん、兵士たちだけでなく、マルシャース・グールの住民たちも同様であった。
 ユングフラとグラフが入城した際には、五十万を数えたマルシャース・グールの人口が、一月二八日のソルトルムンク聖皇国軍のマルシャース・グール奪還の軍が進軍を開始した時には、三分の一弱の十五万人にまで落ち込んでいたのである。
 そこは、いくら国民に人気のあるグラフ将軍といえども、聖皇から逆臣呼ばわりされれば、その求心力は大幅に低下する。
 黒宰相であるザッド憎しで繋がっていた人々からしても、ジュルリフォン聖皇がミロイムス地方に入ってからは、ザッドは冷遇されて、そのザッド本人が元ゴンク帝國の帝都であるヘルテン・シュロスの地へ赴き、そのヘルテン・シュロスから動かない。
 つまり、ジュルリフォン聖皇とは完全に別行動をとっている。
 今のジュルリフォン聖皇はザッドの傀儡ではないのである。
 その状況でのグラフ逆臣宣言である。
 グラフとンド、そしてクレフティヒを推していた人々からしても、反ザッドではあるが、反ジュルリフォン聖皇では決してなく、ましてや反ソルトルムンク聖皇国ではないのである。
 それにマルシャース・グールに入城したヒールテン地方軍の中にグラフはいるが、ンドとクレフティヒはいない。
 ンドは亡くなり、その亡骸と共にクレフティヒは、姿を消した。
 この状態でマルシャース・グールから民や兵が離れていくのは当然の摂理であり、むしろ一月間で民が十五万、兵が四万残ったのは、グラフ将軍個人の人気がかなりあること証明であろう。
 グラフ以外の他の者では、とっくにマルシャース・グールに駐屯している兵は全くいなくなっていたであろう。
 場合によっては王城占領軍が、マルシャース・グールの住民たちの手のみによって駆逐されていた可能性すら否定できない。
 いずれにせよ、ミケルクスド國別働隊であるヒールテン地方軍一万はともかく、それ以外の軍隊としての戦力は、スルモンが率いている元聖皇国近衛軍である軍隊ぐらいしか期待できないであろう。
 それに対して、ミロイムスより進軍を開始したジュルリフォン聖皇率いるソルトルムンク聖皇国正規軍は、日を追うごとに、その戦力を増大していった。
 十万という兵力に加え、ジュルリフォン聖皇の王城凱旋の戦であるため、誰もがこれを機に活躍をして、聖皇の目に留まり、己の出世を目論む者たちが、我先にとこの聖皇国正規軍に殺到するように加わったのである。
 一度、流れ出すと激流のように流れる大河のように、誰にもその流れを押しとどめることは不可能であった。
 このような状況下での軍議の席でのユングフラの発言が続く。
「今のグラフ殿は、単なる聖皇国の逆臣に過ぎません。聖皇率いる聖皇国軍は十万でここへの進軍を開始しましたが、既にその数は二十万に達しようとしております。おそらく、王城に辿り着くときには五十万になろうかという勢いです。そのような状況で、逆臣の汚名を着せられたグラフ殿にどのような力があろうとも、それは竜の群れに立ち向かう一匹の鼠に過ぎません。しかしながら……」
 ユングフラの息をもつかせぬこの言葉に、誰もが一言も発することができなかった。



〔参考 用語集〕
(神名・人名等)
 グラフ(元ソルトルムンク聖王国の近衛大将軍)
 クレフティヒ(元ソルトルムンク聖王国の大臣)
 ザッド(ソルトルムンク聖皇国の宰相)
 ジュルリフォン聖皇(ソルトルムンク聖皇国の初代聖皇)
 スルモン(元近衛軍の十六副将軍の一人)
 ユングフラ(ラムシェル王の妹。当代三佳人の一人。姫将軍の異名をもつ)
 ラムシェル王(ミケルクスド國の王。四賢帝の一人)
 ンド(元ソルトルムンク聖王国の老大臣。故人)

(国名)
 ヴェルト大陸(この物語の舞台となる大陸)
 ソルトルムンク聖皇国(龍王暦一〇五七年にソルトルムンク聖王国から改名した國。大陸中央部から南西に広がる超大国)
 ミケルクスド國(西の小国。第五龍王徳叉迦(トクシャカ)の建国した國。飛竜の産地)
 ゴンク帝國(南の超弱小国。第三龍王沙伽羅(シャカラ)の建国した國。現在はツイン地方のみが国土)

(地名)
 イーゲル・ファンタム(ミケルクスド國の首都であり王城)
 ヘルテン・シュロス(元ゴンク帝國の帝都であり王城)
 マルシャース・グール(元ソルトルムンク聖皇国の首都であり王城。今はミケルクスド國のユングフラによって占領されている)
 ミロイムス地方(ソルトルムンク聖皇国南西部の地)

(その他)
 ヒールテン地方軍(ユングフラ姫の率いるミケルクスド國別動隊。元ゴンク帝國領のヒールテン地方の駐留する軍ゆえに便宜上、そう呼ばれている)
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