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2017年03月05日14:48

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〔小説〕八大龍王伝説 【468 頬の傷跡】


 八大龍王伝説


【468 頬の傷跡】


〔本編〕
 この聖皇国軍十万による王城マルシャース・グール奪還戦より遡ること、一月以上前の龍王暦一〇六〇年一二月一三日。
 つまり、ユングフラ姫とグラフ将軍の率いるミケルクスド國ヒールテン地方軍が、マルシャース・グールに入城した同月一二日の翌日。グラフ将軍は、疲労した身体を労わることなく、歴代ソルトルムンク聖王が葬られている霊廟に足を運んだ。
 これは、マルシャース・グール入城前にユングフラ姫やマークと話した事柄で、ステイリーフォン聖王子ということで霊廟に安置されている遺体の左頬の傷跡を調べるためであった。
 ステイリーフォン聖王子は、龍王暦一〇六〇年より二十年前の龍王暦一〇四〇年の夏に舟遊びをしている最中、その船が転覆して亡くなったということになっている。
 しかしながら龍王暦一〇五〇年のバルナート帝國からのマルシャース・グール奪回戦において、当時のジュルリフォン聖王子の影武者としてステイリーフォン聖王子が生存していた事実をグラフ将軍等は後に知ることとなる。
 その後、ステイリーフォン聖王子は地下に潜伏していた第四龍王ワシュウキツの地下の城に匿われ、その後グラフ将軍の手を介して、現在はミケルクスド國のラムシェル王の元にいる。
 つまり、二十年前に亡くなっていたと思われていたステイリーフォン聖王子は正真正銘生存しているのである。
 さらに遡ること二十七年前の龍王暦一〇三三年。当時十歳のジュルリフォン聖王子は、前聖王コムリーニ愛用の銀の剣を持って遊んでいたところ、誤って自らの左の頬を剣で傷つけてしまう。
 幸い、大事には至らなかったが、それでも剣の切っ先は欠け、幼いジュルリフォン聖王子の左の頬に一生残るであろう傷跡を作ってしまったのである。
 しかし、グラフ将軍はジュルリフォン聖皇の左頬にその剣で出来た傷が無いことに、つい最近になって気づいた。
 もちろん、傷跡は無くなる可能性もないこともない。
 しかし少なくとも、歴代聖王の霊廟に安置されているステイリーフォン聖王子のものとされる遺体は、むろん本人が生存している以上、別人の遺体である。
 そして、それが実はジュルリフォン聖皇ではないかということである。
 何があってもジュルリフォン聖皇には剣は向けられないと頑なに拒むグラフ将軍を、反ソルトルムンク聖皇国側に引き入れるためには、その証明は必須である。
 むしろ、本来であればグラフ達を救出した後、元ゴンク帝國領のヒールテン地方に撤退するか、或いは本国であるミケルクスド國に赴くはずの、ユングフラ率いるヒールテン地方軍がマルシャース・グールに入城したの理由はいうまでもなくそれの証明である。
 敵国の中心地に孤立するという下策をあえてとったのは、グラフ将軍を自分たちの陣営に引き込みたいミケルクスド國の王妹ユングフラの思惑であり、兄王であるラムシェル、そしてミケルクスド國存続という悲願のためであった。
「ここが、ステイリーフォン聖王子陛下のご遺体の眠る霊廟です。むろん、ご本人のものではありませんが……」
 グラフが、ユングフラとマークと三人で、霊廟に入って十分程度歩いた場所であった。
 聖王の霊廟が連なる中で、一回り小さい霊廟であったが、聖王ではなく聖王子の霊廟であるため、それは致し方ないことなのであろう。
「霊廟に納められております方々のご遺体は、白魔法によって絶対に劣化しないように処置がされ、生半可な魔術や力では絶対に封印が解けない処置が二重に施されております。本来であれば、高位の聖職者によってその術式を解いていただかないと棺をあけることはかないませんが、この聖王廟にはなるべく多くの者を連れたくはない。ましてや畏れ多くも王族の棺を暴くという行為には、なおさら第三者は立ち会わせたくない。そういう意味で姫が聖職者で助かりました」
 聖職者とは、いわゆる兵の種類の一つでモンク系にあたる。
 モンク系は、補助的魔法の白魔法と、攻撃的魔法の黒魔法の両方に精通している兵である。
 そして聖職者のもう一つの種類がシスター系の兵で、こちらは白魔法のみを操る女性限定の兵である。
 ミケルクスド國のユングフラ姫は、このうちのモンク系の最終段階(トップランク)の階層にあたるビショップである。
 ビショップであれば、高位の聖職者であるので、霊廟の棺を解除することも可能なのである。
 ちなみに、ユングフラ姫はこのビショップの称号以外に、騎兵であるナイト系の第三段階(サードランク)のシルバーナイトと、飛兵系の最終段階(トップランク)のワイヴァーンナイトの称号も併せて有している。
 ついついユングフラ姫は、兄王であるラムシェルと比べられて見劣りする感があるが、ラムシェルと同じ天才の血は確かに受け継いでいるのである。
「グラフ殿、棺は解除いたしました!」
 ユングフラの八分程度の術式により、ステイリーフォン聖王子と称される遺体の棺が解除された。
 グラフは大きく頷くと、マークと共にその棺の蓋を取り除いた。
 そこには十七歳という若さで亡くなった一つの遺体が安置されていた。
 それは若々しい尊顔のステイリーフォン聖王子に瓜二つの遺体であった。
 むろん、ステイリーフォン聖王子は現在も存命して、ミケルクスド國に匿われているので、ステイリーフォン聖王子の遺体でないのは確かであるが、ステイリーフォン聖王子が存命という事実を知らなければ、誰もこれが聖王子の遺体ということに、何ら疑問を差し挟まないであろう。
 そして、このステイリーフォン聖王子であろうと言われる遺体と、瓜二つなのがステイリーフォン聖王子の双子の兄のジュルリフォン聖皇であり、二十年前の龍王暦一〇四〇年夏の舟遊びの事故で、この遺体が発見され、そこに当時、ジュルリフォン聖王子と名乗る人物が生きて登場しなければ、或いはこの遺体はジュルリフォン聖王子のものとなっていたであろう。
 それほど、ジュルリフォン聖王子とステイリーフォン聖王子の双子の王子は瓜二つなのである。
「やはりそう言うことか!」
 グラフは大きなため息と共に、そう呟いた。
 その棺の遺体に顔を近づけて見れば一目瞭然であった。
 その遺体の左頬には、二センチ程度の距離まで顔を近づけて見ればはっきりとそこに傷跡があることを見て取れた。
 一目でそれが突き傷であることは分かり、銀の毒素によってであろう、周りの皮膚の色より少し黒ずんで見えた。
「お許し下され!」
 グラフはそう呟くと深くお辞儀をした後、懐から短剣を取り出し、その遺体の左頬の傷口に短剣を添え、その左頬を裂き、そこから小さな欠片を取り出した。
 グラフはその欠片をまじまじと凝視し、やがて大きく深く頷いた。
「ユングフラ姫!」
「……」
「これではっきりいたしました! この欠片は銀製であり、剣の切っ先に間違いありません! つまり、このご遺体はジュルリフォン聖王子様のご遺体で間違いありません! 今、生存している聖皇はジュルリフォン様でないことがこれではっきりと判りました! このグラフ!! 今は、どこの誰とも知れない聖皇を名乗る者に忠誠を誓う心はもう持ち合わせておりません!!」



〔参考 用語集〕
(八大龍王名)
 和修吉(ワシュウキツ)龍王(クルックス共和国を建国した第四龍王とその継承神の総称)

(神名・人名等)
 グラフ(元ソルトルムンク聖王国の近衛大将軍)
 コムリーニ聖王(ソルトルムンク聖王国の第四十八代聖王。ジュルリフォン聖皇とステイリーフォン聖王子の祖父。故人)
 ジュルリフォン聖皇(ソルトルムンク聖皇国の初代聖皇)
 ステイリーフォン聖王子(ジュルリフォン聖皇の双子の弟)
 マーク(シャカラの親友。レナの兄)
 ユングフラ(ラムシェル王の妹。当代三佳人の一人。姫将軍の異名をもつ)
 ラムシェル王(ミケルクスド國の王。四賢帝の一人)

(国名)
 ヴェルト大陸(この物語の舞台となる大陸)
 ソルトルムンク聖皇国(龍王暦一〇五七年にソルトルムンク聖王国から改名した國。大陸中央部から南西に広がる超大国)
 バルナート帝國(北の強国。第七龍王摩那斯(マナシ)の建国した國。金の産地)
 ミケルクスド國(西の小国。第五龍王徳叉迦(トクシャカ)の建国した國。飛竜の産地)
 ゴンク帝國(南の超弱小国。第三龍王沙伽羅(シャカラ)の建国した國。現在はツイン地方のみが国土)

(地名)
 ヒールテン地方(元ゴンク帝國の一地方。現在はミケルクスド國領)
 マルシャース・グール(元ソルトルムンク聖皇国の首都であり王城。今はミケルクスド國のユングフラによって占領されている)

(兵種名)
 第三段階(兵の習熟度の称号の一つ。下から三番目のランク。サードランクとも言う)
 最終段階(兵の習熟度の称号の一つ。一番上のランク。トップランクとも言う)
 シルバーナイト(第三段階のシルバーホースに騎乗する重装備の騎兵。銀騎兵とも言う)
 ワイヴァーンナイト(最終段階の飛竜に騎乗する飛兵。竜飛兵とも言う)
 ビショップ(最終段階の魔兵。白魔法と黒魔法の両方に精通している兵。いわゆる『僧正』)

(その他)
 黒魔法(主に攻撃系の魔法)
 白魔法(魔法の中で防御や治癒などの攻撃を補助する魔法の類)
 ヒールテン地方軍(ユングフラ姫の率いるミケルクスド國別動隊。元ゴンク帝國領のヒールテン地方の駐留する軍ゆえに便宜上、そう呼ばれている)
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