ぼくはあなたたちに「がんばれ」なんて言葉をかけることができません。
なぜなら、ぼくも死のうとしたとき、「がんばれ」なんて言われたとき、はっきりと覚えています。
「ふざけんな、がんばって、ふんばって、力を尽くしてもどうしようもないから、消えたいんじゃないか」
そう少年のときに思ったことがあります。
だから、世間一般の人がいうように、無駄に元気づけたり、何かしろなんていいません。
でもただ一点だけアドバイスできるのは、自分のいいところをみつけてほめてあげてください。
今を死なずに耐えてがんばっている。これだけでも十分です。
最低限これだけで十分です。
「私は今日ちゃんと生き延びた」
どうか自分をほめてあげてください。
そして今ある自分を大事にしてあげてください。
人からどんなこといわれてもいいのです、人が求めるあなたになる必要なんてないんです。
あなたはあなたのまま輝くことはできるんです。
例えば花は自分は花だなんて思っているでしょうか?
思っていません、ただただ春を待ち、精一杯咲いて、春がすぎるころには枯れていきます。
それでも彼らは、無意識にも蝶を呼び寄せ、蜂をよびよせるんです。
あつまる蝶や蜂たちは、自分のことを蝶や蜂だと思っているでしょうか?
思っていません。
ただただ蜜を吸い、精一杯生きて死んでいくのみです。
でもそれでも彼らはちゃんと自然の環の中にはいっていて、知らないうちに花々に受粉させ、自然に貢献しているのです。
ぼくら人間もそうだと思います。
ああなろう、こうなろうを捨てて、今の自分を肯定するところから、楽になるのだと思います。
素のあなたのままでいいんです。
お天道様は偉大だとふだんからぼくはつくづく思います。
ぼくは少年時代、宿なし金なし家族なしで死にかけたことがあります。
暖かい布団の中で寝ること、それ自体でもう人の何倍も努力が要ったのです。
なんど世の中を呪ったかわかりません。
人がふつうにもっている環境が自分だけにはない、これほどつらいものはありません。
親がいなければ家さえ借りることができない。
バイトで社員で働くことができないため、保険証がなく病院へいくこともできない。
元来身体が丈夫なほうでなかったぼくには、来る日来る日が地獄だったんです。
しかしそれでもお天道様は自分を見捨てませんでした。
今の僕はやっと人なみの生活がおくれています。
その気になれば、お天道様はこんなおっさんでも、見捨てないでいかしてくれるんですよ。
ぼくはあなたたちなら、きっと耐えてくれると思っています。
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