今度の小説のネタとする為、わざわざ秋田まで行って古書を漁ってきました。
それもこれも栗田定之丞に関する資料集めの為です。知ってる人は知ってるけど、知らない人は全然知らない、そんな彼の人生を簡単にですが、一緒になぞってみましょう。
定之丞は秋田藩士高橋家に二男で生まれ、薄給の家の為、口減らしで出家させられそうになる。しかしどんなに親が策を弄しても、果ては寝ている間に頭を剃ろうとしても、引き篭もって不眠不休で抗議を示した。武門の家に生まれたからには、どんな事があろうと武家で身を立てたいという、幼い時から強情で頑固な性格が覗ける。
やがて名門ながら家の傾いた栗田家に養子となって出され、武芸に精進する青年時代を過ごす。しかし武辺一辺倒という事も無く、勘定方の非正規派遣で仕事を得るや、生来の頑張り性でソロバンを駆使し、やがて勘定方の正規となってやがて主任にまで出世する。
しかし大藩の佐竹・秋田（久保田）藩といえど、年々収入が目減りしている。定之丞は不審に思い、初め百姓が怠惰なせいだと思うのであった。
時代の変換期なのか、頻繁にロシア船が蝦夷から日本海辺りに出没し、幕府は近隣の藩へ海防の触れを出す。例にもれず佐竹家にも沿岸海防の任が発令された。
若い栗田は足軽として能代（秋田県上部）の海岸を警備する任に付く。しかしそこで、彼は恐ろしい敵に遭遇するのであった。
日本海から襲う厳しい寒冷の潮風。
コレが海岸の砂を飛ばし、田畑どころか村々の呑みこむのである。実際、何ヵ村も廃村になっていた。それだけではなく、近隣の村々はどうせ作物を作ってもダメになってしまうのでやる気を無くしていた。娘は身売りに出され、博打の横行する荒れた土地を彼は見た。
一旦病気で引退するも、やがて復仇した定之丞は願ってある役目を請け負う。
「お砂留役」
モチロン、秋田藩には昔からこの問題を無視していた訳ではない。だがありとあらゆるやり方を試して、ことごとく失敗し、有名無実になった役職…それがお砂留役であった。
村民も何度か試して、限定的に成功はしている。しかしそれも藩の援助があればこそ。誰も本腰で立て直そうという者は居なかったのだ。
これに栗田定之丞は志願する。当人の日誌を読むとその悲壮な決意が見て取られる。「たった独りにて、千や二千の敵陣に切り込み秋田の城を守って討ち死にする所存…」
そして、藩は非情な決断をする。お砂留役は認証されたが、援助の金は一切出さないというのだ。金も無く、部下も無く、秋田を守る為、定之丞は奔走する事になる。
場所は八郎潟から上に１００�舛砲盖擇崢垢こご漾�まずは南部の山本郡から当たった。
砂を止めるには昔から防砂林が一番だと言われている。誰もが日本中で海岸沿いに松林があるのを見た事がある筈。
しかし、冷たい潮風が今まで植林を阻んできた。
村民達も今までは何らかの援助があればこそ植林の御作事を手伝ったが、今回は何も出ない。しかも年の若い青年が抜擢された事を訝しんだ。
それでも深謀強く説得し、村からなけなしの金を拠出してもらい、植林作業をするが…結果、失敗する。一本も生えず枯れてしまったのだ。
村の怒りは爆発する。だがひたすらこれをなだめ、懇願するのだった。「もう一度！」と。林が出来れば田畑を守れるだけではなく、松明やヤニで副次的な収入も得る事が出来る。そう説いた。
栗田定之丞を暗殺しろという不穏な話も持ち上がる中、ひたすら懇願し、それでも絶対に引かない彼を、村人はダダをこねる子供の様だと言って「ダダの丞」を蔑んだ。
それでも…砂まみれで日夜、掘立小屋で風を睨んで観察する彼の情熱に負け、もう一度植林がなされた……が、今回も全滅。
村人たちは「ダダの丞に悪病が憑いて酷い死に方をしろ」と罵り、本当に心底絶望する。
打ちひしがれる定之丞。だが、ある発見をする。誰かが捨てた古草履が砂浜に捨てられていたのだが、角度がおかしい。
ヒョイと捲り上げてみると、そこにたった一株、グミの木が育っていたのだ。定之丞は一抹の希望を見出して号泣した。
今度は薦や筵で海側から木を守る盾を作れば、木々は守られる。成長すれば大丈夫になる。初めだけ藁の壁を作ってほしい…
必死の願いを受けてもう一度村長や大店の庄屋に頭を下げ、最後の希望を託す、定之丞。もう失敗は許されない。自分も村も限界である。もしこれに敗れたら次は無く、討ち死にである。
その思いから、365日24時間体制で砂浜を見張りだす定之丞。
その姿を見て、一揆を起こそうとまで考えていた村人たちは思い留まる。
そうして迎えた一年後……
全部とは言わないが60％の木々が育っていたのだ。次の年も成長した木々は耐えた。もう大丈夫……定之丞が自然に勝った瞬間であった。
「もし木が生えるようならオレは首をお前に差し出す！」と憤っていた百姓達が詫びを入れて定之丞に殺到した。長い事諦めていた現実に初めて光明が射し、山本郡の村人は湧き上がった。 都合9年の期間を経て、無事植林は成功し、村々は潤った。
栗田定之丞は自分の事は置いておいて、ひたすら村人の功績を称える報告書を藩の奉行所に送っている。
そして今度は能代北部の残り半分である。
やはり同じ様に村民の反発が起きる。しかしここでも同じようにひたすら耐えて、しかし諦めずに必要性を説いて回るダダの丞。それに今回は山本郡の村長達も口添えをしてくれたのだ。
少しずつ、薄紙を貼り重ねる様に防砂林は完成していき、40里にも亘る能代の壁は完成した。 この事業に約20年を掛け、同役も付かず、ほぼ一人で定之丞はやり遂げたのである。
しかし藩は５０石の増を以て報いるのが精一杯であった。子孫はその後も残り、勘定方として活躍した。
村人達はその功績をたたえ、潮風から我々の農作物を守ってくれるという事で栗田大明神と崇め、神社を建てた。
今でも、栗田神社は日本海を睨むようにして能代の海を見守っている。
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