「存外、仁助はあかんたれじゃ……！」
拙者こと、平沢修理亮は思わず独り言を漏らした。今はもう苗字も幼名も違うが、幼き頃から仁助と呼び親しんできたので、今更『定之丞』とは呼び辛い。
どんよりと緞帳の下りたかの様な秋田の空模様を見上げ、また一つ舌打ちをする。
折角、ワシが明道館の剣術師範として推挙したのに、仁助の馬鹿目、断る処か、病を理由に引退を言ってきおった！
やっとの思いで継いだ栗田家を潰すつもりか、あの馬鹿！
そうじゃそうじゃ、仁助は昔から頑固者じゃった。
あの栗田家を継ぐ時も一騒動じゃった。三男として足軽卒の高橋内蔵右衛門（くらえもん）家に生まれるも、あまりに貧乏なため掃除坊主として、仁助を出家させようとした時があった。しかし、それを察した仁助の奴、剃髪を頑強に拒みおって、辟易した高橋の両親が仁助の寝入り中に剃髪しようとすれども、それの先を読んで徹夜をして頑として出家させなんだ。その時の涙ながらの台詞が幼子とは思えん様な、奮っておる。
「父者、母者、どんなに貧乏だろうと士卒であれば立身出世もあり、お国のため礎とも成れましょう。ですが茶汲み坊主になれば栄華は一代限りです。古今東西、茶坊主が立身出世した例はありません、一時の安住のために名を捨てるつもりか？」
…こんなん、子供に言われたら親はもう何も言えなくなるよ。案の定、高橋の家は出家させるのを諦めた。
しかしどう転ぶかは知らんが、この話を聞いて興味持ったのが五十石の大身、栗田茂寛殿じゃった。「それだけの大望を持つのであるのなら、我が家の養子にならんか」と。幼心にあまり両親を困らせたくもなかったのであろう、仁助はまんまと栗田家の養子となって、剣術師範の我が平沢家と同じく、五十石持ちとなったんじゃった。
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