実は西安に到着して何泊したのか、記憶が曖昧である。
実家に保存していた当時の日記も散逸し
今となっては鮮明でいて曖昧な僕の記憶にのみ頼ることになる。
友人のタンゲのSOSに呼応して
西安の勝利飯店に辿り着いたのは
中国に入って8日目の事だったと思う。
計算から言っても
西安であと1万円持っていたのだとしたら
贅沢さえしなければ1か月は暮せたはずである。
ホテルの宿代は安いところで数百円で1泊できるものであり
裏通りのウイグル人街の食堂なら1日2元もあれば
おなか一杯ご飯が食べられる。
ビールも1瓶で1元だ。
因みに1元は12〜15円だ。
僕は買い込んだカップめんやお茶だけで
1日を過ごしたこともあるが、それだけなら
1日数十円ペースであり
肝心なのは宿代をキープするかどうかだけなのである。
ただ、追いつめられると逆切れするタンゲの性格だと
1か月も辛抱しているとは到底考えられなかった。
案の定、自分から助けを求めておいて
勝手に次の旅先に移動するという暴挙に出やがったのである。
僕だって、勝手に西安に向かったのではない。
エアメールを受け取ってすぐ、
「そちらに向かうので待っておけ」
とだけ書いた返信を送ったのである。
問題はそれがきちんと彼の手に届いていたかどうかが不明だったのである。
斯くして「旅の目的」が観光に完全に変わってしまった僕は
西安の町を探索することにした。
京大コンビは
「折角、西安まで来たのは兵馬俑を観るためだ」
と言ったので、翌朝6時に西安駅前に集合するというツアーに
その場で申し込んでから尋ねた。
「兵馬俑」って教科書で書いていた記憶があるけど
ぼんやりとした記憶しかなくて。。。西安にあるんだっけ??
そうなのである。誰が誰の為に作ったかどうか、とか
もろもろが不明だけれども、結構な規模で
結構な量で発見された、世紀の大発見が20世紀の末にあったのである。
史書によると秦の始皇帝の為に埋められた
人形の埴輪群であるが、かなりの損傷を受けているはず、との事であった
現在知られている「秦の始皇帝のそれ」という認識は
近年徐々に固められたものであり
僕が訪れた時はもちろん、現在も発掘と研究が続けられているという壮大なスケールの
遺跡なのである。
近くに「秦の始皇帝陵、と言われている巨大な丘」があり
そこと
華清池という楊貴妃が浸かったという池?風呂がある史跡があるのだそうで
そこに寄るというのがツアーの見所だった。
はっきり言って、兵馬俑は凄いスケールで一見の価値があると思う。
「最近、発掘されたもの」がどんどんと増えているのが何よりすごい。
既に世界遺産に指定されているのでこれ以上「酷くなることはない」と思うのだが。。。
秦の始皇帝陵と思われる丘、では
トイレ休憩があったのだが
真横に女性が座り込んで居て、板1枚だけ隔てただけの
トイレで用を足すという経験はここが最初だった。
「中国に行ったら、そういうのあるよ」
と噂では聞いていたけれども、ホテルや商業施設でのみ用を足していたため
実際にのっばらで自然と一体化したようなトイレは初体験だった。
厳密にいうと、板で男女の区切りはしているのであるが
前に板はあっても、横に板はない。
そして、後ろが丸見えで。
中国ではトイレットペーパーは携帯必需品である。
衛生紙(ウェイションシー)と言って、どこででも買える。
僕はリュックの中に、常に着替えと衛生紙とペンと紙と
タオルと大コップと茶葉とだけは携帯していた。
トイレ繋がりでいうと、商業施設やホテルのトイレが一番清潔で
安心して使えるのだけれども
確実に出入り口におばちゃんが座っていて
当時でいうと五角(ウーマオ、一元の半分)のお金を取られてしまう。
余談であるが
中国の当時の口語はお金の呼び方がややこしかった。
1元は、正しくは「イーユァン」と発音するのだが
市井の呼び方では「イークワイ」つまり、「一块※」と発音するのである。
※土へんに決まるの作りの部分
その1元の10分の1が「1角」であるがこれを
「一毛=イーマオ」と発音する。
日本円にすると1円程度が1角である。
トイレでお金を取られるという習慣が無い者からすると
違和感があるのだが
まぁ、考えてみれば「タダでトイレを使う」という事自体が
仕組みの上では贅沢な話である。
有料トイレが普通、の国があってもおかしくはないのである。
それだけに秦の始皇帝陵だと思われる丘、での
トイレ休憩のトイレはタダであったから
致し方ないのかな、と思った。
ただ、その場所が。。。
ガイド曰く
「さっきトイレで用を足した丘が秦の始皇帝陵だ」
というのだから驚きである。
唖然としながら、我々は「グレートテレコッタアーミー」
いわゆる「兵馬俑」に向かったのであった。
続く
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