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2016年07月16日10:39

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〔小説〕八大龍王伝説 【433 宰相ザッド(一)】


 八大龍王伝説


【433 宰相ザッド(一)】


〔本編〕
 同月一六日。ソルトルムンク聖皇国の宰相ザッドは、馬(ホース)に乗って、一人、ミロイムス城を後にした。
 いや、正確には一人だけ付き従った者がいた。
 いや、さらに正確にいえば、付き従わされた者であった。
 それは、ジュルリフォン聖皇が命じたことではない。
 ミロイムス地方領主のダードムスが命じたことであった。
 従って、ザッドに付き従う者はジュルリフォン聖皇と一緒に王城マルシャース・グールから脱出してきた大臣たちの一人ではない。
 ダードムスの側近の一人であった。ザッドを監視する役目でつけられた者であろう。
 この者に何かが起こった時、恐らく術式的な何かの力でダードムスに伝わるのであろう。
 そして、そのことはザッドの叛意としてジュルリフォン聖皇に報告されるのであろう。
 しかしザッドとしては、それは今となって、どうでも良いことであった。
 今更、読者の皆様に隠しておく事柄でもないので、全て明かすが、ザッドは人ではない。
 その正体は、第八龍王ウバツラの八つの人格――いや神格と言ったほうがいいだろうか――である八大童子、その一つである制多迦(せいたか)童子である。
 セイタカ童子は銀の童子とも呼ばれ、ウバツラ自身の神格である金の童子、矜羯羅(こんがら)童子に次いで二位の位を有する神格である。
 さて、現在のウバツラ龍王であるコンガラ童子は、何かの呪い的な要素か何かで、およそ神とは考えにくい徳の低い神格でこの世に生を受けた。
 その事情について説明するのは先に譲るが、そのウバツラ――つまりコンガラは、先代のウバツラを除いた後に、天界及び八大龍王が関わっている地上界すら手に入れようという野望を持っていたのである。
 むろん、それが野望の全てかはうかがい知れないが、とにかく、それが当面の目的であった。
 その当面の目的を達成するために、先代ウバツラの在世からコンガラは、いくつかの手を打っていったのである。

 さて、そこでコンガラの手駒となるのが、コンガラ以外の七人の八大童子であるが、むろん、コンガラ以外の七人の八大童子にも、それぞれの性格がある。
 しかし、リーダーであるコンガラに逆らうことができないある事情があった。
 コンガラが有している龍は、アハトコプフヒドラ――八(や)の頭(かしら)の多頭龍であるが、その一つ一つの頭が、八大童子であった。
 厳密に言うと、一つ一つの頭に魂があり、その魂が人型に実体化して八大童子となるのである。
 実体化したその魂は、ヒドラの頭から離れても存在することができるが、その実体が何らかの外的要因で致命的なダメージを与えられると、消滅してしまう。
 例としては赤の童子である慧喜(えき)童子が、シャカラにウバツラの危機を知らせた際、トクシャカによって切り殺されたのがそれである。
 そこは、人や神と事情は一緒である。
 ちなみに話が少しそれるが、ワシュウキツとシャカラがナンダ龍王だと思っていた神は、八大童子の一人である第一童子の慧喜(えき)童子だったのである。
 さて、この例のように実体化した魂が、外的干渉によって消滅するのと別に、もう一つ八大童子が消滅する場合がある。
 それは、ヒドラが対象の八大童子の頭を噛み砕くなりして、その頭を潰してしまった場合がそれに当たる。
 この場合、実体化した八大童子の魂がどんなにヒドラから遠く離れていても、対象のヒドラの頭が潰されれば、魂は消滅するのである。
 一つ一つのヒドラの頭が八大童子といったが、唯一の例外が、八大龍王としての身体を有しているウバツラことコンガラである。
 そしてコンガラは、八大龍王である優鉢羅(ウバツラ)の本体とは別にヒドラの一つの頭と身体を操ることができるのである。
 残り七つの頭は、そこに魂がとどまっていれば、七人のそれぞれの童子が動かすことは可能であるが、コンガラが操れる一つの頭は、他の頭より一回り大きく圧倒的に他の七つを凌駕している程強い。
 それに七つの頭は長い首を有しているが、その首はヒドラの身体の一部としてコンガラのみが操れるのである。
 つまり、コンガラを除く七つの頭は、コンガラのヒドラといっても差支えないだろう、そのヒドラに万が一にも逆らうことができないのである。
 さらに、実体化してヒドラから離れている七人の童子の魂は、その唯一動かせる頭部すら動かすことができなくなるのである。
 このような事情からコンガラ以外の七人の童子は、第八童子であるコンガラに絶対に逆らうことができないのである。
 そのような事情であるため、コンガラは他の七人の童子にどのような理不尽な指令であっても、自由に出せるのである。

 そのようなコンガラが、八大龍王が見守っているヴェルト大陸の実質的な支配を目論んだのであった。
 先ず、龍王暦一〇四〇年の夏。舟遊びに興じているジュルリフォン聖王子を、事故を装い殺害する。
 そして、八大童子の一人である清浄比丘(しょうじょうびく)にジュルリフォン聖王子を装わせたのである。
 ジュルリフォン聖王子は、その当時の聖王であったコリムーニ聖王の直系の孫にあたる。
 父親を幼い時に亡くしたジュルリフォン聖王子は次期聖王の筆頭候補であったのである。
 そのジュルリフォン聖王子に化けるということは、近い将来、ヴェルト大陸一の超大国であるソルトルムンク聖王国を実質的に支配できるということであった。
 しかし、コンガラはこの手をうってだけでは、良しとしなかったのである。
 ショウジョウビクがジュルリフォン聖王子になったとはいえ、まだこの段階では、聖王候補の一人に過ぎないのである。
 このソルトルムンク聖王国の実効支配をより確実なものとするために、ショウジョウビクがジュルリフォン聖王子になってから七年後の龍王暦一〇四七年に、コンガラは、もう一人、八大童子をソルトルムンク聖王国内に送り込んだのである。
 八大童子のうちの第七童子のセイタカをである。
 セイタカをザッドという架空の人物に仕立て上げ、ジュルリフォン聖王子――むろんショウジョウビクのことであるが――の直々の要請で召し抱える。
 こうして、ジュルリフォン聖王子の一教育係として、ソルトルムンク聖王国の一役人となったザッドことセイタカは、着々と聖王国内部に地盤を作り上げ、ついにジュルリフォン聖王子が聖王に就任した時には、全ての権力を握る宰相の地位に登りつめたのである。
 ウバツラことコンガラの思惑通りに事が運んだ。
 ショウジョウビクにしても、セイタカ童子にしても、コンガラに逆らうことは絶対に出来ないので、コンガラのヴェルト大陸実効支配に向けて、お互いに協力体制を築いていく。
 そしてそれはあるところまでは、その通りに進んでいたのである。



〔参考 用語集〕
(龍王名)
 難陀(ナンダ)龍王(ジュリス王国を建国した第一龍王とその継承神の総称)
 沙伽羅(シャカラ)龍王(ゴンク帝國を建国した第三龍王とその継承神の総称)
 和修吉(ワシュウキツ)龍王(クルックス共和国を建国した第四龍王とその継承神の総称)
 徳叉迦(トクシャカ)龍王(ミケルクスド國を建国した第五龍王とその継承神の総称)
 優鉢羅(ウバツラ)龍王(ソルトルムンク聖王国を建国した第八龍王とその継承神の総称)

(神名・人名等)
 アハトコプフヒドラ(第八龍王ウバツラの守護龍。八つの頭を持つ多頭龍。八(や)の頭(かしら)の多頭龍とも言う)
 慧喜(エキ)童子(ウバツラ龍王に仕える八大童子の一人。第一童子)
 コリムーニ聖王(ソルトルムンク聖王国の第四十八代聖王。ジュルリフォン聖皇とステイリーフォン聖王子の祖父。故人)
 矜羯羅(コンガラ)童子(八大童子のうちの第八童子である筆頭童子。八大龍王の優鉢羅(ウバツラ)龍王と同一神)
 ザッド(ソルトルムンク聖皇国の宰相)
 清浄比丘(ショウジョウビク)(ウバツラ龍王に仕える八大童子の一人。第三童子)
 ジュルリフォン聖皇(ソルトルムンク聖皇国の初代聖皇)
 制多迦(セイタカ)童子(ウバツラ龍王に仕える八大童子の一人。第七童子)
 ダードムス(ソルトルムンク聖皇国ミロイムス地方の地方領主)

(国名)
 ヴェルト大陸(この物語の舞台となる大陸)
 ソルトルムンク聖皇国(龍王暦一〇五七年にソルトルムンク聖王国から改名した國。大陸中央部から南西に広がる超大国)

(地名)
 マルシャース・グール(ソルトルムンク聖皇国の首都であり王城)
 ミロイムス地方(ソルトルムンク聖皇国南西部の地)

(その他)
 八大童子(ウバツラ龍王の秘密の側近)
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