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2016年03月29日01:27

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とりとめもなく

最近、この話題について色々と絡んでいるような気がするが
多様性を語るときに「男女の性差」は避けて通れない。
そもそも「女性が男性のように」「男性も女性のように」活躍するということに
文字通り、無理があるわけであり
もっと言えば能力主義や事前の努力そのものを否定するような
平等主義のお仕着せのような会話をしていたのでは
何も始まらない。

社会には一定の競争の原理が働いていなければならない
選挙一つとっても、候補者が数人いる中で
誰か一人しか当選できないのだとしたら、
選挙は負けた人は政治家の資格は得られなくなるのは当然だ
負けた人にもチャンスを与えるべきだと喚いても
それは実現しないだろうが
自由競争社会というのは、望ましいと思われる限られた席に
競争して着席していくような構造がある限りは
優勝劣敗の構図は避けられないだろう。

女性が活躍する社会を望むというのなら
何を用意していけば満たされていくのだということから
会話は始めなければならないだろう
これは私見だが
子供たちは親に保育所に預けられたいとはちっとも思ってないはずだ。
それに、保育所が十分に用意されたとしても
今度は質の問題を言い出すだろう。
その次は今度は夫の収入も合わせて「格差社会」云々を言うだろう
それだけでは解決しないのである。

僕は繰り返し指摘しているのだが
首都圏一極集中問題を先に解決しないと
待機児童問題以外の不平不満は
いつまでたっても解決しない。
保育所の不足と同等以上に
医療施設不足も介護スタッフ不足も
全部解決しないと文句は言われ続けるのであろうから
一定以上の収入がない人間は
新しく首都圏に住めないようにしないと
足りない行政サービスを満たすために
また新しく労働人口が流入して
問題を深刻化するんじゃないのか

東京五輪による首都圏の地下のアップは
単なるインフレだけでなく
首都圏での住みにくさをより強化する
これを議論しないで
「女性が」活躍を求めるのは一足飛びではないのか?
と誰も言わないから不思議なのである。

言い方を変えれば
自分は首都圏に住みに足る、と多くの現首都圏在住者が
信じて疑わないことが間違っているのではないかと

だって、最初から
保育所も医療機関も介護施設も不足していると知っているのに
次々と首都圏に移住していくのであるから
これはおかしいのである。

僕も多様性を尊重する社会作りは
推進していきたいし、応援したいのだけれども
多様性というのは、それぞれの努力の結果も
自らで受け止める義務もあるんじゃないだろうか
義務のひとつは
競争社会で勝つことと、負けた場合は負けを受け入れること
負けても別の努力を続けて生きる工夫をすることだと
思うのである。

こういう言い方をするとハンデキャッパーはどうする?
といつも突っ込まれてしまうのだが
ハンデキャッパーとハンデキャッパーではないものを分かつ線は
一体何なのか、で議論が分かれてしまう
納税の義務でも身体的機能でも問題はあると思うけれども
一体、各々がどういうことができるのか、に沿って
権利も細分化して「義務」を設定すれば良いのではないかと
個人的には思っている。

僕は権利とは義務と一体化していて
義務を果たした結果、権利が発生するのであって
無条件に付される権利というのはまやかしだと思うからである。
多様性とは義務についても多様であるべきであり

本コラムの筆者が突っ込むように
「男性が」「女性が」と二元論で語ることにも無理が生じてきて
いるのではないかと指摘したいのである。

■“女性が活躍する社会”の実現、その裏にある本質的な課題とは何か
(THE PAGE - 03月28日 07:01)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=177&from=diary&id=3918396
 「一億総活躍社会」の実現、特に女性が活躍する社会の創出は、政府の経済政策、いわゆる“アベノミクス”が掲げる重要なテーマのひとつですが、一方でその議論を巡っては、「保育所落ちた 日本死ね」のブログで加熱する保育所の待機児童問題や、出産・育児を希望する女性が企業を不当に解雇されるなど職場で不利益を被るパワーハラスメント問題など多くの課題が浮き彫りになっています。これら“女性の活躍”を巡る様々な課題が示唆する本質とは何なのでしょうか。経済紙『フォーブス ジャパン』の副編集長 兼 ウェブ編集長で経済ジャーナリストの谷本有香氏へのインタビューをもとに考えます。

あらゆる人生の選択肢が許容される社会が必要だ
 谷本氏は、企業社会における女性の活躍をテーマに、パナソニックストア/レッツノート プレミアム エディションが主催したイベント『しなやかさの作り方 〜らしく生きる女性たちのストーリー〜』において司会を務め、インタビューはその会場で行いました。

 筆者は男性ですが、会場には企業で活躍している女性やこれから活躍したいという熱意のある女性が集まり、また壇上に上がったパネリストも全員女性という状況で、あることに気づきました。それは、そもそも「男性は」「女性は」と区別して議論していること自体が、社会の大きな課題なのではないかということです。

 本来であれば、男女の性別に関係なく「働きたい」という熱意のある人が活躍でき、更には“一億総活躍”というスローガンに囚われず、「バリバリ働きたい」という選択も、「家庭を守りたい」という選択も、「趣味や学業を貫きたい」という選択も、あらゆる人生の選択肢が許容される社会が、本来目指すべき社会なのではないでしょうか。今回のインタビューでは、このような考えのもと谷本氏に意見を聞いています。

多様性を失った社会は、なぜ生まれてしまったのか
 谷本氏も、女性が活躍する社会を考える上で「多様性」というキーワードが重要だと指摘したうえで、その「多様性」という言葉は女性に限らず、セクシャルマイノリティやハンディキャップを持った人など、あらゆる個性を持つ人を許容することを意味するとしています。多様性が求められる社会=多様性を失った社会はなぜ生まれてしまったのか。谷本氏は次のように語っています。

 「これまでは、学校で“成績がいい”、あるいは会社で“営業成績がいい”という人が“優秀”だと評価されてきていますが、これは管理者やリーダーの怠慢なのではないかと思うのです。わかりやすい1つのものさしにすべての人を押し込んで評価すればラクですよね。しかし、それでは一人ひとりの良いところや強みは消されてしまう。そういう社会が、多様性を妨げてきたのではないかと思います。その人の強みや個性を重視する社会を生み出すことが、女性の活躍を実現するだけでなく日本の経済や社会を強くしていくのではないでしょうか」。

 多くの人は、学校でいい成績をとって進学して、大学を卒業して新卒採用で企業に就職して、世のため企業のために働く。女性はその中で結婚したら子どもを授かり家庭に入る。敷かれたレールを進むような人生を送ることが“まっとうだ”と評価され、そのレールを降りて自分自身の信じる道を進もうとすると“道を外れた人生”というレッテルが張られる。周囲は表向きには応援してくれていても、心のどこかでは嘲笑さえしているかもしれない。結局は“世間体”を考えたら“右へならえ”の人生が一番安心だ。そのような社会が生まれてしまったことが、人から個性や信念を奪っていってしまったのかもしれません。

多様性を認める社会に脱皮できるか否かが試されている
しかし、人生の選択肢はひとつではないことは明らかであり、女性が活躍する社会を考えることは、人生の選択肢を広げるという多様性の実現に向けた挑戦でもあります。谷本氏は、この多様性を許容する社会を実現するために、女性が活躍する社会を第1の課題に挙げたことは「意義のあることだ」と語っています。

「これがもし、“身障者の社会進出”という課題であれば、ハレーション(波紋)は起きにくい。なぜならば、社会の誰もがその重要性を理解できるからです。しかし、男性中心の企業社会で女性を活躍させるということは、感情的なハレーションが生まれます。女性が企業社会で活躍していく姿を目の当たりにすることで男性中心の社会が様々な感情を抱くことは、今後社会が多様性を許容していく上で重要な試金石になるのではないでしょうか」。

 この課題を解決して働きたい女性が当たり前に活躍できる社会を実現した先には、人生の様々な選択肢を許容する社会が実現しているのかもしれません。そこで重要となるのは、自分自身がどのような生き方を選びたいのかという信念を持つことだと、谷本氏は提言します。

 谷本氏は社会での活躍を目指す女性がどのように生きていくべきなのかという点について、「何にも囚われず、社会の観念に左右されず、自分自身の生き方、自分自身が何をしたいのかを大事にすること。自分自身に向き合い、心の中にある“原点”を忘れないことが大事なのではないでしょうか」と語っています。このことは女性に限らず、だれにとっても重要なことではないでしょうか。そして一人ひとりが持つ“自分自身の生き方”を認め合い、お互いに切磋琢磨していく社会が、多様性のある社会だといえるのかもしれません。

 多様な考えを持った民族や文化が混ざり合うことで多様性を認め合いながら社会の形を作り上げてきた欧米諸国と比べ、日本は「男は社会のために働き、女は家を守る」という文化が長らく続いてきました。こうした国に根付いた文化や思想を転換させることは決して簡単なことではありません。しかし、「人生の選択肢はひとつではない」という当たり前のことを社会が許容し、誰もが自分自身の人生の選択を、自信をもってできる社会が生まれれば、誰もが活躍できる多様性を持った社会は現実のものになるのではないでしょうか。

(取材・執筆:井口 裕右/オフィス ライトフォーワン)
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